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菅野村の解決案

 私は、今朝方、蒼竜様から出された難題で頭がいっぱいで、昼休憩どころではなかった。

 が、ふと佳央様を見ると、全く関係のない本を読んでいるようだった。

 恐らく佳央様は、既に何か思いついていたのだろう。


 私は気を取り直して、もう一度、この問題を整理することにした。

 まず本件は、赤竜と菅野村の漁師の間の問題で、川の横にある岩を境界に、お互いに漁をしてもいい範囲を取り決めていた。

 だが、その岩を赤竜が一方的に動かしてしまった。

 漁師は、赤竜に楯突(たてつ)いて仕返しされるのが怖かったのだろう。

 今までは泣き寝入りしていたのだが、村の人口が増えてきたので、せめて、最初の取り決めの位置まで岩を戻して欲しいと訴えてきたという事だ。

 赤竜は、どの岩かは取り決めたが、その岩がどこにあるのかまでは書いていなかったので、証文を盾に、これが証拠だと屁理屈(へりくつ)を言っているらしい。


 さて、この件。

 赤竜の言っていることを認めて、岩を元の位置まで戻してしまうというのも一つの案となる。

 だがそれだけでは、また、赤竜が岩を動かすかも知れない。


 私は、どうやったら赤竜が元の位置から動かしたくなくなるのかということを考えた。

 例えば、岩の位置をずらす事は認めるけど、同じ期間だけ逆側にずらすという事も考えられる。

 何年間かは逆側に石を移動させれば、今までの罰にもなるろう。

 だが、よくよく考えると、春に捕れる魚と夏に捕れる魚では大きさも種類も違う。

 春と夏は村側にずらして、秋になったら逆の位置にずらせば、冬は魚が少ないだろうから、赤竜が一方的に得をすることになりかねない。


 では、罰を与えるというのはどうだろうか。

 仮に、1週間くらい、(ろう)で謹慎してもらったとする。

 不定期に里の誰かが巡回すれば、ある程度は抑止にもなだろう。

 だが、よくよく考えると、巡回する度に謹慎してやり過ごすかも知れない。


 罰ではなく、場所を移動していもらうという事も考えられる。

 今よりも厳しい環境に移動させ、反省を促そうというわけだ。

 だが、よくよく考えると、(おり)があるわけでもないので、そこに留まっているとも限らない。


 他にも入れ墨を入れたり、田中先輩ではないが、尻尾をちょん切ってしまうことも考えられる。

 だが、これは一度目は罰になるが、二度目からは罰になるとは限らない。


 私は時間もないので、この中で一番無難と思われるのを選ぼうと思ったのだが、どれも悪い点が目について選ぶことが出来ずにいた。


 そうこうしているうちに、蒼竜様と大月様がやってきた。

 私は、まだ決めかねていたのでどうしたものかと思ったのだが、時間は待ってくれる筈もなく、蒼竜様が、


「ふむ。

 では、そろそろ昼休みも終わりということでよいか?」


と言ってきた。すると佳央様が、


「はい。」


と返事をした。蒼竜様は、


「ふむ。

 では、菅野村の解決案を出してもらう。

 先ずは、佳央からどうだ?」


と言った。すると佳央様は、


「そうね。

 でも、先に私だと、和人が自分の意見を出し辛いかも知れないわ。

 先ずは、和人の案から聞いてみたらどうかしら。」


と、先に私の案を出すように言ってきた。蒼竜様は、


「ふむ。

 まぁ、そう言う事もあるか。

 では、和人の案を聞こう。」


と言った。私は、


「その・・・、申し訳ありません。

 いくつか案を考えてみましたが、まだ(まと)まっておりません。」


と眉を(ひそ)めて答えた。

 蒼竜様は、


「勉強である。

 どのような案か、申してみよ。」


と言った。私は緊張しながら、


「はい。

 ・・・では、私が考えた中で一番マシと思った物を言います。」


と断って、ひと呼吸した。そして、


「まず、今回の問題の争点は、赤竜にどんな罰を与えるかと、どうすれば同じ事が起きないかの二点になります。」


と話すと、蒼竜様は、


「ふむ。

 刑罰と、再発防止策であるな。」


と簡単に纏めた。私は、


「はい。

 では、先ず、赤竜に与える罰なのですが、牢屋に1週間くらい捕まえて謹慎してもらったらどうかと思います。

 再発防止策もほぼ同じですが、回数を重ねるごとに期間を延ばしていっては如何かと考えました。」


と提案した。回を重ねるごとに期間を伸ばすのは、説明している最中に(ひらめ)いたので、あまり自信はない。

 が、佳央様が、


「なるほど、無難に纏めてきたわね。」


()めてきた。蒼竜様も、


「ふむ。

 予想よりもいい案を出してきたな。

 大月に(まか)せて正解であったか。」


と笑いながら言った。大月様は、珍しく照れているようだった。

 私も、かなり(うれ)しいし、照れて頭をかいた。

 蒼竜様は、


「次は、佳央の番であるな。」


と言った。すると佳央様は、


「はい。

 では、和人もいるので前提条件から。

 まず、川の所有権は、赤竜でも菅野村でもなく赤竜帝となります。

 で、漁業権は、慣例で『その土地に住む者同士で決めよ』という事になっています。

 なので、両者が交わした証文が法的根拠となります。」


と法的な部分を説明した。私は思わず、


「そうだったのですね・・・。」


と呟いた。

 佳央様は、


「次に、争点となるのは、何を境界としたかということですが、今回は『絵に書かれた岩』がそうです。 これ以外に、場所を示すものはありません。

 なので、今回は証文の抜け道を使われたと言うことになります。

 この場合、なるべく早く訴えるのが筋なので、損した側は泣き寝入りするしかありません。」


と言った。私は、


「そんな、理不尽な。」


と言ったのだが、佳央様は、


「そうね。

 で、こういう問題が起きた場合、両者で証文を作り直すことが慣例となります。

 今回、村の側が一方的に不利となる状況を作った赤竜の行動に原因があります。

 ですので、これも慣例に従い、赤竜の側には一歩引いた形で決着してもらう事になります。

 以上ですが、如何でしょうか?」


と説明した。

 言っていることは正しそうなのだが、結局、どう証文を作り直すか具体的な話がない。

 私は、


「佳央様、それで結局、具体的にはどう修正するのでしょうか?」


と聞いた。すると佳央様は、


「だから、両者で証文を作り直すの。」


と返事をした。私が首を傾げると佳央様は、


「えっと、私達で具体的に決めちゃったら、後から文句が出ちゃうでしょ?

 だから、この話し合いは両者で行ってもらうしかないの。」


と説明をした。私は、


「話し合いの場を設けても、結局、力の強い赤竜が(にら)みを()かせるだけで、村の人達は縮こまるんじゃないでしょうか。」


と反論したのだが、佳央様は、


「そのために、私達が現地に行って調停をするのよ。」


反駁(はんばく)した。私は、


「それで、村の人達が自由に意見を言えるとは思えませんが。」


と言うと、佳央様は、


「そこは難しいところだけど、村民も内部で意見を纏めて元の位置と言って来ている筈だから大丈夫よ。」


と話した。私は、


「それなら、最初から元の位置に戻すようにして、中身もそう指示すればいいじゃないですか。」


と言った。しかし佳央様は、


「それだと、また穴が見つかった時、今度は私達の責任問題になるじゃないの。」


と渋い顔をして話した。

 私は文句を言おうとした所、蒼竜様が手を縦に振りながら、


「そこまで。」


と言って私達の話し合いを中断させた。そして、


「建前だの、本音だの色々あろう。

 が、今回は佳央の言う通り、当人たちで話し合いをしてもらうこととする。

 しかし、今回、流石にそれだけでは赤竜がやり得になる。

 それ故、落とし所として、2〜3町(200〜300m)ばかり奥に岩を移動させる事に決まるよう、誘導したいと考えておる。

 長い目で見れば、赤竜が損をするというわけだな。」


と話した。佳央様が、


「誘導するだけなら、責任問題は発生しないということね。」


と付け加えた。私はうっかり、


「なんだか少し、ずるいですね。」


と言ってしまい、蒼竜様や佳央様の目が泳いだ。

 私は、


「あの、すみません。」


と謝ってから、


「それと、もし、この取り決めを破って、岩を動かした場合はどの様になりますか?」


と確認した。すると蒼竜様は、


「証文に明記さえされておれば、約束を破ったということで、別の法で(さば)けるようになる。

 故に、岩の場所をもっと明確に記載することとなろうな。」


と説明してくれた。私は、


「なるほど。

 蒼竜様がそうなるように、話を持っていくわけですね。」


と言った。蒼竜様も、


「う、うむ。

 その通りである。」


とバツが悪そうに肯定した。私は、


「これで納得はしました。

 佳央様、済みませんでした。」


と謝ると、佳央様は、


「この場は議論するところよ。

 問題ないわ。

 そして、議論が終わったら、引きずらずに水に流す。

 そう言うものよ。」


と言った。私は、


「そう言うものなのですね。

 私もそうします。」


とは言ったものの、真っ向から反論されて議論が白熱した場合、私は水に流す自信がないなと思った。

 私はふと自分の意見を思い出し、さっきの糠喜(ぬかよろこ)びを返してほしいと思いながら、


「ところで、どうして蒼竜様は『予想よりもいい案を出してきたな』などと私を褒めたのですか?

 佳央様の話を聞いた後では、私の意見など箸にも棒にもかかっていないじゃありませんか。」


と文句を言った。

 すると蒼竜様は、


「ふむ。

 今回の件、証文の不備に付き、赤竜が無罪という事になるが、心情としては赤竜に罰を与えたくなるのは当然である。

 仮に本件、証文を騙して作成したとするならば、詐欺となろうか。

 しかしこの場合も、赤竜が十両分以上の魚を食べたという証拠もなければ、漁師が十両分以上の漁が出来たという証拠もない。

 ゆえに、五十か、百敲(ひゃくたたき)がせいぜいといったところであろうな。

 竜とて、竜人の姿であれば、百敲も(こた)えるゆえな。

 まぁ、(たた)きは女子供であれば過怠牢(かたいろう)と言って、敲く回数と同じ日数、入牢させて代りとするゆえ、牢屋で謹慎も的外れではなかろう。」


と説明した。

 大月様は、


「最後の説明は、無理矢理の当てはめであるな。

 流石に悪乗りが過ぎるよう。

 が、小生も一から考えねばならぬなら、なかなかの良案であったと考えておる。

 落ち込むこともあるまい。」


と言って、蒼竜様とはまた違った切り口で、褒めてくれた。

 が、佳央様が、


「そうやって、褒めてその気にさせて勉強させるのよ。」


とドヤ顔で言ってきた。

 私はそう言う事かと納得したが、蒼竜様も大月様も、苦笑いであった。


 作中、百敲(ひゃくたたき)が出てきますが、江戸時代、軽犯罪に対して執行された刑となります。

 竹で出来た箒尻というものを使ったそうなので、ミミズ腫れとかそういうレベルではなかったのが容易に想像できます。

 そういえばおっさんが子供の頃、(田舎というのもあったかも知れませんが)子供が悪い事をしたら、百敲と称しておしりを何回も()つお仕置きが行われていました。

 今だと、すぐに体罰として問題になるので、やらないと思いますが・・・。(~~;)


笞罪(ちざい)

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%AC%9E%E7%BD%AA&oldid=79875541


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