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大蛇(おおくちなわ)の次は

 いつもよりも長めです。


 私は、朝食の準備を終えてから天幕(テント)に戻ると、佳央様や更科さんと雑談をしながら寝る支度をした。

 そして、寝る前にと思い天幕(テント)から出て、用を足しに草むらに入った。

 何となく、岩を見つけたので、そこに向かって立ち小便をする。

 すっきりした私は、いそいそと天幕(テント)に戻ろうとしたのだが、横から突然、


「これから森じゃ。」


と声をかけられた。

 見ると、巫女様に憑依された古川様がいる。

 古川様は、


「最近は蛇ばかりで、少々飽きてきたからの。

 山上、付いてくるがよい。」


と言った。私は、


「私は、暫く蛇が続いても良いのですが・・・。」


と反論したのだが、古川様は、


「なに。

 今宵は、先日のように死にかけるような事もあるまい。

 まぁ、来ずともよい。

 が、妾の機嫌が(わる)うなって里に付いた後で請求する金子が上がる事もあるかも知れぬが、それだけじゃ。」


と脅してきた。私は、


「巫女・・・古川様、それは流石に理不尽ではありませんか?」


と抗議したのだが、古川様は、


「前もって金額を確定しておらぬ、お主らが悪いのじゃ。」


としたり顔で言ってきた。私は、


「なんか、()に落ちませんが・・・、分かりました。

 行かせていただきますが、佳織を呼んできても良いですか?」


と聞いた。しかし古川様は、


「前にも言うたじゃろう。」


と呆れたように言って却下し、そのまま森に入っていった。

 私は、慌てて古川様について行ったのだが、明日の朝、きっとまた更科さんから文句を言われるだろうなと思うと、足取りが重かった。


 巫女様が憑依した古川様につれられて草原を抜け、森の中に入る。

 上り坂、つまりは山の麓に差し掛かると、古川様が、


「この辺りの筈なのじゃがな。」


と言って首を傾げた。

 どうも、様子がおかしい。

 私は、


「どうかされたのですか?」


と聞くと、古川様は、


「どうやら、思ったよりも神通力が育って来ておるようでの。」


と言ってきた。私は、


「なっ!

 今度は、何を狩らせるつもりだったのですか。」


と思わず言うと、古川様は、


「うむ。

 そちにこの辺りにいる、狐を狩ってもらおうと思っておったのじゃ。

 どうも、まんまと逃げられてしもうた様じゃがの。」


と言った。私は、


「先日は大蛇(おおくちなわ)で、今度は狐ですか。

 さっき『神通力』とか言っていましたが、どうせ、ただの狐ではないのですよね?」


と確認すると、古川様は、


「うむ。

 あれは十年もすれば九尾となろう。

 が、今であれば、山上でも倒せる筈じゃ。」


と言った。さっきは蛇肉が飽きたからとか言っていたが、ちゃんとした理由があったらしい。

 私は、


「そんな大事(おおごと)でしたら、大月様とか他の協力も仰いだ方がよいのではありませんか?

 なんで、私だけなのですか。」


と思わず聞いてしまった。すると古川様は、


「まぁ、色々理由はあるのじゃがな。

 分かりやすい所で説明すると・・・。

 そうじゃな。

 そちは本来、町で仕事をしているだけの存在であった。

 が、黒竜()きとなってから、運命が色々と変わっておっての。

 つまりは、そちが運命の分岐を多く作り出す存在になっておるのじゃ。」


と言った。私は、


「運命の分岐ですか?」


と聞くと、古川様は、


「うむ。

 こういった不確定な者は、未来を書き換えるにうってつけでの。

 今日も、将来の厄災を消すために働いてもらおうと思っておったのじゃ。」


と説明した。私は、


「先日の狼とかも、そういった(たぐい)のものだったのですか?」


と言って、山の(ぬし)を狩ったことを聞くと、古川様は、


「事はならんだから言うてしまうが、狐と遭遇するために必要な手順だったのじゃ。」


と返したのだが、意図がわからない。私は、


「それは、どういう事ですか?」


と更に聞くと、古川様は、


「説明は難しいの。

 安寧(あんねい)な運命の分岐に入るに必要な手順なのじゃが、それでは分かるまい?」


と答えた。私はさっぱり分からなかったので、


「はい。」


と答えた。すると地面に一本の線を引いて、


「仮に、このように運命が続いておったとする。」


と説明を始めた。

 私は運命が続くと言われても漠然(ばくぜん)としていてよく分からなかったので、


「そう言うものなのですか?」


と聞くと、古川様は少し考え、


「そちの考える通り、そう言うものではない。

 日々、人は色々と判断しておるであろう?

 例えば、些細な事ではあるが、鹿肉を焼くか、狼肉を焼くかといった感じじゃな。

 あれ毎に、全て未来が分岐しておるのじゃ。

 鹿肉を食べて無くなれば、鹿が狩られる事になる。

 逆に、狼肉を食べて無くなれば狼が狩られる事になるであろう?」


と言って、地面に書いた線に枝を書き加えながら説明した。

 私の質問した意図とは違うが、巫女様が言いたいことがぼんやりと解ってきた気がした。私は、


「はい。」


と答えると、古川様は、


「この未来が分かっておるのであれば、そう導くことも出来る。

 つまり、鹿を狩りたいのであれば、鹿肉を食べれば良い訳じゃな。

 この例は(いささ)か短絡的ではあるが、雰囲気は分かるかの?

 望む未来の分岐に入るためには、嘘をついたり演技をする事もある。」


と説明した。私は少し考え、


「という事は、巫女様が望む九尾が出ない未来に入るために、山の主を狩る必要があったという事ですか?」


と半信半疑で聞いた。すると古川様は(うなず)きながら、


「うむ。

 ()えて判断を(まか)せたのも、そこに行き着くためとなる。」


と説明をした。だが、私には古川様に判断を任された覚えがない。

 山の主を狩る時も、巫女様から『倒すが良いぞ。』と言われて倒したはずだ。

 私は不思議に思い、


「いつ、判断させたのですか?」


と聞くと、古川様は、


「ほれ、山の主にこれ以上は攻撃せぬように()おたであろう?

 あれじゃ。」


と言ってきた。私ではなく、山の主に判断をさせる事で、巫女様が望む運命の分岐に入ろうとしたらしい。

 私は、


「私の行動が、未来を書き換えるためにうってつけだったのではありませんか?」


と指摘したのだが、古川様は、


「うむ。

 あの時、そちを連れて行ったから山の主が現れたのじゃから、そちの存在も絡んでおる。」


と言った。私は少し悩みながら、


「つまり、私がその場にいることが大事という事ですか?」


と聞くと、古川様は、


「そう言うことじゃな。」


と肯定し、


「そちがおらねば、攻撃するという分岐は引き出せなんだであろうよ。」


と言った。私は、山の主を倒すとどういう理屈で狐が出てくるのかが納得できず質問しようと、


「それはそうでしょうが・・・。」


と言ったのだが、不意に背中に気配を感じ、悪寒が走った。

 私は後ろを振り向くと、そこにはこの様な時間、山にいるには不自然な女の人が一人で立っていた。

 何故か、淡い光りに包まれているようにも見える。

 私は暗闇の中では光は見えないので、【温度色判定】で見ているから、淡く光っている空間の温度が高いという事になるのだろうか。

 よくよく見ると、普通の人と体温の分布も違う気がする。

 女の人は、


「この様な所で人に会えるとは・・・。

 申し訳ありませんが、道に迷うてしまいまして。」


と言ってきた。

 さっきの悪寒と言い、女の人の体温と言い、何かがおかしい。

 私は巫女様の先見がずれ、今、狐が来たのではないかと思い、


「すみません。

 実は、私も狐を探しておりまして。」


と返した。

 すると女の人の表情が(こわ)ばる。かと思うと、急にニヤッとし、顔がニュッと伸びては縮み、体もみるみる大きな狐に変わっていった。

 私はぎょっとしていると、さっきまで女の人だった筈の狐が、


「最近は町でもばれぬというに、我の変化(へんげ)を見破るか。

 して、探しておったと言うからには、我に用があるのであろう?

 何用じゃ。」


と愉快げに言ってきた。私は、


貴女(あなた)かは分かりませんが、狐が九尾にならないうちに倒して欲しいという話がありまして。」


と正直に答えると、狐は、


「そうであるか。

 我が九尾になる。

 これは、嬉しいことを言ってくれる奴がおったものよ。

 が、今の我でも、人間一人ごときでは倒せまいよ。」


とクツクツと笑って言ってきた。

 一人でと言うが、隣には古川様がいる筈だ。

 私はどういう目をしているのだろうかと(いぶか)しく思いながら、すぐ隣に向かって、


「古川様、こいつですか?」


と聞いた。だが、いつの間にか、そこにいた筈の古川様がいない。

 誰もいないところに声をかけた形となり、なんとなく気恥ずかしい。

 私はさっき声を掛けた事は無かった事にして、狐と向き合った。

 これはきっと、私に一人で戦えという事なのだろう。

 誤魔化すようにそう考えながら、私は身体強化の魔法を集めていつものように体に這わせ、戦う準備をした。


 狐との間合いを測る。


 狐も私の様子をまじまじと見てきた。そして狐は、


「お前、素人であろう?」


と笑ってきた。

 煽ってきたのか、見透かされてしまったのか。見透かされたのだとすれば、相手の方が上手(うわて)という事になるだろう。

 私は、素人だと言えば手を抜いてくれるのだろうかと思い、


「そう思っていただけると助かります。」


と返した。

 狐の顔つきが変わる。

 いったい何を考えてあの表情になったのか。

 私には狐の表情は読めないが、やや緊張しているようにも見える。或いは、私の評価を変えたのか。

 ただ、言葉で動揺するのであれば、何か苛立たせることを言えば、動きが単調になってくれるかも知れない。

 そう考えた私は、


「そんな、怖い顔をしないで下さいよ。

 私はちょっと、狐の肉を()りに来ただけですよ?」


と言って(あお)ってみた。

 狐が不快な表情に変わり、少し体温が上昇する。

 私は、


「そんなに、体温を上げないで下さいよ。

 お肉が、美味しくなくなるではありませんか。」


ともう一煽りした。

 すると狐は、無言で私に飛びかかってきた。

 が、角うさぎよりも遅い。

 左に避けると、狐に顔を向けたまま交わす。

 狐がこちらに向き直ると、また私に飛びかかってきたが、今度は向かってくる途中で火の玉を放ってきた。最初と変わらない速さで飛びかかってきたので余裕で避けられると思っていただけに、火の玉の回避がギリギリになる。

 狐が、


「ほぉ。」


と一言。狐に向き直った私は、


「誉められても、嬉しくありませんよ?」


と言い返すと、狐は、


「顔がニヤついておるぞ?」


と指摘してきた。私は、


「気のせいではありま・・・」


と返しかけたのだが、返事をしている途中、狐は火の玉を3個続けて撃ってきた。

 不意だったので思わず、


「ウォッ!」


と声をだし、のけ反りながらなんとかかわす。(かろ)うじて火の玉は()けきったものの、火の玉が過ぎ去った後、続けて狐が距離を縮めていた。態勢が整わないままに、拳を突き出すと、運良く狐の顔に当たった。

 狐が、


「ギャン!」


と鳴く。そして着地に失敗して肩から地面に激突した。

 狐が、


「素人の分際で!」


と怒りを(あらわ)にしてきた。

 私は、


「素人ですが、何か?」


と開き直ると、狐は5個の火の玉を出し、


「これで避けられまい!」


と言って私目掛(めが)けて飛ばしてきた。

 私は、咄嗟(とっさ)に真正面から来た二つの火の玉を重さ魔法で(たた)き落とすと、その空いた空間に飛び込んで狐との間合いを詰め、一気に拳骨を振り下ろした。

 が、私の拳は空を切った。

 狐に化かされた!

 私は逃すまいと、辺りを見回し、気配を探った。

 すると、木陰の様子がおかしいのに気がついた。普通と逆だ。気配が全く無い所がある。

 私はそこに向かって思いっきり【黒竜の威嚇(いかく)】を放つと同時に駆け出し、一気に間合いを詰め、その気配のないところに拳骨を振り下ろした。

 ガツンと手応えがあったかと思うと、何かが木にぶつかりどさっと転がる。

 予想通り、狐が出てきた。

 最後、きっちり締めておく。


 すると何処からとも無く古川様が現れ、


「ご苦労じゃった。

 早速、妖狐を肉にするが良いぞ。」


とご満悦だった。


 そういえば、最初の方で古川様は『狐が見つからない』と言っていた筈だ。

 私は狐を解体しながらその点を指摘すると、古川様は、


「察しが悪いの。

 さきほど、解りやすく説明してやったじゃろうが。

 運命の分岐に入っていくための手続きじゃ。」


と、さも当然のように言ってきた。

 私は怪しいと思い、


「本当ですか?」


と聞いてみたのだが、古川様は、


「嘘も演技もすると説明したじゃろうが。

 (うたぐ)(ぶか)いのぅ。」


(あき)れたように返してきた。私は、本当は巫女様の先読みが少しだけ外れたのだろうと考えていたのだが、機嫌を悪くして値上げされても困る。

 私は、


「そう言う事でしたか。」


と引き下がることにした。


 今回もまた狐の素材と、お肉を少しだけ貰い、残りの肉は全部、古川様に渡した。

 お肉が少しなのは、狐肉が強烈に臭くて、食べられそうに無かったからだ。が、全部渡すと、明日、誰かさんに文句を言われないかと思い、念の為、少しだけ貰うことにしたのだ。


 こうして、この日も無事に狩りを終える事が出来た。

 だが、明日の更科さんへの説明をどうするか。そして、この強烈に臭いお肉をどう調理したら美味しく食べられるのか。私はこの二点について悩みながら、天幕(テント)に戻ったのだった。


 作中、山上くんは狐が火の玉を(はな)ってきたと言っていますが、このお話の中ではこの火の玉は『狐火』となります。ですが、山上くんは冒険者学校で習ったわけでもありませんので、知識がなく『火の玉』と呼んでいます。

 なお、本来の伝承の狐火は『灯り』であって、攻撃の手段ではありません。

 旅人が狐火で道に迷ったという話や、怪しい炎が見えたので探しに行ったけど見つからなかったという話、人のいるはずのない山に数百mに渡って灯火が見えただとかそういう手の話が多いようで、直接被害に遭うような物でもないようです。(例外はあるようですが)


・狐火

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%8B%90%E7%81%AB&oldid=72414220

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