道を作り始めたものの
食事を終え、後片付けをした私達は、早速、巫女様の輿が通れる幅の道を草原に作るべく草刈りを始めた。
背負子は草を刈るのには邪魔なので、もちろん脇に置いているのだが、その上でムーちゃんだけはくつろいでいた。
一面の枯れ草。
だが、私は楽観的に考えていたので、
「大月様か佳央様が緑魔法かなにかで草を刈ってくれるんですよね?
そうすれば、今日中に湖月村に付けそうですし。」
とにこやかに言った。だが、大月様が厳し顔をして、
「その見立ては甘いぞ。
輿を通すほどの幅の大きな魔法であろう?
そのようなものを何度も使うとなれば、当然、限度がある。
せいぜい、1日に50発といったところか。」
とため息混じりに説明をした。そして、
「第一、その前に草を刈っただけでは、歩きにくいであろうが。
草原は平らなようで、岩などの凹凸も結構ある。
ゆえに、田の畦よりも余程、歩き辛かろう。」
と苦笑いをした。
本当に、草原に道を通すことなど出来るのだろうか。
どんどん、不安が膨れ上がっていく。
私は、
「仮に緑魔法を使ったとして、1発でどのくらい進むのですか?」
と聞いてみた。すると大月様は、
「1発で進めるのは、せいぜい5間程度となろう。
10発撃っても、1町にも届かぬ。
向こうまで通すのに、何日掛かることやら。」
と説明し、私の次の質問を推察してか、
「まぁ、手で刈ったとて、1日に5町も進めば良い方ではあるがな。」
と付け加えた。
私は、
「そうなのですか・・・。」
とがっかりしたのだが、自分ならどのくらい刈れるか考えた時、そもそも重要なことを確認していないことに気がついた。『輿が通る事の出来る幅』とはどのくらいだろうかという点だ。
私は、せいぜい1間もあればよいだろうと思いつつも、
「ところで、大月様。
輿が通れるというのは、どのくらいの幅で刈り取れば良いでしょうか?」
と確認した。すると大月様も、
「うむ。
輿の幅は4尺もない。
川沿いの道は1間程度しか無かったがここまで通ってきたゆえ、同じく1間で良いだろう。」
と私が想像していたのと同じくらいの幅が返ってきたので、私も、
「分かりました。」
と返したのだが、田んぼ一枚の草刈りがどれだけ大変か。
私は5町も刈れるだろうかと思いつつも、4人いるからと思い直し、
「では、それで刈っていこうと思います。」
と言って草刈りを始めた。
だが、暫くすると前に大月様と話が弾んでいた方の赤い袴のおば様が来て、
「それでは、輿は通れても、担ぎ手が通れぬであろうが。
幅は、・・・そうであるな。
1間半ほどでよかろう。」
と文句を言ってきた。
大月様が、
「これは、庄内様。
川沿いの道も、そこまで広くはありませんでした。
このくらいの幅でも、十分ではありませんか?」
と返す。そう言えばこのおば様は、庄内様と言うのだった。
私は名前を忘れていた自分に苦笑いをしたのだが、庄内様が扇子で私を指し、
「そこもか。」
と厳しい声で注意された。庄内様は、
「そもそも、あの道は仕方なく通ったのだ。
新たに作るのであれば、通り易いように広くして当然であろうが。」
と言ってきた。大月様が、
「そのように簡単に申されましても、草を刈るだけでも一苦労にございまして・・・。」
と一言、庄内様に意見した。
現場の身にもなって欲しい。
が、庄内様は、
「巫女様がそこの若造に、知恵を授けたと聞いておる。
出来ない筈がなかろう。」
と私に話を振ってきた。
私は慌てて、
「昨日ですか?」
と確認したのだが、庄内様に、
「いつ聞いたかなど知らぬわ。」
と怒られた。私は萎縮しつつも、
「恐れながら、昨日、確かに今日の役に立つからと言って、今朝のお肉になったうさぎがいた場所を教わった時に聞きました。
ですが、それだけです。
私も最初は道を作る役に立つと思っていたのですが、結局、獲物を放り投げる手段しか習得できませんでした。
これが道を作る役に立つとも思えないのですが・・・。」
と困惑しながら説明した。庄内様は、
「話が見えぬが、・・・まぁよかろう。
本当にそれだけか、よく考えてみるが良いぞ。」
と言い残して、そのまま立ち去ってしまった。
更科さんがぼそっと、
「結局はぐらかされたけど、1間半の幅で刈り込まなきゃいけないのね。」
と言って大月様の方を見た。すると大月様は自分のおでこをパシッと叩いて、
「やられた!」
と困った顔で言った。私が、
「今からでも、お願いしてみては如何でしょうか。」
と提案したのだが、佳央様が、
「こういう事は、その場で言わないと駄目よ。
上手く、はぐらかされたわね。」
と渋い顔で言った。私は、
「でも、こちらはやると返事をしていませんよね。」
と指摘したのだが、大月様は、
「少なくとも、山上が出来るように知恵を授けたという事になっておる。
巫女様がそう言ったとなれば、やれるのであろう。
出鱈目という事も、先ずはあるまい。
尤も、出鱈目であったとしても何通りか工夫し、その結果を持っていかねばなるまいよ。
努力もせずに、言い訳だけでは通らぬゆえな。」
と説明した。私が困っていると、佳央様から、
「さっき、獲物を放り投げると言ってたわね。
あの草で、試してみたら?」
と提案してきた。私は、
「いくら枯れているとは言え、ああいった草の根は結構深いのですよ。
簡単には抜けないと思います。」
と反論したが、佳央様は、
「どうせ手段は無いんだし、少しだけ、試してみてもいいんじゃない?」
と諭すように言ってきた。
私は、
「そう言う事でしたら・・・。」
と試してみることにした。
一先ず、3寸くらいの範囲で根本から草をえいやと重さ魔法で跳ね上げるように抜いてみる。
すると、私の予想と違い、あっさりと草が抜けた。
私は、
「意外に抜けますね。
でも、こんな調子では先に疲れますし、いつまで経っても終わりそうにありませんよ。」
と感想を言ったのだが、佳央様は、
「そうね。
でも、力ももう少し抜いてもいいんじゃない?
あと、もっと広い範囲に。」
と言ってきた。私はさっき上手く行ったので、
「分かりました。
試してみますね。」
と言って力加減や範囲を調整いながら何度も試していった。
段々と、効率の良い抜き方が分かってくる。
佳央様が、
「結構上手いじゃない。」
と言ってきたので、私は少し嬉しくなって、
「ありがとうございます。
この調子で抜いていきますね。」
と答えた。だが更科さんが、
「でも、抜いた後はボコボコして歩きにくそうね。」
と水を注してきた。
確かに、その通りだ。
だがこの点は佳央様が、
「じゃぁ、そっちは任せて。」
と言って、重さ魔法で地面を平らにしてくれた。
これで、少しはましな道ができそうだ。
私が大きな草を抜き、大月様と更科さんで細かい草を抜く。
最後の仕上げに、佳央様が重さ魔法で道をある程度均していく。
こうやって分担し、道を作っていく事になった。
この方法で、最初は調子よく道が出来ていた。
だが、なにせ草原が相手だ。作るべき道の距離が長い。
いつまで経っても、なかなか前に進まない。
だんだん、だるくなってくる。
それに、単調な作業で集中力も切れてくる。
そして結局、1刻で力尽きた。
出来た道の長さは、2町ちょっと。
まだまだ、先は長い。
今はまだ巳の刻に入った所だが、一旦休憩を入れることにした。
私は、
「これは終わりませんね。」
と言うと、佳央様が、
「そうね。
それに、単調なのが地味に辛いわね。」
と苦笑いした。大月様も、
「結構、腰に来るものがあるな。」
と自分の肩を叩くと、更科さんも、
「私も、ちょっと辛いわね。」
と言った。私は、
「そういえば、佳織はあまり抜いていませんでしたね。
やはり、先日刺されて元気になったばかりですし、まだ回復しきっていないのでしょうかね。」
と返したのだが、更科さんは、
「えっと・・・。
和人の知っている女の子は草むしりは得意かも知れないけど、普通、町娘は草むしりは慣れていないのよ。」
と申し訳なさそうに言ってきた。私は、
「そうなのですか?」
と聞くと、佳央様が、
「田畑を持っていない人は、あまりやらないでしょ?
佳織の実家は、女中さんもいるし。」
と言ってきた。私は、
「・・・あぁ、だから遅かったのですか。
すみません。
気が回りませんでした。
慣れないと辛いでしょうし、少し休んだほうが良さそうですね。」
と申し訳なく思いながら更科さんの肩を揉んだ。
だが、ここで庄内様がやってきて、
「もう、十分に休んだであろう?
そろそろ、作業を再開するがよかろう。」
と言って、道作りの再開を促してきた。
私は、
「すみません。
私も、疲れが取れきれておりません。
申し訳ありませんが、もう少し休んでもいいでしょうか?」
と聞いたのだが、庄内様は、
「そうは言うても、手を動かさねば終わらぬぞ?
継続は力なりと申す。
こつこつと進めるがよかろう。」
と言って、休憩の延長は許してくれなかった。
だからと言う訳でもないが、作業は再開したものの、そこからは半刻作業をしては休憩をとるという繰り返しとなった。
徐々に、休憩時間も長くなる。
その日は申の刻になって、作業を中断することになった。
結局、7町程しか道を作ることが出来なかった。
私は、まだあと何日かはこの作業が続くのだろうと思うと、気が滅入ってしまったのだった。
庄内様が、理不尽なことを言う悪いクライアントみたいになっています。
正論っぽいことを言って、ゴリ押し。
こういう人とは、あまり関わりたくないものです。(^^;)xエンガチョ)
あと、作中で「継続は力なり」という言葉を使っていますが、諸説あるものの住岡夜晃が最初という話があります。これが正しいなら、住岡さんは明治生まれの人なので、江戸時代には無かった言葉という事になります。お話の都合ということで、平に願います。
・エンガチョ
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