三種の種(たね)
暫く間を置いて蒼竜様が、
「山上、『体力の実』は普通に土に埋めても成長しないので有名である。
他の種は試したのか?」
と聞いてきた。私はよく分からなかったので、
「他の種と言いますと?」
と聞き返した。蒼竜様は、
「他にも、普通に土に埋めても成長しない種があるであろう?」
と言った。更科さんが、
「蒼竜様。
和人は冒険者学校を出ていませんので、そういう事を知りません。
実際に買ってきて効能を説明してから生えるかどうか試したほうが、勉強にもなって一石二鳥と思いますが、如何でしょうか。」
と間に入ってくれた。私もそれに乗っかって、
「私としても、その方が助かります。」
と言うと、蒼竜様は何やら懐を探り、印籠を取り出した。
そして蒼竜様は、その中から丸い種、小さめの細長い種、金平糖のような種を取り出し、
「ここに三粒の種がある。」
と言うと、佳央様がニコニコしながら、
<<『体力の実』、『速さの実』、『魔法の実』ね。>>
と言った。蒼竜様が、
「ふむ。
正解である。」
と佳央様を褒めた。蒼竜様は、
「『体力の実』は知っているとは思うが、基本は遅筋を強化する。
黄色い魔法の一種が詰まっておる。」
と説明した。
──ちきん?
私は『ちきん』というのが分からなかったので、
「『ちきん』とは何でしょうか?」
と質問をした。すると蒼竜様は、
「遅筋というのは、長く力を発揮できる筋肉だな。」
と言ったが、私はよく分からなかった。安塚さんが、
「えっと、長く走ったりする時に使う筋肉ね。
ちなみに早く走ったりする時は、別の速筋という筋肉を使うのよ。」
と説明してくれた。更に横山さんが、
「一般に言う筋肉は、速筋と遅筋で構成されているわ。」
と付け加えた。私は少し混乱したが、雫様から、
「深く考えんでもええ。
要は、同じ筋肉でも、早う動く代りにすぐ疲れてまうやつと、ゆっくりしか動けんけど、ずっと動けるやつとが混ざっとるっちゅうだけや。」
と言われて、なんとなく分かった気になった。私は、
「早く走る時と遅く走ると時で、実は使う筋肉が違っているということですね。
知りませんでした。」
と私の理解を述べた。蒼竜様が、
「ふむ。」
と言って頷いたので、何故か隣の更科さんが苦笑していたが合ってはいるのだろう。
蒼竜様は細長い種を手に取り、
「これが『速さの実』である。
『速さの実』は、速筋という瞬発力を出す筋肉を強化する実だ。
これにも、黄色い魔法の一種が詰まっておる。」
と言った。速筋はさっき横山さんが教えてくれたばかりだったので、今度の説明はよく分かった。
私は、
「実によって、強化する筋肉が変わるわけですね。」
と言うと、蒼竜様は、
「その通りである。」
と頷いた。蒼竜様は三個目の種を手に取り、
「最後のこれが『魔法の実』である。
これは、魔法を使うと心が疲れて、魔力を練る気力が減り、だるさも生じるが、その疲れを取るための実だ。
昔は基本魔法が詰まっていると言われておたが、最近は白魔法が詰まっておるのではないかと言われておる。」
と説明した。ニコラ様は興味津々というようで、
「なるほど、いずれも栽培が難しいちとされている種であるな。
早速、山上に増やせるか試させるのか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「ふむ。
それが手っ取り早く調べられるゆえな。」
と同意した。蒼竜様が『速さの実』を渡してくれたので、それを地面に埋め、青魔法を集めて種にかけた。
すると期待通り、植えた種から芽が出た。にょきにょき大きくなるのかと思ったのだが、今度は掌ほどの高さの所で成長が止まり、菫のような小さくて可愛い花が5輪ほど咲いた。
力の種と比べて、今度は種を高速で飛ばせるような作りになっていないように見えるので、ちょっと安心した。
花の部分が枯れて萼だけ残ると、その萼が思っていたよりも細長かった。だが、考えてみれば種も細長いので当然だろう。
しかし、突然プシュっという音と共に、中から勢い良く種が飛び出したのだ。
蒼竜様が、
「うをっ!」
と言いながら咄嗟に土魔法で壁を作って防いでくれた。土の壁に、種が結構めり込んでいる。
他の方を向いていた萼からは、2〜3町くらい先の所まで種が飛んでいた。
蒼竜様が壁から種を取り出しながら、
「咄嗟だったゆえ、壁が少々緩かったが、おかげで潰れずに済んだようであるな。」
と言った。種だけ採取したい場合は、先に周りに粘土か何かで囲った方が良さそうだ。
蒼竜様は種をよく見て、
「ふむ。
間違いなく、『速さの実』であるな。
普通はもう少し状態が悪いのだが、これは傷も殆ど無いゆえ、高値で取り扱われること間違いなしであろう。」
と言った。ニコラ様が手に取ると、
「なるほどな。
間違いない。
が、しかしこの『速さの実』は苦くていかん。
もう少し食べやすければよいのだがな。」
と言った。向こうでムーちゃんが飛んだうちの1粒を齧ったかと思うと、ぺっと吐き出していたので、ムーちゃんも苦手らしい。佳央様はピクリとも動かなかったので、美味しくないことを知っていたのだろう。後ろから安塚さんが、
「ムーちゃん、そんな、勿体無い・・・。」
と言っている声が聞こえた。他の飛んでいった種は、韮崎さんが確保したようだ。
蒼竜様が、
「最後に『魔法の実』だな。
おそらく、これは魔法の種類が違うゆえ、同じようにしても発芽せぬと思われるが試してみよ。」
と種を渡してくれた。私は、
「分かりました。」
と言って土に植え、青魔法を集めようと思ったのだが、これも勢い良く飛んだら行けないと思い、
「すみません、蒼竜様。
また、種が飛ぶかもしれませんので、先に柔らかい粘土か何かで壁を作っておいてもらっても構いませんか?」
とお願いした。蒼竜様も、
「ふむ。
その方が良かろうな。」
と言って壁を作った。私はこんどこそ気兼ねなく青魔法を集めて種にかけた。
が、しかし、種を植えたところから芽が出ない。
私は念の為、もっと青魔法を集めて種にかけた。
念の為、魔法で種を植えた付近を見てみる。
どうも、芽は出ていないが地中に根が張っているように思われる。
私は蒼竜様に、
「芽は出ませんね。
根は育っているようなのですが。」
と言うと、蒼竜様は、
「根か?
いや、普通、地中は見えぬだろう。」
と言った。私は、
「いえ、魔法ではちゃんと見えていますよ?
恐らく、青魔法を吸っているからではないでしょうか。」
と言った。蒼竜様も地中を確認したようで、
「ふむ。
これはなかなか面白いな。
山上、よく気がついたな。」
と褒めてくれた。ニコラ様は、
「俺には見えんが、魔法が見えるというのは便利なのだな。」
と言った。私は、
「はい。」
と同意した。
ここで雫様が、
「山上、うちの仮説言うてええか?」
と聞いてきたので、私は、
「何でしょうか?」
と返事をした。雫様は、
「いやな。
植物が育つんには、根と茎と実で必要な栄養がちゃうんやそうや。
でな。
『魔法の実』が欲しい栄養とちゃうんや無いやろか。」
と推測を話してくれた。私は、
「もしそうだとすると、これは育ちそうにないですね。」
と残念に思った。しかし更科さんが、
「確か、神聖魔法って言っていたわよね。」
と言いながら種を植えた所に神聖魔法を掛けた。
すると、土からひょっこり芽が出てきた。
私は、
「佳織、凄いです。
やはり学があると、こういう所が違いますね。」
と褒めると、更科さんは、
「そうじゃないの。
ちょっと考えれば、誰だって思いつくことを試しただけなの。」
と照れながら言った。が、しかし、芽が出て茎が伸びたものの、一向に花をつける気配がない。
もうひと押し、何か必要なのだろうか。
私は雫様に、
「何が足りないと思いますか?」
と聞いた。雫様は、
「そやな。
・・・時間やろか。
そいつ、木かもしれんで。」
と答えた。私は予想していなかったので、
「木ですか?!」
と驚いた。雫様は、
「そや。
木やったら、実をつけるまでに何年もかかるやろ?
いろいろあるけど、桃栗三年柿八年、梅はすいすい13年言うし。」
と付け加えた。蒼竜様が、
「いや、梅は18年ではなかったか?」
と聞くと、横山さんが、
「それは柚子ね。」
と訂正した。安塚さんが、
「梨ではありませんでしたか?」
と言ったのだが、横山さんは、
「梨は15年だったはずよ。」
と訂正した。ニコラ様が、
「諺か何かか?
・・・それよりも、今は実がなるかどうかだろ。」
と話が反れていることを咎めた。慌てて蒼竜様が、
「そういえば、神聖魔法は生体時間を早める性質があったな。
なるほど、時間が進むのが早くなったから、芽が出たというわけか。
山上、これはすぐに種は採取できそうにないようだな。」
と納得したようだったが、私は納得できなかったので、引き続き青魔法を集めて与え続けた。
更科さんが、
「和人って、たまに、意固地よね。」
と言いながら、伸びた茎に魔法をかけ続けてくれた。
背も更科さんよりも高くなり、太さも2寸くらいまでに育った。
これでは、流石に私も木だと認めるしか無く、雫様に、
「ここまでくれば、これは木で間違いなさそうですね。
普通、野菜でこんなに太い茎を持つものもありませんし。」
と言って、魔法をかけ続けるのを止めた。
韮崎さんが、
「この木は、この先、枯れるのでしょうか。
それとも、成長するのでしょうか。」
と質問した。蒼竜様は、
「魔法で育てたとは言え、木であれば枯れることもないであろう。
が、前例もほとんどないゆえ、なんとも言えぬな。」
と答えた。安塚さんが、
「前例がほとんどないと言うことは、あるにはあるということですか?」
と質問した。蒼竜様は、
「ふむ。
竜の里での話なのだがな。
林業などで、苗木を植えた時に根を張らせるために青魔法を使うことはあるのだとか。
それで根が張れば、木も枯れぬというわけだ。
が、そもそも滅多に使い手がおらぬゆえ、本当に効果があるかも不明と聞いておる。」
と話した。
私は林業とは関わったことがないので、今ひとつ、この話に興味が持てなかった。
代りに、更科さんの端正な顔立ちもいいけど、韮崎さんの華奢な肩にスラッとした手足や、安塚さんの大きな胸もいいななどと余計なことを考えていた。
ニコラ様が、
「木では仕方がないな。
こっちの収穫は諦めるとするか。」
と諦めたようだった。横山さんが、
「ニコラ様、収穫が目的じゃなくて、山上くんの青魔法を確認することが目的です。
収穫まで成長させられなかったのは残念ですが、そこはせめて、『検証は出来た』とおっしゃって下さい。」
と苦笑いだった。
ニコラ様は、
「そうだったな。」
と、こちらも苦笑いで返したのだった。
途中、更科さんが苦笑いしたのは、
山上くん:早く走る時と遅く走ると時で、実は使う筋肉が違っているということですね。
知りませんでした。
蒼竜様 :ふむ。(理解したようであるな。)
更科さん:(さっき、安塚さんが説明したのと同じ内容じゃないのよ)
という事情ですが、力なく表現できず。。。
〜〜〜
桃栗三年柿八年の続きは、諸説あって、地方によっても変わるのだそうです。
このお話でも、
・雫様
桃栗三年柿八年、梅はすいすい十三年
・蒼竜様
桃栗三年柿八年、梅はすいすい十八年
・安塚さん
桃栗三年柿八年、梅はすいとて十三年、梨のばかめは十八年
・横山さん
桃栗三年柿八年、梅は酸い酸い十三年、梨はゆるゆる十五年、柚子の大馬鹿十八年、
蜜柑のまぬけは二十年
と混乱しています。
結局ネットで調べても出典不明で見つかる気配もなかったので諦めましたが、本当は何が正解なのでしょうかね。(^^;)




