大勢の人が来たと思ったら
空が白み、もう後少しで日が昇り始める。
ふと見上げると、少し雲が出てきたような気もするが、高いところを飛んでいるので雨雲ではなさそうだ。
ご飯が炊けるいい匂いが、私のお腹を刺激する。
私は朝から重たい気もしたが、更科さんは所望だろう。昨日血抜きした狼肉を大笹から取り出し、表面を軽く削いで一口大に切った。そして、串に挿していつでも焼けるように準備をしておく。
味噌汁は・・・、昨晩と同じく牛蒡しか具が入っていない。
向こうの天幕の近くでも、筋肉質の男が朝食の準備をしている。
遠目ではっきりとはわからないが、あっちは恐らく、きのこ汁のようだ。
昨日食べ損なったのも手伝って、なんだか羨ましく感じる。
そろそろ御飯が炊けたか。
私は飯盒を火から降ろしてひっくり返し、代りに狼肉の串を焚火の近くに刺した。
これから、皆を起こしに行けば、集まった頃にはいい具合に焼けているに違いない。
朝の空気が冷たいので、私は何となく焚火から離れたくなかったのだが、肉が焦げてもまずい。先ずは大月様の眠る天幕に向かった。
天幕の前に着くと、私は中に向かって、
「おはようございます、大月様。
朝食の支度が出来ましたので、そろそろ起きていただけないでしょうか。」
と少し大きめに声をかけた。
・・・返事がない。
私は、天幕の入り口を開け、
「おはようございます。
朝食が出来ましたので、起きて下さい。」
ともう一度声をかけた。
すると大月様は、
「・・・支度をするゆえ、先に向こうを起こしてまいれ。」
と眠そうに言った。私は、
「分かりました。
あまり遅いと、串の肉が焦げますので、早めにお願いします。」
と言って、大月様の天幕を後にした。
次に、佳央様と更科さんが眠る天幕に移動した。
そして、天幕の前に着いたので、
「佳央様、佳織、おはようございます。
朝食の準備が出来ましたので、出てきてください。」
と声を掛けると、
「キュィ!
キキィ!」
とムーちゃんが鳴いた。私は、
「ムーちゃんもおはよう。」
と言うと、
「キュィ!」
と返事をした。私はムーちゃん以外、反応しないので天幕の中を覗くと、丁度佳央様が竜人化したばかりだったので、
「何で、人間の男ってスケベが多いのかしらね。」
と言われてしまった。私は慌てて天幕の中を覗くのを止め、
「すみません、佳央様。
でも、私の場合は間が悪いだけですからね。」
と言い訳をした後、
「後で佳織も起こして来て下さい。
朝食の支度が出来ています。
早く来ないと、お肉が焦げてしまいますので、早めにお願いします。」
と付け加えた。すると中から明らかに寝袋から抜け出した音がしたかと思うと、
「和人、すぐ行くから!」
と言って、更科さんが慌てて着替え始めたようだった。私は、
「はい。
お願いします。」
と言ってから焚火に戻った。
暫くすると、更科さん、大月様、佳央様の順に焚火の前にやってきた。
私は、来た人から順番にご飯を装い、おみそ汁を注いでは手渡していく。
配膳の間、佳央様が、
「佳織ちゃん、本当にお肉、好きよね。」
と言った。私も、
「お肉と言った途端に起き出したようでしたしね。」
と言うと、更科さんは、
「もう。」
と言いながら、
「ほら、いただきますするわよ。」
と言って、誤魔化しにかかった。
私が配膳を終えて焚火の近くに座ると、佳央様が、
「じゃぁ、大月様、一言。」
と言った。大月様は眉を顰め、
「あまりこちらに振るでない。」
と文句を言ってから、
「ふむ。
では、今日はこれから菅野村に向かう。
少し遠いが、頑張るように。」
と言ってから、『軽く』と称して今日の予定を説明し始めた。
朝食が冷めるので、予定の説明なんて後からでもいいのではないかと思うが。
大月様は一通り話しをすると、ようやく、
「では、頂くとしよう。」
と言った。私達皆で、
「いただきます。」
と唱和し、ようやく朝食を口にする。
朝食が終わり、川で鍋などの洗い物を終えて戻ってくると、大月様が、
「ん?
何やら大勢で来ておるな。」
と言った。すると佳央様も、
「そのようね。
何やら、物騒なものも持っているみたいだし、どうする?」
と肯定する。私も気配を探ると、流石に佳央様のように細かくは判らないが、確かに大勢の人が来ているようだった。
私は、
「ガッチリしている方のお兄さんが木こりだと言っていましたから、斧や間伐の道具でも持っているのでしょうかね?」
と聞くと、佳央様は、
「違うわね。
鉈じゃなくて、どちらかと言うと刀とか合口とかそういうものよ。
鎌もいるわね。」
と返してきた。私は、
「山賊でしょうか?」
と聞くと、大月様は、
「この辺りに、金目のものを持った者は滅多に通らぬ。
流石に、違うのではないか?」
と言った。そう言われてみれば、あんな道を通る行商だってそうはいないだろう。そもそも大勢いるのだ。一人二人ならともかく大所帯なら、それなりに沢山盗まないとやっていけないだろうから、山賊業が成り立たなさそうだ。
とは言え、どのような集団か分らない。
私は、
「ひとまず、荷物をみんな片付けてしまいますか。」
と言うと、大月様も、
「そうであるな。
向こうがこの広場に入ったら、すぐに出立するとするか。」
と同意した。私は、
「では。」
と言って、早速天幕を仕舞い始めた。
更科さんは大月様に、
「すみません。
鍋を仕舞いたいので、緑魔法でお願いします。」
と言って、鍋を乾かすようにお願いしていた。
大月様は、
「元来、魔法はこのような事に使うものではないのだぞ?」
と文句を言いつつもやってくれていた。
向こうのひょろ長い男が、ぎょっとしてこちらを見ている。
魔法で鍋を乾かすなど、前代未聞に違いない。
更科さんからすれば、立っている者は竜人でも使え、という事なのだろうと思うが、目上の人にこういう依頼をするのもどうかと思った。
私達が荷物を纏め終えると、大月様は大勢の人が広場に入っていくのを見て、
「では、出立するとするか。」
と号令を出した。
気配では分からなかったのだが、この集団は明らかにおかしい。
まず、10人以上いるが、同じ身なりの者がほとんどいないのだ。
町人、農民、中には浪人崩れのような者までいる。
私は、どの様な集団なのか見当も付かず、いよいよ危険な予感がしていた。
大月様も、
「このように統一性のない集団であると、一体どのような者達なのか、皆目見当も付かぬな。
おるいは、何かの宗教か?」
と言って困っているようだった。
佳央様が、
「あっちの天幕に行ってるわね。
知り合いかな。
そう言えば、あの二人もちぐはぐな取り合わせよね。」
と訝しんでいる。
確か、二人は昔なじみでたまたま休みが取れたからだと言っていた。
が、これは昔なじみでたまたま集まる数ではない。
私も困惑している、更科さんが私の袖を引き小声で、
「和人、ほらっ!
お武家様の隣にいる、町人の人!
あの人、見たことあるけど、誰だっけ?」
と言うので見てみると、確かに以前、どこかで見たことのある町人の人がいた。
私も、
「えっと、誰でしたっけ?
でも、確かに見覚えがありますよね。」
と返した。すると今度は佳央様が、
「あれっ?
確か、梨本とかいう同心じゃない?」
と言った。梨本さんは、湖月村でお世話になったことのある盗賊改の人だ。
それで私は、咲花村の団子屋での出来事を思い出した。
更科家が遠慮になった時、盗賊改の岡本様がいの一番に教えてくれたのだが、その時の岡本様は、町人に変装した姿だった。
私は、
「なるほど、あれは岡本様の変装ですか。」
と言うと、更科さんも、
「変装?
あぁ、なるほどね。
だから、すぐに思い出せなかったのね。」
と納得していた。私は、
「潜入の可能性もあるので、念の為、ここは気が付かなかったふりをしましょう。」
と言うと、大月様が、
「ふむ。
であれば、そういう可能性も踏まえて行動するとするか。」
と言った。既に、ここから先の道に人の気配はない。
大月様が、
「では、今度こそ出発するか。」
と言ったのだが、私は、
「すみません。
昨晩、あの二人とは少し話をしまして。
二人に声をかけずに出発するのは逆に不自然じゃないかと思うので、ちょっと行ってきます。」
と抜け出そうとした。すると大月様は頭が痛そうな顔をして、
「話したのか。
では、仕方ないな。
小生も見張りの礼を言うゆえ、一緒に参れ。」
と言って、二人でその集団に近づいた。
一斉に、こちらに怪しい者を見るような視線が集まる。
さっきまでバラバラに何か話をしているようだったが、急に静まり返る。
大月様が、
「小生らはこれから出発する。
昨夜は、共同での夜の番、助かった。」
と切り出した。すると、ひょろ長い男が、
「いいってことよ。
むしろ、狼の被害に遭わずに済んだ。
お礼を言いたいぐらいだ。」
と気さくに返してきた。筋肉質の男も、
「もう会うこともないかも知れないが、達者でな。」
と言って、挨拶をしてくれた。大月様が、
「そちらも、達者で。」
と言ったのに続き、私も、
「またどこかで。」
と挨拶をし、会釈してからこの場を立ち去った。
こうして何事もなく、この場を立ち去ることができた。
菅野村への道中、更科さんから、
「岡本様がいたのは引っかかるけど、いい人達だったね。」
と言って笑ったので、私も、
「そうですね。」
と言って笑い返した。
空を見上げると、日差しと共に雁行が見えた。
更科さんが大月様に鍋を乾燥させるのに魔法を使わせるのを見て、山上くんはあれはどうかと思いました。でも以前、山上くんは蒼竜様に魔法で褌を乾かしてもらっています。
似た者夫婦と言うことですね。(^^;)