金子(きんす)
*2022/12/03
ルビの強化や、影響のない範囲で言い回し等の修正をしました。
佳央様と私は、菅野村の庄屋様のお屋敷に入った。
玄関に入ると最初に目に飛び込んできたのは、薄墨で描かれた松の絵が描かれた屏風だ。名や印が押してあるので、名のある人物が書いたものなのかも知れない。
そして、屏風の奥がまた広い。
私が以前住んでいた、葛町の集荷場の上にあった部屋と同じくらいの広さはあるのではないだろうか。
私は、上がり框の隅の方に腰を下ろし、草履を脱いだ。そして、すすぎをしてから庄屋様の屋敷に上がる。
私は、赤い袴のおば様や佳央様の後ろに付いて綺麗に磨かれた廊下を歩いた。
お座敷に着くと、おば様や佳央様が正座をしたので、私もそれに倣い正座する。おば様が襖を開け、正座したまま、器用に少し前に両手をつくと、そのまま体を持ち上げて敷居を跨ぎ、中に入った。そして、両手を八の字について頭を下げ、正座している両足を左右にもぞもぞしながら器用に前に移動する。佳央様も、同じようにして、部屋に入っていく。
この、もぞもぞとした動き、団子虫と言うか、芋虫と言うか・・・。
私はその様子に笑いそうになったが、ぐっと堪え、私もそれに倣って部屋に入った。そして、佳央様の横に並ぶ位置まで移動する。
失礼だとは思ったが、頭を下げたまま周りの様子を窺うと、下の方しか見えなかったが、正面には畳で壇が作られ、そこに簾がかけられているのが分かった。簾の横の方には、赤い袴が見える。恐らく、先導してくれたおば様が座っているのだろう。
おば様が、
「巫女様は
『大儀である。』
と言っておられる。
喜ぶが良い。」
と言ってきた。
急に喜べと言われても、何に喜べばよいか分からず、反応に困ってしまった。
だが、佳央様は、
「身に余るお言葉、恐悦至極に存じます。」
と返した。似た言葉を他の所でも聞いたような気がするので、これは定型句なのかもしれない。
前の方から、布の擦れる音がする。
おば様が、
「巫女様は、
『男子は名を何と申す。』
と聞いておられる。」
と問いかけてきた。私は、
「私は、山上 和人と申します。」
と返事をした。
また、布の擦れる音がする。
おば様は、
「巫女様は、
『魂に乗った黒竜とは、どの様な縁じゃ。』
と聞いておられる。」
と言ってきた。私は、
「たまたま、討伐される時に立ち会いました。」
と簡潔に答えた。
三度、布の擦れるような音がする。
すぐ横にいるというのに、どうしてわざわざおば様を通して話をしているのか、私には意味がわからない。
おば様は、
「巫女様は、
『此度は、何用にてこの地に参ったか。』
と聞いておられる。」
と聞いてきた。私は緊張と早く答えないといけないという切迫感から、
「はい。
この近くに住む竜人とこの村の漁民の仲裁するために参りました、大月様のお供で参りました。」
と答えた。同じ言葉を二回使ってしまい、我ながら格好が悪い。
佳央様が、
「大月とは、竜の里の竜人にございます。」
と補足する。
向こうでは、またまどろっこしい伝言をやっている。
おば様は、
「巫女様は、
『もうその話は済んでおる。』
と仰せじゃ。」
と言った。
この話は門番さんから少し聞いたが、もう少し詳しい話を聞きたいと思った。
だが、そんな事を聞いてもいいのだろうか?
そんな事を考えていると、それを察してか佳央様が、
「感謝の言葉もございません。」
と返事をした。
またしても、布の擦れる音がする。
おば様は、
「巫女様は、
『山上とやら、自力では重さ魔法以外、使えまい。
何故か分かるか?』
と聞いておられる。」
と質問してきた。私はそんな事まで分かるのかと驚いて、思わず、
「分かりません。
もし、おわかりになられるのでしたら、教えていただきたく存じます。」
とお願いしてしまった。おば様が眉間に皺を寄せ、
「これっ!
分を弁えよ!」
と叱りつけてくる。だが、向こうでまた布の擦れる音がした後、不快気な声で、
「巫女様は答えて下さるそうじゃ。
恩に着るが良い。」
と言ってきた。
私は将に恩着せがましいなと思いつつも、
「有難き幸せにございます。」
と返事をした。
おば様が、
「うむ。
それで巫女様は、
『上乗せされた力が邪魔をしておる。』
と仰せじゃ。」
と言った。私は、
「上乗せにございますか?」
とそのまま返すと、また、布が擦れる音がした。
おば様は、
「巫女様は、
『黒竜の力じゃ。
あれが、内から外に出るのを阻害しておる。』
と仰せじゃ。」
と言った。さらに布が擦れる音がすると、おば様は、
「巫女様は、
『阻害せぬように祝詞を上げてやろう。』
と仰せじゃ。」
と言った。私は、他の魔法も使えるようになるのかと喜んで返事をしようとしたのだが、おば様が、
「格安の銀10貫でよい。」
と付け加えてきた。
金を取るようだ。
それも、銀10貫。
かなり大金だ。
私は笑顔が強張り、急いで、
「恐れながら、大変ありがたいお申し出なのですが、その様な大金を持っておりません。」
と言って辞退した。
が、おば様は、
「巫女様の仰せじゃぞ!」
と厳しく叱りつけてきた。
だが、持っていないものは仕方がない。
私は、
「恐れながら、私は長屋暮らしで、下手を打つと冬が越せるかも怪しい身にございまして。
申し訳ありませんが、無い袖は振れません。」
と理由を添えてお断りした。おば様は、
「巫女様の仰せじゃぞ!
竜人の株が買えるほどの大金を持っておるのであろうが!」
と言ったのだが、さっきと違って若干焦っているように感じた。
私は株など買った覚えはないので、
「今の赤竜帝のご厚意にございます。
私自身は、どう逆立ちしても無いものはございません。
どうしてもと仰せであれば、出世払いで何とかなりませんでしょうか?」
と聞いてみた。だが、ここで佳央様が、
「恐れながら、現赤竜帝は、金銭で竜人格を売るような真似はいたしません。」
と割って入ってきた。
おば様は、
「巫女様の仰せじゃぞ・・・?」
とまた同じことを言ったものの、今度は気弱だ。
おば様は、
「そなた等も、ここに泊まるつもりであったのであろう。
ならば、その金子を喜捨するのでもよいぞ?」
と急に敷居を下げてきた。
どうも、巫女様たちは金子に困っているようだ。
言い回しから、このお屋敷の庄屋様に払う代金にではないだろうか。
向こうで忙しなく、袖が擦れる音がする。
本来は隠すべき事を言ってしまったので、慌てて対策を話し合っているのだろうか。
だが、そんな事はお構い無しで佳央様が、
「それは、私達では判断できません。
大月にお尋ね下さい。」
とあっさり返した。おば様は、
「む。」
と言ったのだが、佳央様ははっきりと、
「お門違いというものよ。」
と平素の言葉で言い切った。
そういえば、大月様は佳央様に機嫌を損ねないようにと釘を差していたが、大丈夫だろうか。
おば様は、
「巫女様の御前じゃ。」
と少し声を震わせながら佳央様を叱りつけた。
佳央様は、
「失礼しました。」
と軽くあしらっている感じだ。
また袖が擦れる音がして、おば様は、
「もうよい。
下がりおろう。」
と、ご立腹で私達に言いつけた。
案の定、佳央様が巫女様を怒らせてしまったようだ。
佳央様と私は、
「「ははっ!」」
と返事をした。
また、佳央様が先に下がっていったのだが、私には佳央様がどう動いているのか、気配でしか分らない。
仕方がないので、入ってくる時と同じ様に足をもぞもぞさせて襖まで下がると、足が襖に当たってしまった。
巫女様たちの方から、笑い声が聞こえる。
私は頭を下げたまま後ろを覗いて周りを確認し、そそくさと方向を変えて何とか座敷から下がったのだった。
作中、山上くんは玄関で上がり框に腰を下ろしています。
この「上がり框」ですが、玄関と廊下の間にある板間のことを指しています。
ただ、この板間の部分を上がり框と呼ぶのは方言で、一般には式台と呼びます。では、一般に上がり框がどこを指すかと言うと、式台と廊下の間の横木の部分となります。
沓脱ぎ石もそうですが、日本家屋の床は地面から高いので、階段状にして行き来しやすいようにする意味合いがあるそうです。
この『框』という字。
おっさん、数年前まで間違って柩と読んでいました。
似てますよね?・・・ね?(^^;)
・上り框
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