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里での農作業

 私の借りた長屋は、里の一番西の通りにある。

 本来は、竜帝城を守る兵の為の長屋なのだそうだが、赤竜帝の厚意で今回は特別にここを借りている。

 最初、月に竜銀5匁と言われたときはドキドキしたのだが、実際は竜の里で週のうち2日も働けば、比較的容易に稼げる金額だった。もっとも、食費や銭湯等、他にもいろいろとお金がかかるので、この倍は稼がないと暮らしてはいけないわけだが。

 私はそんなことを考えながら、長屋から外に出た。


 行き先は、東門の外にある田んぼだ。

 東門までは、結構距離がある。

 まずは長屋を出て右に出た後、塀に沿ってしばらく歩く。すると、左手に金色の西門が見えてくるので、角を右に曲がる。西門の正面の道をひたすらまっすぐ歩いていくと正面に緑の門があるのだが、そこが東門だ。


 夜明け前の通りは、里の中と言えど人もまばらだ。

 竜の里は山の上にあるからか、風も冷たい。

 冬には少し早いが、もうすぐ雪でも降り出すのではないかとさえ感じた。


 門に着くと私は、


「おはようございます。

 早朝から、大変ですね。」


と声を掛けた。すると門番さんも、


「踊りのか。

 確か、稲刈りの手伝いをしているんだったな。

 通っていいぞ。」


と返してくれた。私は、


「ありがとうございます。

 行ってきます。」


と言ってから『踊りの』と言われた事に気が付き、今更とは思ったが、門を(くぐ)る時、


「後、『踊りの』というのは勘弁して下さい。」


と苦笑いしておいた。


 門を出ると、少しだが田畑が広がっている。

 田んぼでは、(ほとん)ど、稲刈りが終わっていた。

 だが、稲木は少ない。


 竜の里の場合、全ての農家は魔法を使えるので、稲刈りが終わるとすぐに魔法で乾燥させて脱穀(だっこく)するのが一般的なのだそうだ。魔法を使うと、稲木を作るの手間が省けるので、この方法が普及したらしい。

 だが、実は稲木を作って天日で干した方が、若干ではあるが美味しいお米になるそうだ。

 なので、一部のこだわりのある農家だけは、魔法は使わず、稲木を作って乾燥させている。

 だから、自然と稲木も少なくなる。

 これは、今回お世話になる農家の風見(かざみ)さんから聞いた話だ。


 日の出と共に待ち合わせの田んぼに着くと、筋肉質でがっしりとした竜人が、千歯扱(せんばこ)きで脱穀をする準備を始めていた。

 千歯扱の下には、茣蓙(ござ)()いてある。

 この、がっしりした竜人が風見さんだ。

 隣には、稲のかかった稲木が3()と、何もかかっていないのが1架(いっか)ある。

 彼もまた、こだわりを持って田んぼを作っている竜人の一人だ。


 私は、


「風見さん、おはようございます。

 遅くなってすみません。」


と声を掛けた。すると風見さんは、


「来たか。

 いや、早朝から悪いね。

 昨日と同じ要領だ。

 そっちの田んぼを頼む。

 (かま)はそこにあるからな。」


と簡単に今日の作業を説明した。私は、


「そこの稲木にかければいいですか?」


と聞くと、風見さんは、


「ああ。

 それでいい。

 後、儂は隣の田んぼで、先々週()した稲を脱穀してる。

 何かあったら、声をかけてくれ。」


と答えてくれた。


 私は、鎌を借りると、指示された田んぼに移動して、端から順に稲を刈っていった。

 刈り取った稲は、(わら)(しば)り、稲木に干していく。


 本当は風魔法が使える人を雇って、かまいたちで根本を一気に刈ってしまえば早い。

 だが、穂が地面に着いたら土が着いて縁起が悪いから、そうはしないそうだ。

 実は、風見さん、相撲の力士でもあるらしい。


 時折腰を伸ばすべく頭を上げると、沢山の赤蜻蛉(とんぼ)が飛んでいた。


 稲を稲木に干していると、風見さんから、


「そろそろ、休むかね。」


と言ってきた。

 見ると、既に風見さんは、広めの(あぜ)茣蓙(ござ)()いてお茶の準備を終えていた。

 お茶請けに、沢山の白いお餅のようなものが積まれている。

 いつのまにか、巳の刻(10時)になっていたのだろう。

 私は、


「はい。

 そろそろ、お茶をいただきたかったところです。」


と答えた。

 切りがいいので、そのまま休憩に入る。

 両手を腰に当ててぐっと伸ばすと、気持ちいい。

 ついでに腰をとんとんと叩いてから、片腕ずつぐるぐると回して風見さんの所に移動した。


 風見さんの所まで着くと、風見さんは早速、


「ほら、こいつを飲め。」


と言って、私にお茶の入った湯呑(ゆのみ)を差し出した。

 私は、


「ありがとうございます。」


と言って湯呑を受け取ると、風見さんは、


「大福だ。

 こいつも()え。」


と言って、沢山積まれた山から一つ、白い大福を取って渡してくれた。

 竜人用の大きさなのか、普通の大福よりも大きくて私の(こぶし)くらいの大きさがある。

 しかし風見さんは、大福を一つ手に取ると大きく口を開けて一口で食べてしまった。

 私はぎょっとしつつも、


「ありがとうございます。

 こういう、お茶請けがあると、ほっとしますね。」


と言ってお礼を言ってから、一口だけ、大福を(かじ)った。

 すると風見さんは、口の中の大福を飲み込んでから、


「そうだろう。

 いっぱいあるからな。

 遠慮せずに、どんどん食えよ。」


と笑顔で勧めてくれた。

 私は、


「では、遠慮なくもう一ついただきます。」


と言って、手に持っている残りの大福を口に入れて次を取ろうとしたのだが、なにせ竜人向けの大きさだ。少し、手に残ってしまった。

 急いで口をもぐもぐして、残りを食べようとした所、風見さんは笑いながら、


「ははは。

 大福は逃げやしないからな。

 そんなに急がなくても大丈夫だ。

 まだ、こんなにあるしな。」


と言って、また一つ、口の中にまるごと大福を放り込んだ。

 私が同じことをやったら、間違いなく喉につまらせてお陀仏(だぶつ)だ。

 私は何とか口の中の大福を飲み込んでから、


「お気遣いありがとうございます。」


と苦笑いをして、お茶を飲み、手に残っていた大福を口に入れた。

 今度は、ゆっくり咀嚼(そしゃく)する。 

 風見さんが、


「それにしても、ここの作業は面倒だろ。」 


と聞いてきた。私は、


「いえ、私の村の多くは魔法で稲刈りをしていません。

 ですので、私は例年と同じ稲刈りをしているだけですよ。」


と答えた。すると、風見さんは、


「そうなのか?

 どこの村だ。」


と聞いてきた。私が、


「平村です。」


と答えると、風見さんは、


「あぁ、あの盆地の村か。

 儂もあそこの工芸品は使っているぞ。

 あの(ざる)もそうだ。」


と言って、茣蓙(ござ)の上に置いてある(ざる)を指差した。

 私はちょっと感動して、


「そうでしたか。

 しかし、このような所で使われているとは驚きです。

 村で作られたものを竜人の皆さんが使っていると聞いたら、飛び上がって喜ぶかも知れませんね。

 なにせ、名誉(めいよ)なことですから。」


と返事をした。しかし風見さんから、


「いやいや、儂等が使ったからってだけで、名誉ということもあるまいよ。

 第一、村に行くほど体制についてなんてしるまいて。」


と苦笑いされてしまった。

 そういえば、私も竜人がこの国を支配していると知ったのは最近だし、他の村民も似たりよったりだと思う。なので、風見さんの言うとおりかも知れない。

 私は素直に、


「そういえば、そうかもしれません。

 最近はこちらでお世話になっているので忘れていましたが、私も村にいる頃はそうだったかも知れません。」


と言って、頭に手をやりながらお辞儀(じぎ)をして謝った。

 それから、私がもう一つ大福を手に取って少し噛じると、風見さんもまた一つ手にとって、一口で食べいた。

 和気藹々(わきあいあい)とした、お茶の時間が続く。

 私は2つ目の大福も食べ終わり、お茶も飲み終えたので、


「では、そろそろ作業に戻りますね。」


と言って、作業に戻った。

 こうして、この日も夕方まで無事に仕事をお終えた。

 風見さんは、


「今日もご苦労だったね。」


と言って、竜銀1匁を渡してくれた。

 私は、


「こちらこそ、ありがとうございました。

 また、来週もお願いします。」


と言って田んぼを後にした。



 家に帰り、更科さんの作った晩御飯を食べたあとのこと。

 更科さんが、


「今日、緑魔法(植物魔法)の件、伝えた?」


と聞いてきた。それで私は、私が緑魔法(植物魔法)を使える事を風見さんに伝え忘れていたことを思い出した。

 私は、


「すみません。

 忘れていました。」


と正直に謝ると、佳央様から、


<<冬、家賃が稼げなかったら大変よ?>>


と言って、怒られてしまった。更科さんも、


「そうよ。

 稼ぎ頭なんだから、しっかりしてよ。」


と言われてしまった。私は、


「来週こそは、ちゃんと気を付けて伝えます。」


と言って謝ったのだが、謝ってから、口入れ屋にこの事を伝えてお願いすればいいだけだということに気がついた。

 だが、更科さんに、


「絶対よ?」


と言われて、いまさら反論するのも悪いと思い、


「はい。」


と言って謝った。

 ここで謝った手前、私は口入れ屋ではなく、直接、風見さんに話しをしようと思ったのだった。


 作中、脱穀をするために千歯扱きが登場します。

 この千歯扱き、実は『後家倒し』という異名を持つそうです。

 千歯扱きが使われるようになる前は、脱穀は扱箸(こきばし)という道具で行われており、人手が必要だったので、未亡人なんかも多く雇われ、大切な収入源になっていたそうです。ところが、千歯扱きの導入されると大勢の人を雇う必要がなくなりました。未亡人も雇われなくなり、収入も減って困った事になったということで、『後家倒し』の異名が付いたのだとか。

 機械の導入によって、人員が不要となりリストラ。

 どんな時代にも、似たような話はあるものですね。(--;)


〜〜〜

 もう一つ。

 竜金貨が出てきた「入婿になったわけじゃないだろ?」の時、竜銀貨について説明していませんでしたので、改めて本作中の通貨の交換レートを紹介します。


 【交換レート】

  竜金1両=竜銀50匁=竜銀500分=竜銭5000文★New

  竜金1両= 金12両

   金1両= 銀50匁 =銀500分 =銭5000文


 銭1文が約20円の感覚なので、銀5匁ならだいたい1万円くらいになります。

 しかし、竜銀は価値が12倍になりますので、1ヶ月の家賃が12万円にもなるわけです。

 山上くんがドキドキするのも納得ですよね。


・千歯扱き

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8D%83%E6%AD%AF%E6%89%B1%E3%81%8D&oldid=78648369

・入婿になったわけじゃないだろ?

 https://ncode.syosetu.com/n1017fn/180/

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