寝付けなくて
皆で焚火を囲んでの食事が終わった後、私は片付けをして早々に天幕に入って寝ることにした。
天幕に入ると、既に更科さんは寝ており、佳央様も竜化して寝ていた。
私もその横で足袋と足に巻いていた布だけ外し、寝袋に入って寝たのだが、すぐには眠ることが出来なかった。
今日は、峡谷でずっと重さ魔法を使ったり、ムーちゃんが足元でチョロチョロしているのを踏まないように気を付けたりと、継続して神経を使っていた。そのせいでとても疲れていたので、目を瞑るとグルグルと回る感覚と共に、深い眠りを予感した。
・・・が、つい余計なことを考えてしまい、強烈な眠気があるにも関わらず寝付けないでいた。
同じ広場で天幕を張っている男達は、何者なのだろうか。
悪い方に、悪い方にと思考が流れていく。
恐らく、大月様が見張りをしている間は動かないだろう。だが、大月様が寝てしまえばどうだろうか。
もし仮に、彼らが盗賊だった場合、みんなぐっすり寝っていれば襲われるかも知れない。
盗賊でなかったとしても、更科さんは勿論、佳央様もそこらにいる女の子と比べてずっと魅力的だ。夜這いに来る可能性は十分考えられる。
そう考えて、大月様には向こうの男と見張りを交代する時、ついでに私も起こすようにお願いしたのだが、やはり心配だ。
暫くして、さっきまで寝ていた筈の更科さんが小さな声で、
「和人、眠れないの?」
と聞いてきた。ひょっとすると、無意識のうちに寝返りを沢山打っていたのかも知れない。
私も小さな声で、
「起こしてしまいましたか。
済みません。」
と謝った。すると更科さんは、
「心配事?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
隣の男たちが何かしてこないかと、思いまして。」
と素直に答えた。すると更科さんは、
「そうかなぁ。
・・・でも、確かに二人の体格差だと、同じ仕事をしているようにも見えなかったわね。」
と、私とは全く違う角度から、理由を説明した。私は、
「そこは気が付きませんでした。
でも、そうでなくても、あんな道を行こうと言うんですよ?
すれ違った、くろ、くろ、くろ、くろ・・・。
まぁ、くろ某さんではありませんが、病人の薬とか余程のことがないと通りませんから。」
と、私が怪しいと思った理由を言った。
更科さんは、
「・・・そうね。
でも、この辺りで狩りをしているだけかも知れないわよ?
それに大月様もいるし、何も出来ないと思わない?」
と言った。私も、
「そうかも知れませんが、狩りをやっている風でもありませんでしたよ?」
と返すと、更科さんは、
「まぁ、狩りをしていたらな、獲ってきた獲物とかが天幕の近くにあるか。
でも、他にも森で仕事はあるでしょ?」
と言ってきた。普通、木を切るにしてももっと村から近い里山で作業をする筈だし、こんな所まで来ないといけない理由がある職業が思いつかない。
私は、
「冒険者風でもありませんし、何かありましたっけ?」
と聞き返すと、更科さんは、
「木こりとか?
狙いの木とかがあるかも知れないし。」
と答えた。確かに、何らかの理由で木材にする木の種類が決まっているのであれば、山奥まで入ってくることも頷けなくもない。
私は、
「それはありそうですね。」
と職業については納得したが、襲ってくるかどうかは別の話なので、
「でも、一度山に入って数日経つと、やたら女が欲しくなるという話を聞いたことがあります。
大月様が寝入ったと思えば、何をするか分らないと思いませんか?」
と聞いた。すると更科さんは、
「あぁ、それでさっき、大月様が見張りを交代する時、ついでに和人にも声をかけて欲しいってお願いしてたのね。」
と言った。私は、
「はい。
それにほら。
何もなくても、朝餉の支度とか、いろいろと理由も付けられますし。」
と返すと、更科さんは、
「具はどうするの?」
と聞いてきた。私は、
「ごめんなさい。
夜と一緒です。」
と謝った。更科さんが嫌そうな顔をしたが、こればかりはどうしようもない。
私は恥ずかしいのを我慢して、
「代わりに、愛情を一杯いれておきますから。」
と誤魔化しにかかったのだが、見透かされたようで、
「それが許されるのは、料理下手の新婚さんの、・・・奥さんの方だけよ。
愛情じゃ、お腹は膨れないからね?」
と返されてしまった。
確かにごもっともなのだが、何となく、恥ずかしさを我慢した文のお返しの言葉は欲しいものだと思ってしまった。
私がムスッと黙ると、更科さんはくすくす笑って、
「拗ねた和人も、可愛いわね。」
と楽しそうに言われてしまった。私は、
「佳織、男に可愛いはないでしょう?
第一、いつも凡庸だって言われていますし、可愛いこともないでしょうに。」
と言い返したのだが、更科さんは、
「見た目じゃなくて、中身のことよ?」
と言ってきた。私はもう少し反論したかったのだが、先に佳央様に、
<<さっきから、騒ぎ過ぎよ。
眠れないでしょ?>>
と怒られてしまった。
私と更科さんは、
「「ごめんなさい。」」
と謝ると、息がぴったりだったので思わずくすくす笑ってしまい、また佳央様から、
<<もう、いいから寝なさい。>>
と言われてしまった。
それにしても、本来、むささびは夜行性なのだが、ムーちゃんは起きる気配がない。
日中、ずっと山道を歩いてきたので、ムーちゃんも疲れてしまったのかも知れない。
私は目を瞑り寝ようとしていたのだが、今度は佳央様が、
<<近づいてきてるわね。>>
と声をかけてきた。私が気配を探ると、ほとんど何も感じない。
私は、
「気のせいではありませんか?」
と返したのだが、佳央様は、
<<外に出ることになりそうだから、竜人化するわ。>>
と言って、竜人化して服を着始めた。
こんな時だが、布のこすれる音が想像を膨らませる。
私は、
「本当に近づいてきているのですか?」
と聞くと、佳央様は、
「恐らく、狼ね。」
と言った。小さくだが、急にムーちゃんが、
「キュイ?
キッキッ、キッキッ。」
と鳴いて警戒し始めた。佳央様とムーちゃんの両方が反応したということは、そう言うことなのだろう。
私は、
「気配はしませんが、間違いなさそうですね。」
と言うと、佳央様から、
「ムーちゃんの方が信頼できるんだ。」
と言われてしまった。私は、
「いえ、そう言うわけではありませんよ。」
と言ったのだが、更科さんから、
「外に出て、教えたほうがいいんじゃないの?
それとも、ここで息を殺してた方がいい?」
と聞いてきた。佳央様が、
「そうね。
狼は狡猾だから、どこにいても襲われる時は襲われるわ。
天幕の中じゃ身動きも取り辛いし、一旦外に出ましょうか。」
と言う事で、外に出る事になった。
寝袋から出て、足に布を巻き、足袋を履いて武器を箱から取り出す。
佳央様には短剣を、更科さんには杖を渡し、私は鉈を腰に提げる。
そして、一通り身支度が出来た所でムーちゃん以外の全員で外に出て、焚火の番をしているひょろ長い男の所に行った。
私は、
「囲まれているかも知れません。
気を付けてください。」
と言うと、ひょろ長い男は、
「気のせいじゃないか?
森も静かなもんだ。」
と言った。
が、さっきよりも向こうが近づいてきたおかげで、私でも気配を微かに感じる。
以前の私なら見落とすような気配だが、少しは成長出来ているようだ。
私は佳央様に、
「大月様も起こしたほうが良いでしょうか。」
と聞くと、佳央様は、
「今、出てきていないということは、私達でどうにかしろってことじゃない?
和人がどのくらい出来るか見てみたいというのもあるかも知れないわね。
佳織ちゃんは私が見ておくから、和人は存分にやったらいいわ。」
と言った。ひょろ長い男の方は、何のことかわからないようだった。
私が気配を感じるのは、風下に少なくとも6匹。
これから、厄介な戦いになるかも知れないなと思ったのだった。
途中、山上くんは「普通、木を切るにしてももっと村から近い里山で作業をする筈」と考えています。
この里山、実は江戸時代以前は特に規制する法律もなかったので、森林伐採も激しかったそうで、里山の自然回復能力を上回る伐採のため、禿山が沢山出来たそうです。これを憂慮した江戸幕府は、木材の流通を規制するなどして森林保護をしたおかげで、里山が復活し継続利用も可能になったのだとか。
──継続利用には規制が必要
今の社会においても、参考になる所がありそうです。(^^;)
・里山
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