突き出た岩
私達は、また崖の道を横ばいに進んでいる。
さっきのほぼ垂直の壁のような崖にも差し掛かったが、1回通ってコツが分かっているので、さっきと比べれば手こずる様な事もない。
私は、これならば最後まで行けるのではないかと思ったのだが、大月様が、
「これはいよいよ、山上には厳しかろう。」
と言ってきた。
私は、もうそんな事もないだろうと思って軽く見ていたのだが、考えが甘かった。
今までは岩や足元しか見ていなかったのだが、大月様の方を見ると、大きない岩が道のちょうど上まで大きく突き出しているのが見えたのだ。
そこは以前、崖崩れがあったのだろう。ここだけは山から峡谷に向けて、他よりもなだらかにはなっているのだが、そこにゴロゴロと人の頭ほどの岩が積み重なるようになっていて、その上から熊のような大岩が突き出した形になっているのだ。大岩の両脇は急な斜面で、去年の枯れ葉が半ばくちた状態で積もっている。
道は、岩をつたいながら一旦下がった後に、大岩の下を潜るようになっていて、そこからまた、元の高さまで岩を登るように道が作られている。降りる岩も足場としては十分で、2尺くらいの岩が並んでいるので、前を向いて進める分、今までに比べれば随分と楽だ。
道から岩までの高さは、だいたい5尺半くらいだろうか。竜人は別として、少しくらい背の高い人でも、かがまなくても通れそうだ。
一見、問題なさそうに感じたのだが、大月様から、
「これでは、背負子の上が引っかかるであろうな。」
と言われ、ようやく事態を把握した。
私の目算でも、かがんでも荷物が岩にぶつかりそうなのだ。
岩の段に一度降りて背負子を下ろし、荷を解いて岩の下を通り、また荷を積み直す事も考えたが、荷を積み直すには、岩が小さいし、水平ではないので、荷物を谷底に落としかねない。
かと言って、岩の横を登ろうにも、普段、人が乗らない岩だ。途中で崩れて、崖底という事もありえる。
私は無理だろうと思いつつも、
「その岩を、壊せませんか?」
と聞いてみた。大月様が本気を出したら、あんな大岩も木っ端微塵ではないかと思ったからだ。
が、しかし佳央様が、
「駄目よ。
そんな事したら、岩と一緒に土砂崩れするかもしれないわ。
道が埋まったら、今より悪いわよ?」
と言ってきた。更科さんは、
「かがんで潜ったりできない?」
と聞いてきた。私は、
「かがんでも、上の方がぶつかりそうです。」
と返すと、更科さんは、
「腰をぐっと下まで落としても駄目?」
と聞いてきた。私は、
「たぶん駄目ですね。
恐らく、一番上の箱が引っかかります。」
と返した。今度は佳央様が、
「岩の上は通れない?
崖と違って、この斜面なら登れるんじゃないの?」
と聞いてきた。
確かに私も、まだそっちの方が超えられる可能性があるのではないかと考えていた。
だが、さっきも思った事だが、岩が崩れるかもしれない。
私は、
「足場が悪いので、難しいかも知れません。」
と返事をした。更科さんも、
「大岩の上に乗ったら岩が転がり出して、そのまま真っ逆さまとか嫌よ?」
と言った。私は、
「恐ろしいことを言わないでくださいよ。
そんな事を言ったら、そこの足場だって、いつ崩れるかも知れないじゃありませんか。」
と言って、身震いした。するとムーちゃんが斜面を駆け上り、大岩の上に登ってピョンピョンと跳ねた。
恐らく、心配しすぎだから来いと言っているのだろう。
確かに岩はびくともしなかったが、あれはムーちゃんだからかも知れない。
私は、
「ムーちゃん、ありがとう。
でも、人間の重さに耐えられるかは別ですよ。」
と言った。すると佳央様が、
「なら、重さ魔法で和人の体重を減らせばいいじゃない。」
と言った。確かに、それが出来るなら行けそうな気はする。
だが、ぶっつけ本番で出来るかは怪しいというものだ。
私は、
「佳央様、無茶は言わないでくださいよ。
私は荷物を軽くするのは出来ますが、自分の体重を軽くするなんて、試したこともありませんから。」
と言って返した。だが、佳央様は、
「やれば簡単よ。
第一、もう荷物も軽く出来ているなら同じよ。
自分の体に掛けるだけじゃない。」
と言ってきた。
確かに、言われてみればその通りではあるが、いきなりやれと言われて出来ることではない。
私は、
「一応試しはしますが、そんなに簡単には出来ませんよ?」
と先に言い訳をした。佳央様は、
「和人、ぐちぐち言ってないで、とっとと試す。」
と言ってきた。私は、仕方なく重さ魔法で自分の体重を軽くしてみた。
が、その拍子に背負子が急に重くなって、急に後ろに引っ張られる感じがした。
体を軽くすることにかまけて、背負子の魔法が疎かになったからだ。
私は慌てて自分に魔法を掛けるのはやめ、背負子に重さ魔法をかけて軽くし、何とか持ち直した。
私は、
「佳央様、試してみたのですが駄目です。
どうも、荷物の方まで気が回らなくなるようでして。」
と言った。すると佳央様が、
「あぁ、2つ同時に出来ないのね。
そう言えば、同級生に結構いたわ。」
と納得したようだが、この口ぶりだと、佳央様は魔法を同時にいくつも使えるらしい。
佳央様は、
「ちょっとまって。
他の方法を考えてみる。」
と言って、暫く黙って考えているようだった。
大月様が、
「さっきの所までまた戻って、荷物を減らすか?」
と聞いてきた。
確かに、その方法が一番確実な気がする。だが、荷物を置いていくのには抵抗がある。
私は、
「それでは、置いていった荷物が、次に通る人の邪魔になります。
他にも、誰かに盗まれるとか、そうでなくても谷底に落とされる可能性だってありますよ。」
と反論した。すると大月様は、
「いや、この辺りを通ろうというやつは滅多におるまい。
数日なら、問題なかろう。」
と置いていかせる気のようだ。
私は、
「そもそも、佳織のもあります。
置いていく物を分けるのにも、時間が掛かりそうですし。」
と返すと、大月様も納得したようで、
「・・・左様か。
ならば、仕方あるまいな。」
と言った。
更科さんが、
「それじゃ、私だけ時間がかかるみたいじゃない。」
とムスッとしてから、
「佳央様、少しの間だけ、収納をお願いできませんか?」
と聞いた。そう言えば、佳央様は自分の荷物を亜空間に仕舞っている。
大月様も、
「そういえば、そうであったな。
和人、そうさせてもらえ。」
と言った。私もこの話しに乗っかるつもりで口を開こうとしたのだが、先に佳央様が、
「それは駄目よ。
私は良くてもね。」
と言い出した。
この言い回しだと、佳央様はいいけど、私が駄目だと言う事だろうか。
私は、佳央様にどういうことかと聞こうと思ったのだが、先に更科さんが、
「なんで?」
と聞いた。すると佳央様は、
「和人は本職よ?
そういうのは、あまり嬉しくないと思うの。」
と言った。どうも、私の歩荷としての誇りが傷付かないように配慮したようだ。
私には、そう言った拘りもなかったので、問題ないと伝えようとしたのだが、また更科さんが先に、
「なるほど、そう言うことね。
それは、和人も断るわね。」
と言ってしまった。
これでは、私もお願いし辛い。
私も、つい流れで、
「当然です。」
と返した。
だが、岩をくぐれば背負子が支え、上に登れば、崩れて谷底かも知れない。
少し間が空いたが、私は、
「ただ、私もどうやったらこの岩の先に行けるか想像が出来ません。
どうしても思いつかない時は、恥を忍んでお願いしようと思います。」
と付け加えた。
佳央様が、
「もう、いっそのこと、空、飛べばいいんじゃないの?
和人のレベルなら、出来るはずよ。」
といい出した。私は、
「それこそ、無茶ですよ。
第一、練習もせずに出来るわけがありません。」
と返した。佳央様は、
「火事場のクソ力とも言うし、何とかなるかもよ?」
と言ってきた。声色から、無責任に言っているのではなく、本当に私が飛べると思っているようだ。
私は、
「そういうものではありませんよ。」
と困惑気味に伝えたのだが、横から更科さんが、
「なら、いっそのこと、荷物を体が浮くくらいまで軽くしてみたらどう?」
と提案してきた。私は何を言っているのか分からなかったのだが、先に佳央様が分ったようで、
「・・・なるほど、そういうこと。
自分の体重を軽くしなくても、荷物に吊られればいいのね。」
と言った。更科さんが、
「そうよ。
そしたら、複数同時にならないでしょ?」
と言った。佳央様は、
「そうね。
これなら行けそうね。」
と二人で納得し合っていた。
だが、荷物に吊られるとはどういうことなのだろうか。
私は首を傾げていたのだが、大月様も、
「答えは出たようであるな。」
と、納得したようだった。私はこの雰囲気の中で聞きづらかったのだが、
「どういう事ですか?」
と確認した。
すると更科さんが、
「背中の荷物をうんと軽くするの。
そうしたら、荷物が浮き上がるでしょ?
和人は背負子を背負っているから、一緒に持ち上がるの。」
と説明してくれた。私は、
「そもそも、私は、物を軽くする魔法は使えますが、物を浮かせる魔法は使えません。
それに、これから浮かせる練習をするのも時間的に難しくありませんか?」
と聞いた。しかし、またしても佳央様から、
「和人、ぐちぐち言ってないで、とっとと試す。」
と言われてしまった。私は仕方なく、
「分かりましたが、何か、こうやったら出来ると言った骨はありませんか?」
と取っ掛かりを求めて質問した。
すると佳央様は、
「そうね・・・。
荷物が全部、上に引き上げられるような感じ、分かる?」
と言ってきた。すると更科さんが、
「小さい頃、お父様かお兄様に帯を掴んで持ち上げられた経験はない?」
と聞いてきた。私は次兄にそんな事をされたなと思い出し、
「懐かしいですね。
ありますよ。
次兄に帯を掴まれて、ぐるぐる回されました。」
と苦笑いした。すると佳央様が、
「ぐるぐるは余計だけど、持ち上げられた感じは分かる?
そう言う感じで、重さ魔法を使うの。」
と言った。ここで大月様が、
「風魔法でもよかろうがな。」
と言ってきたが、私は余計なことは考えまいと思い、
「すみません。
今回は、重さ魔法で試してみようと思います。」
と断ってから、背負子の荷物を縄か何かで吊り上げる感覚で重さ魔法を使った。
すると、背負子に体が引っ張られる感じがしたのだが、更科さんから、
「あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!
和人!
ちょっと中止!」
と言ってきた。私はもう少しでできそうに思ったので、
「もうちょっとで行けそうなので。」
と言って続けようとしたのだが、更科さんから、
「紐が緩くなってる!」
と言われ、私は慌てて、重さ魔法を使うのを止めた。
佳央様が、
「そっか。
背負子に載せる前提で紐を結んでいるから、荷物ごと引っ張り上げたら駄目なのね。」
と分析した。私は、
「そう言うことですか。
なら、背負子だけ吊るせばいいのですね。」
と言って、集中して背負子だけに重さ魔法を使った。
怖いので足は着いているのだが、ほとんどぶら下がっている状態だ。
私は、
「今度はどうですか?」
と確認すると、更科さんから、
「今度は大丈夫みたい。」
と返ってきた。私はこれなら行けると思い、
「それでは、登ってきますね。」
と言って、枯れ葉のところを登り始めた。
そして、何とか岩の上を通り、これから下の道に降りようとした時だ。
ほとんど浮いていたはずなのに、足元がズルッと滑ってしまったのだ。
私は慌てて山の斜面にしがみついた。しがみついたはいいものの、尚、ズルズルと下に滑っていく。何でもいいから、上にあるものを掴み取ろうとあがくも、掴めるのは枯れ葉ばかり。
草鞋で踏ん張ろうとするも、どうにも勢いが着いてしまったようで、一向に止まる気配がない。
これでは、谷底まで滑り落ちてしまう!
草が目についたので、これならと思い掴んだものの、あっさりと抜けてしまった。
これはもう終わると思ったのだが、大月様が大きな声、
「地面を蹴ってみよ!」
と言ってきた。私は踏ん張るのではなく、山の斜面を蹴った。
が、表面だけは土だが、その下はすぐに岩だったようで、足先に激痛が走った。
私は思わず、
「いでっ!」
と叫ぶと、更科さんが、
「和人!」
と叫び返してくれた。
私はもう駄目だと思ったが、足元に岩の感触が!
運良く、足が岩についたようだ。
私は思わず、
「しめた!」
と叫び、視界に入った大きめの岩を今度は掴む事が出来た。
が、まだ背中の荷物がずっしりとのしかかってきていて、気を抜けば下にずれ落ちる感覚があった。
佳央様から、
「重さ魔法!」
と言われ、途中から重さ魔法を使っていなかったことに気がついた。
私は重さ魔法で荷物を軽くした後、足元を見て、そこまで心配する必要がなかった事実に気がついた。
更科さんから、
「足場が2尺もあるんだから、大丈夫に決まってるでしょ?」
と言われて、私は、
「そうでした。」
と返した。
どうやら、私は滑ったことで混乱していたようだ。
大月様から、
「少し休むか?」
と聞かれたのだが、他の皆は既に崖の道で張り付いていたので、
「すみません。
呼吸を整える時間だけで十分です。」
と返した。
私は、慌てたらろくなことがないなと思ったのだった。
作中で、5尺半の岩の下を、『竜人は別として、少しくらい背の高い人でも、かがまなくても通れそうだ』と言っています。これは、江戸時代の平均身長が、157cmくらいだったという話に基づいています。
杉並社長の設定は『当時としては大柄で6尺《180cm》』としてありますが、こんなに大きい人は滅多にいなかったという事になります。
とはいえ、西郷隆盛とか坂本龍馬は約6尺だったという話なので、それなりにいたようではありますが。。。
・身長
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・西郷隆盛
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・坂本龍馬
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