半ば強引な形で
その日の晩御飯での事。
更科さんは、物凄く不機嫌だった。
更科さんから、
「和人。
なんで、向こうはお肉があるのに、こっちにはお肉がないの?」
と問い詰められる。
私は、
「・・・その、・・・お昼に皆食べちゃいましたから・・・。」
と歯切れの悪い返事をした。更科さんが、
「向こうはまだあるのに?」
とジト目だ。私はボソボソと、
「その・・・、ですね。
・・・実は、・・・今日はもう、・・・湖月村に・・・着いている・・・つもりでして。」
と言い訳をした。更科さんが、
「古川様の口調が移ってるわよ?
やっぱり、昨晩何かあったんじゃないの?」
と違う切り口からも責められてしまった。私は、そこだけは自信があったので、
「それは、断じて何もありません。」
と言ったのだが、更科さんは、
「なんでそんなにムキになって否定しているの?
やっぱり、何かあったんじゃないの?
怒らないから、話してみて?」
と言ってきた。本当に何もないのだから、話のしようがない。
私は、どう答えたら納得してもらえるか少し考えたのだが、更科さんから、
「黙秘?
やっぱり何かあったんでしょ?」
と言ってきた。私は、
「ですから、何もありません。」
と答えたのだが、更科さんは、
「古川様の機嫌を取ろうと思って、全部渡してしまった結果がこれじゃないの?」
と睨みつけてきた。
今の更科さんには、どのように説明しても一挙手一投足を見て粗を探しては攻め立ててくるようにしか思えない。
私は、
「今夜も獲りに行きますから、勘弁してください。」
とお願いしたのだが、横にいた佳央様から、
「駄目よ。
今日は、一日中魔法を使ってたじゃない。
魔力が空っぽになって、戦っている途中で倒れるわよ?」
と言ってきた。
私は、
「でも、このままだと、佳織が許してくれそうにありませんので・・・。」
と言うと、大月様は、
「奥方も鬼ではあるまい。
この状況で獲ってこいとは言わぬであろう。
そうであろう?」
と言ってきた。更科さんも、
「私も、獲ってこいとまでは言わないわよ。
ただ、なんで、あんなにお肉、上げちゃったのかなと思ってね。
分かるわよね?」
と言ってきた。私は、
「素材を全部くれると言われましたし。
・・・それに、狩場も教しえて貰いましたし。」
と理由を言った。だが、更科さんは、
「こんなに苦労して、道を作ってるのに?」
と言ってきた。私は、
「その・・・。
まさかこんなに過酷とは思っていませんでしたから・・・。
完全に、私の失敗です。」
と自分の見込みの甘さを謝った。更科さんは、
「普段、なんだかんだで考えてるのに?
そもそも始めから3日かかるという日程だったのに、おかしくない?」
と聞いてきた。私は、
「実は・・・。
草原の道も、魔法であっという間に出来ると思っていましたので。
なので、谷近くの広場で1泊、湖月村で1泊の2泊3日のつもりでした。」
と答えた。すると更科さんは妙に納得したようで、
「そう言うことね。
で、畑までは半日ちょっとで行けると思ってたわけね。」
と言った。佳央様が、
「そう言えば、今朝も風魔法がどので湖月村まで着けるとか言ってたわよね。」
と今朝のやり取りを思い出したようだった。私が、
「はい。」
と返事をすると、更科さんも、
「そう言えば、言ってたわね。」
と思い出したようだった。
更科さんが上目遣いで、
「ひょっとして、私の勘違い?」
と恐る恐る聞いてきた。私は、
「勿論です。
私は佳織だけですから。」
と答えた。大月様が、
「とりあえず誤解が解けたようなら、明日も早い。
早く食べて、休むとするか。」
と言った。と、ここで突然ムーちゃんが、
「キュッ〜!キッ!」
と良い返事をした。私は『はい』と答えたのだろうと思い、ムーちゃんに、
「そうですね。
早く寝ましょうね。」
と優しく声をかけた。何となく場が和んだかに思えた。
だが、佳央様だけは違ったようで、小さな声で、
「ムーちゃん、何気にいい性格ね。」
と言っていた。実は、ムーちゃんは何か毒づいていたのかも知れない。
私はこれは聞かなかったことにして、ご飯を食べ、食器の片付けや火の始末をして、その日は寝たのだった。
その日の夜、それほど明るくない月の光が目に入り、目が覚めた。
急に催してきたので、天幕を出て、森の人目につかないところに向かう。
用を終え、いそいそと天幕に戻ろうとしたのだが、古川様が立っていることに気がついた。
古川様は、
「これから、森に入る。
付いて参るがよいぞ。」
と言った。今日も古川様は、巫女様に憑依されているようだ。
私は失礼に当たるとは思ったが思い切って、
「申し訳ありませんが、明日、また佳織・・・私の妻に文句を言われてしまいます。
今夜は、帰らせていただいても良いでしょうか?」
とお願いした。しかし古川様は、
「奥方にいいところを見せたいのであろう?
今日は鹿肉じゃ。」
と言ってきた。私は、
「それでも、戻らせていただきます。」
と言うと、古川様は、
「ふむ。
では、【回復】の魔法でも使うかの。
明日の朝が楽しみじゃ。」
と脅してきた。私は、
「それは、狡くありませんか?」
と文句を言ったのだが、
「なに。
また、奥方のために獲ってきたと言えば良い。
ほれ、お主に選択肢なんぞあるまい?」
と返してきた。私は仕方なく、
「では、佳織も連れて来ます。
そうすれば、文句も言われずに済みますから。」
と言って天幕に戻ろうとした。しかし古川様は、
「それでは、獲物が逃げてしまうのじゃ。
条件が変われば、未来も変わる。
当然じゃろ?」
と簡潔に理由を説明してきた。私は仕方なく、
「分かりました。
では、鉈だけでも取ってきます。」
と言ったのだが、古川様は、
「どうせ、拳骨か魔法しか使わぬではないか。
その様な無駄な事なぞ、せずとも良い。
ほら、行くぞ?」
と言って、半ば強引な形で狩りに行くことになった。
狩りに行く途中、特に話題もないので、
「そう言えば、先日の漁民と火爪様との件で、最初に問題になっていた不漁の件はどの様になったのでしょうか。
考えてみれば、私はどう解決したのか聞いていませんでした。」
と話を振ってみた。すると古川様は、
「少し考えれば分かることなのだがな。
まぁ、よかろう。」
と言って一拍置き、
「人は親がいるから、子が生まれてくるであろう?」
と聞いてきた。私は、どうして突然こんな話をするのだろうかと思いつつも、
「はい。」
と答えた。すると古川様は、
「魚も同じじゃ。」
と言ってきた。私は親から聞いた話を思い出し、
「あれは、土の中に冬眠していたり、涌くものではないのですか?」
と聞くと、古川様は呆れたように、
「たわけが。
実際に涌くものなどある筈がなかろうが。」
と一蹴されてしまった。私は、
「だとすると、単に漁民が捕り尽くしたということなのでしょうか?」
と聞いた。すると古川様は、
「まぁ、そう言うことじゃな。」
と答えた。私は、
「・・・えっと、魚が涌かないのでしたら、魚はいなくなりませんか?」
と指摘した。だが古川様は、
「なに。
あの岩の上流には沢山おるじゃろ?」
それが下流にも泳いでいく。
ある程度減りはするが、いなくなることもあるまいよ。」
と答えた。私は、
「そう言うことだったのですか。
つまり、岩の位置は今のままとすることで、実は上流の魚を守り、結果的に漁民たちも魚が捕り続けられるという訳ですね。
大変、お見事な手際。
勉強になりました。」
と教えてくれた事にお礼を言った。すると古川様は、
「よいよい。
妾も失敗を重ねて知ったことじゃ。
まぁ、人間の一生では到達できるかは知らぬがな。
じゃが、幸い、こういった事は大体が文書になっておる。
なにか困ったことがあれば、書庫で調べるがよいじゃろう。」
と言った。私は、
「重ね重ね、ご教授頂きありがとうございます。」
とお礼を言うと、古川様は、
「うむ。
それと、そろそろじゃから、気配を消せよ?」
と言って、その日の狩りが始まった。
先ずは、気配を消す。
そして、物音を立てないように、慎重に歩いていく。
【温度色判定】のスキルで、周りに不自然に温度の高いものがいないか探していく。
暫くすると、目当てとする鹿がいた。が、やけに角が大きい。
そう言えば、昨日のうさぎも大角うさぎだったので、この辺りは角が発達した獣が多いのかも知れない。
突然背中を叩かれ、私は思わず、一気に鹿に飛びかかっていった。
鹿が逃げようとしたので、軽く【黒竜の威嚇】を放った。
すると、今回はあっけなく気絶してくれた。
古川様が、
「そっちにも2頭、様子を見ておったのが気絶しているからの。」
と言って催促した。
今日の成果は鹿3頭だ。
早速、血抜きを始める。
昨日の大角うさぎも、実は威嚇すれば一発だったのではないかと気がつき、作業中だったが、苦笑いしてしまった。
古川様から、
「なんじゃ?
急に笑うて、気持ち悪い。」
と指摘されてしまったので、私は、
「いえ、昨日も【黒竜の威嚇】を使えばすぐだったのではないかと思いまして。」
と言うと、古川様は、
「それでは、修行にならぬではないか。
戦ってこそじゃ。」
と言われてしまった。
それでは、今日は良かったのだろうかという疑問が残る。
解体の作業が、進んでいく。
例によって古川様に【回復】でお肉を柔らかくしてもらったのだが、私は、また魔法のせいで『また匂う』と言われては敵わないので、魔法を使う時は、少し離れた場所から見守った。
今日は対策も万全なので、明日の朝も大丈夫だろう。
私はそう思いながら、今回はちゃんと明日と明後日の2日分の鹿肉を取ってから、残りのお肉を古川様に預けた。
例によって、古川様とは別々に帰る事にする。
これで、明日の朝が楽しみだ。
私は、朝食の時の更科さんの笑顔を想像しながら、森の中を天幕に向かって歩き始めたのだった。
作中、山上くんは魚は涌くものだと勘違いをしていました。
一応、昔の多くの人は魚が卵から孵ることを知らなかったので、魚は湧くものだとか、冬になると川から魚がいなくなるのは、土の中で冬眠しているからだと本気で考えていたという話を聞いたように思って書いたのですが、出典が見つかりませんでした。
探しきれなかっただけなのか、おっさんの勘違いなのか・・・。どっちだろ。(--;)




