俺が見張りだが不満か?
その日、私は息が出来ず、苦しくて藻掻きながら目が覚めた。体も重い。
まさか、三郎さん達が?
私が恐怖と共に目を開けると、天幕の入り口から差し込む僅かな光に浮かんでいた人物は、大月様だった。大月様は私の鼻を摘み、口を押さえている。
大月様は口を押さえたまま、鼻だけ手を離すと、小さな声で、
「なかなか起きなかったゆえな。
死ぬ前に起きて、なにより。」
と言ってきた。
私は息苦しくて、尚も大月様の腕を叩きながら藻掻いていると、大月様から、
「ん?
息なら、鼻から出来るであろう?
というか、少し、落ち着くがよい。」
と言われてしまった。
だが私は、落ち着けと言われた言葉に、一体誰のせいでこうなったのかと強く抗議したくなった。
一先ず、は大きく鼻で息をして、大月様の腕を叩くのを止めると、大月様も私の口から手を離した。
私は、大月様を睨みつけながら文句を付けようと大きな声で、
「どうし・・・!」
と言いかけた所で、大月様は、またすぐに私の口を手で塞いた。
そして、また小さな声で、
「周りが起きるであろうが。」
と怒られてしまった。
周りを見ても、天幕の奥は真っ暗だった。
だが、魔法や温度で見れば、ある程度の周りの様子は分かる。
私は魔法で周囲を見回すと、佳央様と更科さんが横で寝ているのが見えた。
冷静になって考えれば、昨晩、大月様に起こして欲しいと頼んだのは私だ。
私はやってしまったのかと思い、大月様の手をどけて小さな声で、
「申し訳ありません。
すっかり、寝入ってしまいました。」
と謝った。すると大月様は、
「なに。
昨日は、山上は峡谷の道でずっと魔法を使っておった。
それで、普段よりも眠りが深かったのであろう。」
と返した。
もし、あのまま眠りが深いせいで目が覚めなかったら、私はお陀仏だったのだろうか。
私は頭を振って、それはないかと思い直した。
だが、さっきからずっとお腹の辺りが少し重い。私は、
「・・・そのせいでしょうか。
まだ寝たりませんし、体も重いんですよ。
なので、折角起こしていただきましたが、もう少し休んでから起きようと思います。」
と返した。すると大月様は、
「ムーが乗っているからではないか?」
と言ってきた。もう一度魔法で見ると、ムーちゃんが私の寝袋の上で寝ていた。
さっき、魔法で見た時は見えなかった。
重さだけは感じているのに、気配やらなにやらを消して寝ているムーちゃんに気がつけなかったようだ。私は、自分の不甲斐なさに苦笑いしながら、
「道理で、疲れがとれていないわけです。」
と返して、寝袋の中から手を出しムーちゃんを横に移動させた。
ひとまず、寝袋から出て、本来ムーちゃんが寝ている筈だった座布団のような物の上に乗せ直す。
天幕の中は風が遮られているだけで、外気と温度はほとんど変わらない。
私は、
「朝は流石に冷えますね。」
と大月様に言うと、大月様も、
「もうすぐ、冬であるからな。」
と答えた。私は、
「これから、私は隣の天幕の人達が悪さをしに来ないように寝袋の中から見張っていようと思います。
大月様はお疲れでしょうから、自分の天幕で寝ていてください。」
と言ってもう一度寝袋に片足を突っ込んだのだが、ふと、朝食の下準備がまだなのを思い出した。
「・・・いや、すみません。
昨晩、うっかり朝食の準備を忘れていまして。
すみませんが、これから味噌汁の出汁をとろうと思いますので、鍋に水を出してもらっても良いでしょうか?」
とお願いした。すると大月様は渋々という感じでだが、
「うむ。」
と返事をしてくれた。
私は食料の入った箱を持って大月様と一緒に天幕の外に出ると、明かりを確保するために焚火を始めた。
飯盒にお米を入れ、大月様に、
「すみません。
こちらにお水をお願いします。」
と言うと、大月様は、
「米を食わねば、力も出ぬ。」
と言って、魔法で水を出してくれた。
その水でお米を研いで、研ぎ汁を捨て、また大月様に水を入れてもらう。
次に、鍋に水を入れてもらい、干し椎茸を濡れ布巾で拭いてから、鍋に放り込む。
干し椎茸は、本当は日光に当て、昨日の晩から一晩かけて水に浸けて戻した方が美味しい出汁が出る。が、既に夜半も過ぎ、この時間だ。仕方がないので、火から少し離して鍋を置く。干し椎茸を戻すだけなら、お湯で戻したほうが早いが、それでは椎茸の旨味が上手く出てくれない。どうやったら、日の出前に一番いい出汁が出るのか、加減が難しい。
私は一通り水を使う準備が終わったので、
「大月様、深夜の番でしたのに、ありがとうございました。」
とお礼を言うと、大月様は、
「なに。
それで、これからずっと起きておくつもりか?」
と聞いていた。私は、
「体を動かしたら、しっかり目が覚めてしまいましたので、そのつもりです。
折角ですし、気配を消す練習でもしていようかと思っています。」
と答えた。大月様は、
「ふむ。
山上も里に来た頃に比べれば随分消せるようにはなったようであるが、まだまだであるからな。
まぁ、力を入れ過ぎぬように。」
と言って、自分の天幕に入っていった。
それを見計らってか、筋肉質の男がこっちにやってきた。
筋肉質の男は、
「お前、この時間は俺が見張りだが、不満か?」
と明らかに不快そうに言った。私は、
「申し訳ありません。
私だって、自分が番だったら信用されていないと思って怒ると思います。
ただ、本当は私もこんな時間から起きるつもりはなかったのですが、朝食の準備を忘れれいたので仕方なくです。」
と鍋の方をちらっと見て答えた。すると、筋肉質の男は、
「それなら、もう終わったんだろ?
寝たらいいじゃないか。」
と言ってきた。確かに、ごもっともな意見だ。
私は咄嗟に、
「すみません。
私は、その・・・、あまり朝強い方ではありませんで。
その・・・、今寝たら、朝、起きる自信もありませんもので・・・。」
と言い訳を考えながら返事をした。しかし、筋肉質の男は、
「早く起きる理由でもあるのか?」
と聞いてきた。私は、
「その・・・、ここだけの話ですが、あの中でまともに料理を出来る人は私だけでして。
私が寝坊をすると、朝食に人間が食べられないものが出てくるのではないかと、心配でならないのですよ。」
と返事をした。
更科さんは、料理を作る時に分量や時間をよく間違えるし、佳央様が料理をしている所はほとんど見たことがない。
大月様は料理ができそうだが、人間が食べられる食材を使うとは限らない。茸の件で、前科持ちだ。
なので、この話は真っ赤な嘘という訳でもない。
筋肉質の男は、
「・・・なるほど。
しかし、女二人いて、両方共か?」
と聞いてきた。私は、
「一緒に住んでいますが、二人がまともなご飯を炊いた所を、ほとんど見た事がありません。」
と答えた。
先週、二人にご飯を炊くように頼んだ時、おしゃべりに夢中になってお焦げを通り越して炭が出来ていた。あの時は、お釜に付いた焦げを落とすのが大変だった。
筋肉質の男は、
「それは・・・。」
と眉を顰め、
「俺らと来るか?
そうすれば、少なくともまともな飯は食えるぞ?」
と、勧誘されてしまった。
私は自然な流れだろうと思い、
「どんな仕事ですか?」
と聞いてみたのだが、筋肉質の男は核心には触れず、
「お前のあれは、寝てても分かったからな。
いや、驚いたのなんの。
あれは、仕事に役立つ。」
とだけ答えた。私は答えになっていないなと思いつつも、
「役に立ちますか?」
と聞き返してみた。すると筋肉質の男は、
「俺は木こりをやっていてな。
森の動物を追い払うのに、役立つと思うぞ?
あれが出来れば、安全に仕事が出来る筈だ。」
と答えた。私は、盗賊家業で、岡っ引きを追い払うのに役に立つという意味じゃなくてよかったと思いながら、
「なるほど、そう言うことですか。
そうすると、三郎さんも木こりか何かですか?」
と聞いた。すると筋肉質の男は、
「?
いや、違うぞ?
休みがとれたと言うから誘っただけだ。」
と返事をした。今更ながら、三郎さんは何をしている人なのだろうかと思い、私は、
「?
そうすると、全く違う職業なのですか?」
と聞いてみた。すると筋肉質の男は、
「まぁ、昔なじみだが、そう言えば何をやっているのか聞いたことがなかったな。
確か、今は大店で勤めているとか言っていたか。」
と奇妙なことを言い出した。『今は』と言うことは、昔は違ったということなのだろうか。
私は色々と違和感を感じていたが、詮索するのも良くないかと思い直し、
「冒険者にはスキルを聞くのは良くないというのもありますし、職業柄、あまり話せないというのもあるのかも知れませんね。」
と適当に返すと、筋肉質の男も、
「まぁ、そうかもしれないな。」
と苦笑いした。
そうこう話しているうちに、もうすぐ空が白み始める時間になったので、
「すみません。
そろそろ、ご飯を炊かないといけませんので。」
と断り、朝食を作る作業に入った。筋肉質の男も、
「それじゃ、俺も作るとするか。」
と言って、向こうの天幕に戻って行った。
飯盒を焚火にかけ、石で組んだ炉に火を起こす。
鍋の中の干し椎茸は十分に戻っておらず、まだ固い。鍋から一度椎茸を取り出し、薄切りにしてから鍋に戻して火に掛ける。
私は朝食を作りながら、筋肉質の男との会話を思い出し、こっちの方も悪い人ではなかったので安心したのだった。
本文で山上くんは干し椎茸を濡れ布巾で拭いていますが、これは昆布を使う時の手順なので、間違いとなります。椎茸は水洗いして埃や塵を除いて大丈夫です。半日くらい水に浸して、出汁を取ります。
ただ、半日前には椎茸出汁にしようと決めないといけないので、おっさんはもっらぱ顆粒のしいたけだしの素ですが・・・。(--;)
・シイタケ
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・昆布出汁
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