合口(あいくち)で
あまり気持ちのいい話ではありませんので。(--;)
私達は、町に行く前に、庄屋様のお屋敷に挨拶に行った。
すると、また赤い袴のおば様が出てきた。さっき、玄関で大月様と話をしていたほうだ。
おば様は、
「金子の工面が付いたかえ?」
と言ってきた。おば様の中では、私達が金づるということになっているのかも知れない。
だが大月様は、
「そちらは小生等の担当外にて。」
と苦笑いをした後、
「実はここの庄屋が隣町にいると聞いたので、そこに向かおうと思っております。
しばし、村を離れますので、挨拶だけと思いまいて。」
とここに来た理由を説明した。
おば様は残念そうに、
「そうであったか。」
と笑った後、扇子で口元を隠し、
「そこな娘。」
と更科さんに声をかけた。更科さんは、
「wくぁ、・・・私ですか?」
と突然呼ばれて緊張もしたのか、変な声で返事をした。
おば様は、
「そうじゃ。
巫女様が言うに、そなたに死相が出ておるそうじゃ。
今回だけ、この者を付けるゆえ、後で金子をな?」
と告げてきた。私は、そんな嘘まで付いて金子が欲しいかと軽蔑したのだが、大月様は、
「なっ!
・・・おいくらか。」
と返した。私はそっと大月様に、
「方便ではないのですか?」
と聞くと、おば様が、
「聞こえておるぞ?」
と不愉快そうに言った後、
「巫女様が占いもせぬのに感じ取ったことじゃ。
余程濃い死相なのであろう。
もし、その者を連れていくのであれば、この者も連れて行くが良いぞ。
最善の結果に導く手筈を教えてあるゆえ、役に立つじゃろうて。」
と言って、後ろに控えていた付き人を扇子で指した。大月様は、
「そこまで強く出ておるのか。
しからば、奥方殿はここに残られよ。」
と言ったのだが、更科さんは、
「和人が守ってくれるでしょ?
きっと大丈夫よ。」
と言い切った。私も、
「勿論です。」
と答えたのだが、大月様は、
「巫女様が言うのであれば、ほぼ確定であるぞ?
スキルゆえな。」
と言ってきた。大月様が肯定するくらいだから、巫女様は本当に未来が見えるようだ。
私も残るように言おうと思ったのだが、更科さんから、
「だめ?」
とお願いされ、思わず、
「分かりました。
運命を変えてでも守りますよ。」
と大見得を切ってしまった。
ただ、勝算がないわけでもない。
本当に巫女様に未来が見えるというのが本当なら、付き人が最善の手を示してくれるというのも本当と言うこと事になる。格好を付けて運命を変えるなどと言ったものの、実は他人任せの解決手段があるからだから、ちょっと後ろめたい。
大月様は、
「どうなっても知らぬぞ?」
と言ったのだが、おば様は、
「どうあってもこな娘は行ってしまう。
なら、手近に置いていたほうが良かろう?」
と言った後、ぼそっと、
「今日回避できたとしても、そのうち同じ目に会う運命であるそうじゃしな。」
と言ったのが聞こえた。
私は、
「それは、どういう事ですか?」
と聞くと、おば様は、
「・・・ん?
聞こえてしもうたか。
何でもあらぬわ。
今聞けば未来が変わり助けられなくなるゆえ、聞かぬほうがよいと言うだけの事。
まぁ、いざという時は、その者がなんとかするであろう。」
と言った。付き人さんがややうつむき加減に、
「古川 占子と申します。
短い間ですが、よろしくお願いします。」
と挨拶をした。少し、人見知りがあるのかも知れない。
おば様は古川様を、
「その様な挨拶は不要じゃ!
それも、そのように丁寧にする必要など、ありゃぁせぬわ。」
と呆れた風に怒ったた。
思わず私は、
「その様に怒らなくても・・・。」
と言ってしまったのだが、おば様は、
「そちは人間からの成り上がりにて、知らぬも通りか。
付き人と言えど、竜人よりも格が上となる。
ゆえに、対等に話すこと能わぬというものじゃ。
分かったか?」
と怒られてしまった。私はちらっと大月様の顔を見ると早く謝れと言わんばかりの形相だ。
私は慌てて、
「分かりました。
知らぬは私の不徳にて、申し訳ありません。」
と謝った。おば様は、
「良い。
こちらも、恥ずかしい所を見せた。」
と許してくれてホッとした。
大月様が、
「では、そろそろ参りますゆえ。」
と言って、庄屋様の屋敷を出た。
村の外に出ると、今日、色々あってまだ食べていなかった昼食を作って食べた。
古川様も、まだ昼食を食べていないということだったので、一緒になって食べたのだが、古川様はまるで借りてきた猫で、特に話が弾む事はなかった。
その後、昼食の片付けをした後、休憩無しで大峰町まで移動した。
途中、更科さんの足が心配だったが、今回は爪先立ちの所があるわけでもない。何事もなく、普通に着いてくることが出来た。
夕方になり、ようやく町の門が見えてきた。
夕日で、山吹色に染まった雲が綺麗だ。
この街には、冒険者組合もあるようで、冒険者風の格好の人達が門番さんに挨拶をしては町の中に入っていった。ここでなら、一昨日倒した狼の皮も買い取ってくれるかも知れない。
私達も門から町に入ろうと門番さんに声をかけようとした時、門を潜ったばかりの冒険者がたまたま振り返って私達と目があった。そして突然、
「木偶か!」
と恨みをこめて大声で怒鳴ってきた。
ムーちゃんが、
「キュッ!キィ!キィ!」
と警戒したかた思うと、急に後ろから殺気が高まり、私は振り返ろうとした。が、突然更科さんが、
「きゃっ!」
という声と共に、私の前に突き飛ばされ、そのまま地面に倒れ込んだ。そして辛そうに、
「っ!」
と何かを堪えるような声を上げた。同時に大月様が、
「なっ!」
と大声を出す。
更科さんを見ると、背中に何かが刺さっている。
・・・というか、あれは合口だ!
私は慌てて更科さんの側でしゃがみ合口を引き抜こうとしたのだが、大月様から、
「待てっ!
抜いたら血が溢れるゆえ、先に布を当てよ!」
と指示された。私は慌てて手ぬぐいを当てると、また大月様が、
「ゆっくりだぞ!」
と言ってきた。佳央様が、
「犯人、捕まえたわよ!
どうする?」
と聞いてきたが、私はそれどころじゃない。
私は、
「それは後で!
とにかく今は、佳織です!」
と返し、すぐ古川様に
「巫女様からは何と?
とにかく、【回復】をお願いします!」
と言うと、更科さんが掠れた声で、
「・・・れっか、」
と何か言ってきた。私は耳を近づけて、
「何ですか?」
と聞くと、更科さんは、
「れっか、・・・しない・・・ほうで・・・。
・・・お願い。」
と言ってきた。私は、
「れっか?
しないほう?
とにかく早くお願いします!」
と言うと、古川様は、
「この場に及んで、執念よの。」
と呆れたように言ったものの、私が合口を引き抜くのに合わせて【回復(無劣化)】の魔法を使ってくれた。
とりあえず、更科さんの血は止まった。だが、まだ辛そうな顔をしている。
私は、
「もっと、【回復】の魔法を願いします!」
と言うと、佳央様から、
「駄目よ。
さっきまで通しで歩いてたから、きっと回復するための余力がないのよ。」
と待ったがかかった。私は、
「回復するのに、余力が必要な訳が無いでしょう!」
と言ったのだが、佳央様は、
「普通は、ご飯を食べて休養を取って初めて回復するの。
今は、魔法で休養だけ取っている状態よ。
なにか食べさせないと、持たないわ。」
と説明した。私はあまり理解できていなかったが、『ご飯』という単語だけを頼りに、
「要するに、晩御飯を食べさせないと【回復】が使えないということですか?」
と質問した。すると佳央様は、
「ええ。
今はそう言う感じね。」
と答えた。佳央様は、
「で、これ、どうする?」
と言って、足で犯人を押さえつけている。
私は犯人を睨みながら、
「下手人ですか。
番所に突き出しましょう。」
と言って更科さんを抱き上げようとした。佳央様が苦笑いしている。
その時、急にわらわらと十人程が走ってきたかと思うと、
「まだいたぞ!
あそこだ!」
「木偶の野郎にとどめだ!」
「やっちまえ!」
「俺の人生、狂わせやがって!」
「旦那もついでに冥土に行けや!」
と口々に怒鳴り散らしながら、武器を手に襲ってきた。
私は思わずキッと睨みつけると、私達を襲ってきた連中がバタバタと倒れた。
が、それだけではない。
後ろを歩いていた、普通の人まで倒れている。
──やってしまった!
スキルを使うつもりはなかったが、無意識に【黒竜の威嚇】を暴発させてしまったらしい。
私は慌てて大月様に、
「申し訳ありません!
加減を誤りました!
気付けの魔法をお願いします!」
と言って、更科さんを抱えたまま大月様に頭を下げて謝った。大月様は早速周りの人から順に気付けの魔法をかけつつ、
「気持ちわ分からなくもないが、自重するように!」
と難しい顔で怒られてしまった。
佳央様は、私に縄を手渡しながら、
「気絶してるけど、これ、お願い。」
と犯人を縛るように言ってきた。
私は、更科さんをもう一度地面に横たわらせ、襲いかかってきた奴らを縄で締め上げた。そのまま、縄で締めてしまいたい衝動にかられるが、ここはぐっと堪えた。締め上げた後は、最初に佳央様が捕まえた下手人の所に丁寧に放り投げていく。
その間も、大月様と佳央様は次々と気付けの魔法を使ってくれている。
二人には感謝の言葉もない。
私は、
「古川様は・・・。」
と声を掛けると、古川様も、
「仕方がないわい。」
と言って、遠くの分かりにくい所から順に、こちらに近づくように、順番に気付けの魔法を使ってくれた。
お陰で、今回も死人は出ずに済んだ。
そういえば、古川様は少し人見知りではないかと思ったのだが、今はテキパキと動いており、しゃべりも堂々としている。それに、口調まで変わっている。人が変わったようにも感じたが、仕事をやっている時とそうでない時で、少し性格が変わるのかも知れない。
一通り、気付けが終わり頭を下げて回った後、私は改めて三人にお礼を言った。
そして、更科さんを刺した男や襲ってきた連中を番所まで連れて行った。
役人には、大月様から、
「所払いになったと言うに、少々、反省が足りぬようである。」
と一言添えられていたので、所払いの延長か、最低でも百敲きにはなるに違いない。
その後、番所のお役人様に適当な宿を紹介してもらい、その宿に泊まる手続きをした。
更科さんはかなり疲れているようだったが、食べてもらわないことには回復も出来ない。
少しだけお粥を食べさせてから、寝てもらった。
更科さんが寝た後、大月様が佳央様と私を呼び、
「庄屋と会うのは明日に延期いたす。
それと、山上には言っておきたい事がある。」
と言った。私は、
「今日、しくじった件ですよね?
無関係の人にまで危害を及ぼして、あれは本当に駄目でした。
でも、頭では分かっているつもりでも、心が追いつきませんでした。
もう、街中では絶対に使いません。」
と決心を伝えた。すると大月様は、
「どのような理由があるにせよだ。
これで無関係の誰か亡くなっておれば、残された者がどういう心境になるか分かるであろう。
場合によっては、大黒柱を失い家族が散り散りという事もあろう。
一歩間違えれば、大惨事であった。」
と厳しく言った。佳央様が、
「でも、」
と割って入ろうとしたのだが、大月様は佳央様の言葉にかぶせ、
「とは言え、今回のように本当に使わねばならぬ時もあろう。
その様な場合には、躊躇せず使うのだぞ。」
と言った。
私は、
「本当に使わないといけない時ですか?」
と聞き返すと、大月様は、
「身内が刺され、動けなくなっていたのだ。
後から来たあやつらも同じ穴の狢と思えば、当然であろうが。」
と言い切った。だが、大月様はすぐに視線を反らし、
「・・・とは言え、あまりやるでないぞ?
小生の監督不行届と言われるゆえな・・・。」
と、バツの悪そうな顔をしたのだった。
佳央様が、
「最後の一言は、ちょっと格好悪いけど、そう言うことよ。」
とニヤついていた。ムーちゃんにまで、
「キュィ!」
と鳴かれてしまった。
その後は、私は更科さんが心配で側で看病をした。
だが、大月様や佳央様から言葉を貰ったのに、気がつくと無関係の人を気絶させてしまったのが申し訳なくて、猛省していた。
皆には気付かれていないようだが、本当の所、私は【黒竜の威嚇】を使うつもりはなかった。
スキルを暴発させてしまったのだ。
私は、どうすれば、何があっても沈着冷静でいられるようになれるのだろうかと考えながら、その日は寝落ちしてしまったのだった。
作中、山上くんは更科さんを刺した人を「下手人」と言っていましたが、下手人は殺人犯を指します。
更科さんは死んでいないので、下手人というのは不適切ですが、山上くんにとって更科さんを刺した犯人は、殺人犯と同じくらい憎いと思ったからとなります。佳央様はそれに気がついて、苦笑いしました。
・下手人
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