帳簿
古川様が竜の里に大峰町の冒険者組合の不正を連絡した後、佳央様と私は大変なことになってしまった。古川様が、
「これから1刻で来るからの。
さっさと、証拠品をかき集めるぞ。
じゃが、その前に、この者たちを全員、縛り上げるとするか。」
と言ったのだ。私は、
「これからですか?」
と聞くと、古川様は、
「時間がない。
早うせい。
山上はまず、冒険者を全員、建物の外に退去させよ。
職員の方は、待合室に集めるのじゃ。
竜の巫女様の名を使っても構わんから、すぐに動け。
佳央は、そこの連中を縛り上げよ。」
と指示をしてきた。私はやたら強い気迫に押され、
「分かりました。
すぐに行ってきます。」
と言って慌てて待合室に移動した。
そして大きな声で、
「申し訳ありません。
竜の巫女様の使いの方より、冒険者の皆様には急遽、建物の外に出るようにとの指示が出ました。
職員の方は、待合室の中央にお集まりください。
すみませんが、すぐに移動をお願いします。」
と言ったのだが、冒険者の方から、
「何言ってんだ!
今から換金するんだぞ!
出ていけるわけ、無いだろうが!」
と怒りの声が聞こえてきた。私は、
「命あってのものだねです。
すみませんが、早く移動しないと機嫌を損ねかねません。
領主様ですらも、全て『はい』と答えるしか無いお方です。
すみませんが、早く移動して下さい!」
と説明したすると、受付の奥の扉が開き、組合長始め、組合長室に来ていた全員に縄を掛けられて出てきた。
猿ぐつわまでしてある。
それを見た冒険者は、真っ青になって我先にと待合室から建物の外に逃げ出し始める。ドサクサに紛れ、職員まで外に逃げ出そうとしていたので、
「職員の皆さんは、待合室でお待ちください。
後でいなかったとバレたら、怖いですよ!」
と声を掛けると、慌てて逃げ出そうとした職員が引き返えそうとした。だが、冒険者は外に出ようとしている。職員の腕力では抗える筈もなく、結局、冒険者たちに外まで押し流された後、出る人が減ってから駆け足で待合室まで戻ってきた。
佳央様は頃合いを見計らっていたのか、混乱が落ち着こうといた頃、縄で縛った人達を引っ張りながら、待合室にやってきた。
職員一同、真っ青な顔で口々に『無礼打ち』だの『獄門』だのと小声で言い合いながら震え上がっていた。勿論、無礼打ちとはならないが、死罪になる者もいるかも知れない。
が、冒険者の一人がまだ残っていたようで、
「すまん!
これだけ頼む!
すぐ必要なんだ!
これだけ頼む!」
と言って私の肩を捕まえて迫ってきた。私は、
「ちょっ!
申し訳ありません。
話を聞きますから、離れてください!」
と言って話そうとしたのだが、そのまま縋り付くようにして、
「これ売って帰らねぇと、家族が首吊りなんだ!
今日までなんだ!
すまんが頼む!」
と言ってきた。私はさっきまで受付をしていた女性職員に、
「すみません。
これの処理をお願いできますか?」
と声をかけたのだが、女性職員は、
「嫌です!
命あってなんですよね!
無茶を言わないでください!」
と言って待合室から動いてくれなかった。私が許可を出した所で、後から使いの人が駄目だと言ったら命が亡くなると思ったのだろう。私は自分で使いの人が怖いと言った手前、
「・・・分かりました。
では、すみませんが、冒険者の方も職員の方と一緒に待っていてください。
使いの方に頼んでみますから。」
と言って、既に近くに来ていた古川様に、
「そこの冒険者の買い取りをしてもらっても良いでしょうか?」
と確認した。
すると古川様は、
「そうであるな。
ふむ。
そことそこの新人、その冒険者の処理をしてやるが良いぞ。」
と言って、指示を出したあと、
「それと山上よ。
強く言い過ぎじゃ。」
と私を叱った。
私は、
「申し訳ありません。
気を付けます。」
と言った後、冒険者の方に、
「良かったですね。
買ってもらえそうですよ。」
と声を掛けた。が、動きが緩慢だと思ったのだろう。古川様から、
「早うせい!」
と怒られてしまった。
居残っていた冒険者と新人は慌てて窓口まで行き、換金の処理を始めた。
古川様は、
「あちらはこれでよかろう。」
と言った後、佳央様に、
「では、この者も全員、縄を打つのじゃ。」
と言って、佳央様に捕縛の指示をした。
職員は、
「なんで!」「何をしたってんだ!」
と口々に文句を言ってきたのだが、古川様が、
「合わせて10両盗れば首が飛ぶは、子供すら知っていることぞ!」
と一喝すると、職員たちは一瞬動きが固まり、口々に、
「やばいぞ。」「終わった。」「上に言われてやったんだ。」「慣習じゃなかったの?」
と口々に喋りだしたのだが、古川様が睨みつけると、そういった文句もピタリと止み、一同、お通夜のようにうなだれた。
受付の人の手も止まったので、私は、
「すみませんが、作業をお願いします。」
と言って仕事を再開するように促した。
佳央様が全員を縄で縛ると、冒険者の方の換金も終わったようだった。
古川様は、
「そこの冒険者は邪魔じゃ。
すぐに外に出よ。」
と言うと、冒険者は、
「恩に着る、ます!」
と語尾の怪しいお礼を言って一目散に立ち去った。
古川様は私に、
「では、山上は冒険者への支払いの帳簿と冒険者組合に提出した実績の帳簿を比較せよ。
そこの新人を使って、合わないところを洗い出すのじゃ。
二人共、もともと優秀ゆえ、帳簿の比較する手立ては判るであろう。
あと、他の帳簿の位置も後で教えるゆえ、それらも二人に持っていき確認させるのじゃ。」
と指示した。私は戸惑いながら、
「はい。」
と答えると、古川様は、
「次に佳央じゃ。
先ずは、組合長室から決済資料を持ってくるのじゃ。」
と言った後、組合長の顔をちらりと見て、
「引き出しの二段目が上げ底になっておる。
そこに、裏帳簿の鍵が入っておるゆえ、取り出すのじゃ。
後は、入って左手の本棚の下から二段目じゃな。
本をどければ、金庫が出てこよう。
それを開ければ、帳簿が入っておるからの。」
と具体的な指示を出した。
組合長、猿ぐつわを噛まされているのもあって、一切の言い訳も出来ない。
古川様が、どんどん指示を出し、不正が分かる帳簿が次々と出てくる。
1刻ちょっと過ぎた頃には、すっかり書類の山が出来上がっていた。
私は疲れて天井を見上げると、見知った気配が近づいてくるのに気がついた。
冒険者組合の戸が開き、
「巫女様、大変遅くなり申し訳ありません。」
と言って、頭を下げた人物は蒼竜様だった。
私は挨拶をしようと思ったのだが、古川様が先に、
「うむ。
久しいな、蒼竜よ。
で、持って参ったか?」
と、早速金子を要求したようだった。蒼竜様は、
「こちらに。」
と言って、風呂敷に包まれた箱を出した。
古川様は、
「よし。
ご苦労じゃった。」
と言ったかと思うと、風呂敷が消えた。おそらく、魔法でしまったのだろう。
そして、
「証拠の品はそこに準備してやったからの。
後は、好きにするが良いぞ。」
と言った。が、急に古川様がおどおどし出し、私に近づき耳元で、
「こちらはどちらでしょうか?」
と尋ねてきた。私は今更何を言っているのだろうかと思いつつ、
「どちらも何も、冒険者組合ですが。」
と言うと、少し考え、
「すみませんが、私のお役に立てることは終わったと思いますので、宿に戻ろうと思います。」
と申し訳無さそうに言ってきた。私は、
「いえ、他にも蒼竜様に引き継ぎをお願いしたいのですが。」
と言うと、蒼竜様は、
「山上、ご無理を言うものではないぞ。」
と苦笑いをした。私はよく分かっていなかったが佳央様が私に近づいてきて、耳元で、
「さっきまで、古川様に巫女様が憑依していたのよ。
現状も分からない状態で憑依が解けて、ついさっき放り出された状態なんだからね。
もっと察しなさいよ。」
と言ってきた。古川様の態度がガラリと変わった説明が付くので、恐らくはそのとおりなのだろう。
私は佳央様に小声で、
「巫女様に対しては、見たり聞いたりしないのが作法ではありませんでしたか?」
と聞くと、佳央様は、
「憑依は別よ。」
と返してきた。私は佳央様に、
「別ですか。」
と苦笑いして返した。そして、組合に来るまでの道中も憑依されていたはずなので、どこに宿があるかもわからないのではないかと思い、蒼竜様に、
「古川様を宿までお送りしようと思うのですが、送ってきてもいいでしょうか?」
と確認した。すると蒼竜様は満面の笑みで、
「それはこの場から逃げるのに、実に良い口実であるな。」
と言われてしまった。私は、
「まさか。
送った後は、ちゃんとこちらに戻ってくるつもりでしたよ。」
と反論した。蒼竜様は、
「まぁ、そう言うことにしておいてやろう。
お一人というわけにも行くまい。
すぐに戻ってくるのだぞ。」
と許可してくれた。だが、古川様は、
「いえ・・・。
その・・・、お手数ですので、一人で戻ります。」
と言ったので、私はお送りしなくても良くなった。
佳央様が、
「古川様。
お手数をおかけして申し訳ありませんが、大月様もこちらに来るようにお伝えしていただいても良いでしょうか。」
とやや怒っている雰囲気で言った。私は、
「何かあったのですか?」
と聞くと、佳央様は私に小声で、
「巫女様とこちらに来る時、『若いものに経験を』とか言ってたの。
つまり、こうなる状況を読んでたのよ。
一人だけ、逃げるなんて許せるわけ無いでしょ?」
と文句を言った。私は、
「『経験』ですか。
それは確かに、読み筋っぽいですね。」
と返事をし、古川様に、
「私からも、大月様にこちらに来るようにお伝えしていただきたく。
すみませんが、宜しくお願いします。」
と頼んだ。
その後、佳央様と私は、すでにお昼を過ぎていたのだが、そのまま蒼竜様の証拠物件の確認に付き合わされた。
大月様は古川様が出ていってから半刻後、おにぎりを持って冒険者組合に現れたのだが、蒼竜様から、書類が汚れるという理由で食べさせてもらえなかった。
おかげで私達は腹ぺこのまま、それから更に半刻も証拠物件の確認の手伝いを行うことになったのだった。
本文中の無礼打ちというのは、武士が名誉を傷つけられた時に相手を殺すことを指します。
公事方御定書で定められていたそうですが、何を持って無礼とするかは個人の感覚に依るところもあったのだとか。このため、喧嘩も無礼打ちで処理される事があったそうですが、書類に残っている限りでは無礼打ちはあまりなかったとのこと。
ただ、むやみに無礼打ちをしないよう通達はあったそうなので、裏を返せば、書類に残っていないものが結構あったのではないかと想像してしまいます。(あくまでもおっさんの所感です)
・切捨御免
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