その茸は食べられません
もうすぐ夕方になろうという頃、二張りの天幕を組み立てた後、私は石で炉を作って料理をしていた。
今は、飯盒を使ってご飯を炊きながら、味噌汁を作っている。
鍋の中の具は、今の所、近くに自生していた牛蒡だけだ。
だが、大月様が近くの森で茸を採取しているので、戻ってきたらそれらも入れて、きのこ汁になる予定だ。
もう一品、大根葉の漬物を持ってきたのだが、そのままだと塩辛くて食べられないので、薄い塩水に漬けて塩抜きをする。
更科さんはかなり疲れていたようで、さっき設営したばかりの天幕の中で、また佳央様に按摩をしてもらっている。明朝も足が張るようであれば、明日中に菅野村までたどり着けないかも知れない。
ムーちゃんも更科さんが心配なのか、みんなと一緒に天幕の中にいる。
私が鍋の番をしていると、後ろからひょろ長い男が近づいてきた。
ひょろ長い男は、
「譲ちゃん達が料理をするんじゃないのか?」
と声を掛けてきた。
私は、
「はい。
二人が作ると、食べられないものが出来上がることがありますので。」
と答えると、ひょろ長い男が悪いことを聞いたと言った表情で、
「・・・そうか。
で、さっきの大人はどこに行った?」
と聞いてきた。私は、暫く戻らないと言えば何をするかわからないと思っていたので、
「さっき、『ちょっと』と言って出ていったのですが、大きい方ですかね。
もうすぐ、戻ってくると思います。」
と嘘を返した。ひょろ長いのが、
「そうか。」
と行って、自分たちの天幕の方に戻っていった。
暫くすると、大月様が戻って来てた。
大月様は、
「色々と採ってきた。
これで味噌汁も美味かろう。」
と満面の笑みだ。
が、大月様が差し出した袋の中を見て、私は危険を感じた。
ぱっと見ただけでも、黄占地や白鬼茸が混ざっているのだ。
黄占地には苦味があるし、白鬼茸には、確か毒もあったはずだ。
私は袋の中を吟味しがら、
「蒼竜様、生えていれば何でも採ってくれば良いという訳ではありませんよ?
これも、これも食べられませんし、この赤いのは紅天狗茸ではありませんか。」
と言って説教をした。すると大月様は、
「いや、いや。
この赤いのは、卵茸と申して、食べられる茸であるぞ。
紅天狗茸は傘に白いのが出るが、これは出ておらぬであろう?
それに、似たものに卵茸もどきがあるが、あっちは傘も軸も黄色い。
これは白いゆえ、間違いあるまい。」
と返されてしまった。こうはっきり言われると、私は紅天狗茸だと思うのだが、なんだか自信がなくなって、
「そうなのですか?」
と返した。
だが、他にも明らかに毒茸のものがある。
私は、
「でも、こちらの白い茸は、突起は無くなっていますが白鬼茸ですよね?
これは間違いなく、毒茸ですよ。」
と指摘すると、大月様は、
「いや、これは毒ではあるまい。」
と言って首を傾げた。私は、
「白鬼茸が毒なのは、自信があります。
ひょっとして、竜人は食べられるけれども、人間は食べられない茸なのではないでしょうか。」
と指摘した。すると大月様は、
「・・・む。
そう言えば、昔、そのようなことを聞いた覚えがあるな。」
と言って頷くと、
「うむ。
人の食べられぬ物が混ざっておるやも知れぬな。
済まぬが、これらは小生と佳央だけで食べるとしよう。
いや、すまぬな。」
と言って、謝られてしまった。私は『混ざっているのだ』と思いながら、
「こういう所は、やはり難しいですよね。」
と眉を寄せて言うと、大月様は苦笑いしながら、
「そうであるな。」
と返した。
袋の中には、他にくるみ、栗、あけびなんかも入っていたのだが、茸とごっちゃになって入れてある。
私は、
「すみません。
人間にとって猛毒のが混ざっていると、洗っても落ちないかも知れません。
残念ですが、念の為、袋の中のは止めておこうと思います。」
と言うと、また大月様は、
「面目ない。
今度から、分けて集めることにするゆえな。」
と、また済まなさそうな顔で謝られた。私は、
「いえ。
私だって、知らなければ混ぜて持ってきますよ。
こうやって採ってきていただけるだけでも、ありがたいですし。」
と返した。
とは言え、品数が少ないと更科さんから怒られるだろう。
今日は、お肉もない。
私は、ちゃんと納得してくれるか不安になった。
暫くして日も沈み、焚き火の明かりだけが頼りとなる。
パチパチと薪が弾ける音のほかは、微かに森から木の葉の擦れる音がするばかり。
御飯が炊けるいい匂いがしてきたので、鍋に味噌を溶き入れて味噌汁を完成させる。
塩抜きした大根葉の漬物を、お皿に切って並べる。
匂いにつられてか、天幕から佳央様や更科さん、ムーちゃんが出てきて、焚き火の周りに座った。
私は炊きたてのご飯とおみそ汁等を配っていくと、更科さんから、
「なんで、大月様と佳央様は茸の串焼きやあけびがあるのに、こっちは無しなの?」
と早速苦情だ。私はやはり文句を言ってきたかと思い、
「実は、大月様が竜人しか食べられない茸を採ってきてしまいまして。
それが一つの袋に混ぜて入れてあったので、念の為、食べない事にしたのですよ。
ほら、茸の中には、欠片だけでも死んでしまう物もありますから。」
と説明した。更科さんは、
「・・・なるほど、そう言うことね。
なら、仕方ないか。」
と不満そうだが、納得はしたようだった。
が、やはり、目がそっちに行くようだ。そのせいで、大月様や佳央様は居心地が悪そうだ。
こっちは、ご飯と牛蒡しか入っていない味噌汁、後は大根葉のお漬物しかない。
私は、
「明日、村に着けばもう少しマシなものも食べられると思います。
今日だけは、我慢してください。」
と言って宥めた。
そこに、隣の天幕の二人が来て、ひょろ長い男が、
「なぁ、お前ら。
今夜の見張りについてなんだがな?
こっちと分担しないか。
そっちも、女子供の見張りじゃ、心許ないだろ?」
と言ってきた。
向こうは二人だから、夜の番をするのは大変だ。
しかし、大月様が増えれば三人になって、随分楽になる。
どのみち、どちらも夜、獣に襲われないために番をしなければいけないのなら、合同でやったほうが効率がいいだろうという話だ。
そこで、ひょろ長いのが最初の1刻半を、次に大月様が見張りをして、最後の1刻半の見張りを筋肉質の男がするというのだ。
私は、
「それでは、こちらの見張りの時間が少なくありませんか?」
と聞くと、ひょろ長い男が、
「なに。
元々、二人で交代をするつもりだったんだ。
それが短くなるだけでも、こちらとしてもありがたい。
それに、女子供に見張りをされても、何か異変があった時に対応できまい。
こっちも、安心して眠れないからな。」
と返されてしまった。私は、
「これでも、一応、私は中級冒険者です。
そこは安心しても大丈夫ですよ。」
と言ったのだが、鼻で笑って、
「そんな、冒険者に成り立てのような中級冒険者がいてたまるか!
馬鹿にするのも、いい加減にしろよ?」
と怒られてしまった。
私は、もう少し反論しようと思ったのだが、先に大月様が、
「ふむ。
まぁ、こちらとしても、ゆっくり寝られるのならそれに越したことはない。
おまかせしてもよいか?」
と同意した。ひょろ長い男も、
「あぁ。
問題ない。」
と言って、私抜きの案でとっとと決めてしまった。
筋肉質の男から、
「そう言うことだ。
坊主は引っ込んでな。」
と言われてしまった。私は一言言い返したかったが、更科さんは私に、
「言っても無駄よ。
いくら和人が今まで何匹も狂熊を狩ってきたと言っても、見てないものは信じられないもの。」
と言って止めた。筋肉質の男が、
「こんな坊主がか?
そんなの、餓鬼の戯言、格好つけの嘘に決まっているだろ。」
と、また鼻で笑らい、
「まぁ、それも譲ちゃんの歳じゃ、分らないって事か。
こういう男は、大体、碌な者じゃない。
気ぃ付けろな。」
と苦笑いをしながら言い残して、自分たちの天幕に引き上げていった。
私は、釈然としなかったのだが、もし、田中先輩と黒竜に遭遇することがなければ今のような力は無かった筈なのだから、信じてもらえなくても仕方がないかと思い直した。
それにしても、朝方の番が向こうというのは少し気になる。
私は大月様に、筋肉質の男に声をかけた後、私も天幕の中から見張りをしたいので起こして欲しいとお願いしたのだった。
山上くんが大根葉の塩抜きをする時、薄い塩水を使っていますが、これは「呼び塩」と呼ばれる方法です。こうすることで、漬物から外に出ていく旨味を抑えることが出来るそうです。
あと、今回、たくさん茸の名前が出てきました。
どういった茸かはwikiに任せるとして、茸は農家出身の設定の山上くんでも間違えるくらい、見分けが付きません。
大月様は軸が白いから卵茸だと言っていますが、卵茸の軸は黄色く、紅天狗茸のは白いそうです。それに、紅天狗茸の傘に白い突起があると言っていますが、この突起は雨なんかで簡単にとれてしまうとのこと。つまり、実は山上くんが言う通り、紅天狗茸でした。
竜の胃袋は強いので食べても平気という設定ですが、人間である山上くんや更科さんが食べたら、勿論、大変なことになります。
茸を採る場合は、ちゃんと知識のある人と一緒に採るようにして、少しでも危ないと感じたら食べないようにしましょう。(~~;)
・塩漬け
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A1%A9%E6%BC%AC%E3%81%91&oldid=78871134
・白鬼茸
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・キシメジ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%A1%E3%82%B8&oldid=46665100
・ベニテングタケ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%99%E3%83%8B%E3%83%86%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%BF%E3%82%B1&oldid=79184282
・タマゴタケ
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・タマゴタケモドキ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%BF%E3%83%9E%E3%82%B4%E3%82%BF%E3%82%B1%E3%83%A2%E3%83%89%E3%82%AD&oldid=77137168