副業で冒険者登録した件
* 2020/01/01
誤記を修正しルビを強化しました。
冒険者組合に着くと、名前は聞いていないが、以前、山瀬さんに取り次いでもらった人が受付をしていた。
田中先輩は、
「里見か。
ご苦労さん。」
と声をかけた。どうもあの受付の人は里見さんと言うらしい。里見さんは、
「おや、田中先生ではないですか。
今日はどのようなご用件ですか?」
と返事をした。私は、なぜ田中先輩が『先生』と呼ばれているのか不思議に思った。
田中先輩は、
「今日は山上の冒険者登録を行おうと思ってな。
登録用紙を出してもらっていいか?」
と言った。里見さんは、
「はい。
分りました。
山上さん、この用紙に記入をお願いします。」
と言われたが、まともに字が読めないことを伝えると、一つづつ口頭で質問してくれたので、私はそれに答えていった。
名前や住所、年齢、各種のレベル等を答えていると、偶然部屋から出てきた沼田さんが、
「おや、山上君も登録するの?
あぁ、ひょっとして一緒にいたいからとかですか?
冒険者、そんなに甘くないですよ?」
と眉間に皺を寄せながら話しかけてきた。私は突然声をかけられて驚きながら、
「えっと、沼田さんでしたでしょうか。
会社の登山研修で薬草採取をするので、冒険者登録をしているところです。」
と説明すると、田中先輩が、
「登録しておいた方が、何か狩った時にお互い楽だからな。」
と付け加えた。私は何が楽なのか分らなかったが、沼田さんが、
「そういうことですか。
買い取りとかでいちいち書類をたくさん作るのも面倒ですものね。」
と言いながら里見さんの後ろに立ち、どこまで書いたか覗き見て、
「里見君、彼は簡易鑑定を受けているから写しがあるはずよ。
後は住所とかはもう聞いたようだから、写しと一緒に便箋に入れてもらえばいいから。」
と指示した。里見さんは、
「簡易鑑定済みだったのですね。
実地試験とかはどうしますか?」
と沼田さんに聞いた。沼田さんは、
「里見君、レベル10以上の人は要らないから、パスでいいわよ。
もう3年目なんだから、そろそろそういうのも覚えなさいよ?」
と少し呆れ気味に返事をしていた。
田中先輩は、
「思ったよりも早く終わったな。
俺も、レベル10以上の場合は実地試験が要らないというのは初耳だな。
あぁ、そういえば俺の時もやっていなかったか。」
と話した。私は更科さんが来るまでまだ時間があると思い、
「先輩が冒険者登録をした時は、どういう感じだったのですか?」
と聞いた。すると田中先輩は、
「山上、前に言わなかったか?」
と言った。すると、里見さんが、
「先生の冒険者登録の話ですか!
それは是非聞いてみたいです!」
と目を輝かせて言った。田中先輩は、
「そんなおもしろい話じゃないぞ?
まず、実家が盗賊に襲われて奴隷魔法で職業をポーターに固定されてな。
それから犯罪組織に売られて荷運びをさせられる日々が続いたが、そこを何とか逃げ出したんだ。
それで金が無けりゃ死ぬと思って、冒険者登録をしに行ってな。
俺は魔法が使えたから当然魔法師だと思っていたんだが、情報端末に入力する時に拒否されてな。
それから簡易鑑定されて、職業がポーターになっていることが分かったんだ。
受付のあんちゃんは職業を変えるには金がいるので、まずはポーターで稼いだらいいと言ってな。
魔法が使えて敵を倒しても、ポーターへの分配はないから魔法は隠しておけと言ってくれたんだ。
この時は、実地試験なんて一言も出していなかったぞ。」
と話した。里見さんは、
「そうだったのですね。
しかし、奴隷魔法ですか。
禁止されていても、やはり残っている組織には残っているものなのですね。」
と神妙な顔をして言った。沼田さんは、
「魔法を隠すように指示したのは良いですね。
今でもポーターを下に見る傾向がありますが、昔は酷い搾取だったと聞いています。
ポーターが魔法を使えると知れば、魔力が底をつくまで使い放題されていた筈でしょうし。」
と話した。田中先輩は、
「あぁ。
確かに最初からバレていたら、常識のない冒険者にいいように使われていただろうな。
そういうご時世だったと言ってしまえば、それまでだろうが・・・。」
と言って、当時を思い出している様子だった。
沼田さんは、
「里見君、書類が出来たら、次はどうするの?」
と、次の作業に移るように促した。里見さんは、
「はい。
次は仮登録証を作成してお渡しします。
山上さん、少々お待ちください。」
と言って、抽出しから白木の木札と黒い紙のような転写紙、“仮登録用紙(写)”と書かれた紙、あと、黒い文鎮と思われる金属棒を取り出した。
まず、木札の上に何やら転写紙、さらにその上に仮登録の紙を置いた。
次に、その紙に今日の日付や私の名前などを、文鎮で書き込んでいった。私は、
「これは文鎮ではないのですね。」
と里見さんに話しかけたところ、里見さんは、
「作業中は字が歪むのでお静かに。」
と怒られた。代わりに、まだ里見さんの横にいた沼田さんが、
「これは特殊な棒でね、魔力を込めると紙に黒い字が書けるのよ。
インク切れが起きないから、便利ですよ。」
と教えてくれた。
しばらくすると里見さんが、
「仮登録証が出来ましたよ。
冒険者組合で必要な書類には、この番号を書いてくださいね。
あと、この木札でなりすましも出来ますので、失くさないように気をつけてください。
正式な札は1週間くらいで出来上がりますので、来週後半に取りにきてください。」
と言って、木札を渡してもらった。
こうして無事に冒険者登録をすることが出来たのだった。
ポーターの身分改善運動が始まるのは10年くらい前で、それ以前のポーターは、かなりひどい扱いを受けている設定です。
あと、里見さんに連絡漏れが・・・。