解体が早く終わった
解体ネタなので、血が苦手な方はごめんなさい。(--;)
私と更科さんは、さっき襲ってきた狼の毛皮を剥ぎとり、明日の朝食に肉を加えるべく、軽く打ち合わせをして鍋と解体用の刃物、穴掘り用の小型の鍬を取ってきて川の方に進んだ。
すると、ちょうどお誂え向きの少し開けた所を見つけた。
人が腰を掛けられそうな岩も、いくつかある。
更科さんが袖を引いて小声で、
「ここ、良さそうね。」
と言った。獣に襲われにくくするためだろう。私も、
「そうですね。
後で、ここで解体しますか。」
と小さく言うと、更科さんも、
「うん。」
と言って同意した。
そのまま静かに川まで行く。
私は、
「川に着きましたね。
思ったよりも石が滑るみたいですから、気を付けてくださいね。」
と小声で言うと、更科さんも、
「和人もね。」
と返してくれた。私は、
「はい。
私はこれから軽く、狼を洗いますので、更科さんは鍋をお願いします。」
と返事をして、出発前に確認した役割も言うと、更科さんも、
「うん。」
と言って、持ってきたお鍋に水を汲んでいた。
私も狼の皮を軽く洗い、重さ魔法で水滴を落として背負い、
「では、そろそろ行きますか。」
と言うと、更科さんも、
「うん。
さっきの所ね。」
と言って、水の入ったお鍋を持って一緒に歩いた。
が、水を一杯にした鍋は重い。
更科さんの足は万全じゃないので、また佳央様の按摩が必要にならないか心配だ。
だが、直接足について聞けば答え辛いかもしれない。
私は敢えて、
「お鍋、大丈夫ですか?」
と聞いた。すると更科さんは、
「ちょっと重いから、休み休みかな。」
と答えた。
更科さんに合わせて、ゆっくり移動する。
途中、何度か休憩もとって鍋を降ろし、足の負担が減るように気をつける。
休憩中も、なるべく静かにする。暇なので周りを見ていると、たまたま大笹を見つけた。後でお肉をくるむのに、丁度いいので何枚か摘んでおく。
また、さっきの少し開けた所に戻った後、地面に積もっていた葉をどけて地面を晒した。そして、石で簡単にかまどを作り、乾いた葉を敷いて、持ってきた薪の細いものを上に並べる。
葉に火を点け、手で仰いだり口で吹いたりして火を広げていくと、徐々に炎が大きくなり、辺りが照らされる。
枝に縄をかけ、鍬で下に穴を掘り、狼を吊るして血抜きを始める。
重さ魔法を使って、血の出をよくする。
これは竜の里の来た後、佳央様に教わった方法なのだが、こうする事で通常の10分の1以下の時間で、血抜きが終わるのだ。
血抜きをしている間、更科さんには臓物を捨てる穴を掘ってもらう。私は、荷を軽くしながら歩く以外は、魔法を使いながら複数のことを同時に出来ない。申し訳ないが、穴掘りは更科さんだけでやってもらう。
少し時間が経って血抜きが終わった所で、狼の腹を捌き、更科さんが掘ってくれた穴に臓物を捨てる。臓物の中の液体が肉にかかると臭いが着いて取れなくなるので、重さ魔法で腹の中のものを軽くしながら丁寧に処理していく。
本来は、ここで血を洗い流して肉に臭みが移らないようにしたいのだが、洗うほど水も持ってきていないので、この工程は諦めようと思った。が、更科さんが、
「【水球】使おうか?
すぐ消えるけど、洗い流すなら十分でしょ?」
と提案してきた。私はなるほどと思い、
「はい。」
と答えたが、日中のことを思い、
「でも、疲れませんか?」
と聞いた。だが更科さんは、
「大丈夫よ。
そのくらい。」
と返事をしたので、水魔法の【水球】で臓器を抜いたところを中心に、腸が抜かれ、木からぶら下がっている狼を水洗いしてもらった。
更科さんの出した水はすぐに消えるので、乾かす手間もない。
これから皮を剥ごうと思ったのだが、徐々に狼が固くなり始めていた。
佳央様から聞いた話では、これを死後硬直というらしいのだが、神聖魔法の【回復】を使うと柔らかくなるのだそうだ。
私は更科さんに、
「【回復】を使ってもらってもいいですか?」
と小声でお願いした。すると、更科さんは、
「いいよ。」
と小さく返事をし、私に【回復】を使おううとした。私は、
「私じゃなくてこっちです。」
と言って狼の方を指すと、更科さんは、
「えっと・・・。」
と戸惑っている。私も知らなければそうだろう。
私は、
「お肉が柔らかくなるそうですよ。」
と言うと、更科さんは、
「そうなの?
でも、少しくらい堅いほうが美味しくない?」
と言ったのだが、私は、
「ここで柔らかくしておかないと、後の処理が大変なのですよ。」
と返すと、更科さんは、
「分かった。
じゃぁ、やるわね。」
と言って狼の方に【回復】を使った。
固くなり始めていたお肉や皮が、柔らかくなる。
湯を沸かそうと鍋を火にかけると、鍋で火の光が遮られてしまった。
岩の隙間や薪を焚べる所からは光が漏れ出ているので、暗闇というわけではない。
仄暗くなった方から更科さんが、
「ちょっと暗くて怖いね。」
と言って私の方に近づいてきた。私は、
「ちゃんと周りの気配を感じてますから、安心してください。」
と言ったのだが、狼を威嚇した時の影響だろうか。この辺りからは、動物の気配は全く感じない。もっとも、ムーちゃんの例もあるので、息を潜めているだけかもしれないが。
更科さんは普通の声で、
「うん。」
と嬉しそうに言って、慌てて口元を押さえた。
まずは、丁寧に皮を剥ぎ取る。
次に肉を切り出すのだが、明日も移動なので、沢山肉にしても余計な荷物になるだけだ。
念の為、村に着けず、もう一泊する事になった場合を考えて、少し多めに肉を切り出す。
今回、獲物を倒す時に向こうのひょろ長い人も一緒にいた。隣の天幕の人達にもお裾分けする分も切り出す必要があるだろう。
そう言えば、あの天幕の人たちは、何という名前なのだろうか。今日別れれば二度と合わないかも知れないが、袖擦れ合うもなにかの縁と言うし、名前くらいは聞いたほうが良いのだろうかと思った。
念のため、表面を深めに削ぎ落として肉の塊にする。
元の狼が大きかったので、深めに削ぎ落としても、結構な大きさがある。
肉の塊を鍋に入れ、煮始める。
野生動物には虫がいるかも知れないので、その対策でもある。
後は、残った部位を全部穴に埋めるだけだったのだが、思ったよりも狼が大きい。
穴からはみ出し、山になってしまった。
後で動物に掘り起こされて食べられるかも知れないので、重さ魔法をかけてみる。
更科さんが小さく、
「これじゃ駄目ね。」
と言った。多少、平にはなったのだが、やはり山のようにこんもりしている。
仕方がないので私は、
「そうですね。
もう一つ、掘りますか。」
と言って、別に穴を掘って山になっていた臓物を分けて埋めた。
今度は、ちゃんと平らに埋めることが出来た。
更科さんが、
「ごめんね。
あんまり掘れて無くて。」
と謝ってきたので、私は、
「大丈夫ですよ。
それよりも、遅くなりましたから早く戻りましょう。」
と言った。
更科さんの【水球】で手を洗い、茹で上がったお肉を何個かに分けて、さっき摘んだ大笹に包む。
予定外の穴掘りでお肉を煮過ぎてしまったが、更科さんに言うと怒られそうだから、黙っておくことにした。
火の始末をしてから川まで移動する。
私は鍋や、解体に使った刃物等を川で洗いながら小声で、
「意外と早く終わりましたね。」
と声を掛けると、更科さんも、穴を掘って汚れた手と鍬を洗いながら、
「そうね。」
と返事をした後、
「あっという間に血抜きが終わったけど、やっぱり重さ魔法?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
前に佳央様に教わったのですが、便利ですよね。」
と答えた。更科さんは、
「そうね。」
と相打ちをしたのだが、なんとなく抑揚が少ない。
私は何で機嫌を損ねたのだろうと不思議に思いながら、機嫌を戻してもらおうと、
「これで、明日はお肉も出せますよ。」
と話題を変えた。すると更科さんは、
「そうね。
この量なら、ちゃんとお裾分けも出来そうだしね。」
と満足そうだ。私はホッとしながら、
「はい。」
と答えた。
剥いだ皮や道具を洗い、重さ魔法で水滴を落とした後は、二人で広場の方に戻った。
時短したとは言え、皮を剥ぎ、お肉を食べられるようにしたのだからそれなりに時間がかかる。
星の具合から、半刻ちょっとかかったようだった。
私はひょろ長い男に、
「すみません。
あまり時間がなかったので、十分血抜きできているともいい難いのですが、もし気が向いたら召し上がって下さい。」
と言って、大笹で包んだお肉を一つ渡した。
ひょろ長い男が、
「まぁ、夜だしな。
森の中に長くいるのも良くない。
このくらいじゃ、ほとんど血も抜けてないだろうが仕方がないだろう。」
と言った後、包に鼻を近づけて軽く嗅いで
「・・・ん?
まぁ、何にせよ、俺は獣臭あふれる肉も嫌いじゃないからな。
ありがたく頂いておくぞ。」
と私を気遣ってくれたようだ。やはり、このひょろ長い男はいい人みたいだ。
私は、
「そう言えば、名前を聞いていませんでしたが、お兄さんの事は何と呼べばいいですか?」
と聞いてみた。するとひょろ長い男は、
「俺か?」
と聞き返してキョロキョロしたので、他に誰もいないだろうと思いつつも、
「はい。」
と返事をした。するとひょろ長い男は少し戸惑ったようだが、
「俺は三郎だ。
今日は彦に誘われて来てな。」
と言った。更科さんが、
「彦というのは、あのガッチリしたお兄さんのことですか?」
と聞くと、ひょろ長い男は、
「あぁ。
同郷で昔から、仲がよくてな。」
と少し笑って、
「まぁ、おしゃべりはここまでだ。
ほら、お前らもとっとと寝ろ。」
と言って天幕の方に返されてしまった。
天幕に戻ると、佳央様から、
「結構早かったのね。
そう言うこと?」
と聞いてきた。私は何のことかは分からなかったが、更科さんが、
「何を思って聞いてきたか知らないけど、血抜きして、皮を剥いでお肉にしてきただけよ。」
と返した。回答に違和感がある。佳央様も、
「・・・まぁ、そう言うことにしといてあげるわ。」
と妙な間を開けて返事をした。私が、
「佳央様のおかげですかね。」
と言うと、佳央様は微妙な表情をしながら何か考えてから、
「・・・あぁ、血抜きのことね。」
と返してきた。
何となく、佳央様と更科さんの眼差しが優しい。
私は、佳央様が『早かったのね』と言ったのは、血抜きのことだと思っていた。が、この目だ。どうも、血抜きとは別のことを言っている様子だ。
私は二人に、何が『早い』と話していたのか質問したのだが、笑って誤魔化された。
おかげで私は、なかなか寝付けなかったのだった。
ここのお話で狼肉を捌いていますが、鹿や猪などの他の動物のジビエの話を参考に書いているので、狼ではそぐわない所があるかも知れません。
この話の中ではそう言うもの、という事でひとつお願いします。(^^;)
今回、江戸時代ネタらしい物もないので、お肉の関連でひとつだけ。
江戸時代、5代将軍の徳川綱吉が生類憐みの令を出して犬公方と呼ばれたのは有名ですが、最後の将軍の徳川慶喜は薩摩藩の豚肉が好物だったそうで、(蔑称だったようですが)豚一様と呼ばれていたそうです。
・ジビエ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B8%E3%83%93%E3%82%A8&oldid=77598212
・鹿肉
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%B9%BF%E8%82%89&oldid=78300757
・猪肉
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%8C%AA%E8%82%89&oldid=79754028
・徳川慶喜
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E6%85%B6%E5%96%9C&oldid=80722073




