背負子
* 2019/09/19
誤記の修正をしました。
翌朝の事、私が葛町の集荷場で掃除をしていると、後藤先輩が出社してきた。
私は、
「おはようございます、後藤先輩。」
と声をかけると、後藤先輩は、
「おはよう。
昨日は相当に『お楽しみ』だったんだってな。」
とニヤニヤしながら返事を返してきた。私は、
「はい。
昨日は、知らないお酒や普段は絶対に飲むことのでき無いような良い酒をいただきまして、野辺山さんや田中先輩の冒険話なんかも聞けて大変面白かったです。」
と返した。すると、後藤先輩は、
「いやいや、昨日は山上に彼女が出来たと聞いたぞ。
解散になってからも楽しんだんだろ?」
と言ってきた。それで、私は更科さんの顔を思い出して耳まで赤くしながら、
「そんなことしていません。
そもそも、彼女じゃなくて妻(仮)です。」
と言った。すると、後藤先輩は、
「俺が嫁と会ったのはお見合いだったが、一目惚れしたので、よその男に行かないようにその日のうちに既成事実を作ったもんだぞ?」
と自慢げに話した。私は相手の気持ちはどうしたのだろうかと思いつつも、結婚しているのだから良かったのだろうと、人様の事なので深く考えずに納得した。
「先輩と違って、私はちゃんと手順を踏みますよ。」
と言って、私は結婚する前から手を出したりしないことを伝えた。すると、後藤先輩は、
「まぁ、手堅くはあるな。
お見合いと違って、相手の両親を一から納得させないといけないから大変だぞ?」
と返してきたので、私も、
「はい。
更科さんは、『学校は出してもらったけど次女だし、そんなに大きな商家でもないし、まぁ、一緒に頭を下げれば割と簡単にできるんじゃないか』と言っていましたが、そんなに簡単に娘をやる親なんていないでしょうからね。」
と、2~3年前に実家の近所であった2週間毎日土下座事件を思いだしながら苦笑いした。
この事件、確か最後は、娘さんが自分の親に、
「許してくれないならそれでいいけど、お腹は確実に大きくなるわよ?」
と言ったので、父親はしぶしぶ結婚を認めたのだったか。
その後、父親は娘が妊娠していると思っていたのに、結婚してから、実はまだ妊娠していなかったと知った父親は、相手の男を烈火のごとく怒鳴るのだと噂になっていた。井戸端会議でうちの母が
「あれは、孫ができると思って喜んだだに、実はぬか喜びだったと知って、立場の弱い娘の婿に当り散らしていたのかもしれねぇわ。」
と言っていたのが懐かしい。しばらくして本当に娘さんが妊娠した後は、怒っていたのが嘘だったかのように機嫌が良くなったと聞いている。
後藤先輩は、
「そりゃそうだろう。
俺だって、娘をやるなんて言ってきたら、まず、一発殴るだろうさ。
・・・
あぁ、それと伝言だ。
ついさっき田中さんと会ったんだがな、『昨日飲みすぎて二日酔いなので、今日は平町まで一人で行ってくれ』と伝言を頼まれたんだ。
注意点も特にはないし、おそらく荷も3mちょっとになるはずだと言っていたが、行けるか?」
と聞いてきた。私は、今日の荷物を思い出しながら、
「今朝確認をしましたが、おそらく大丈夫だと思います。
ただ、念のため緊急でない荷物は明日にまわして欲しいのですが、明日運んでいただいても良いでしょうか?」
と聞いた。そこで、後藤先輩は、
「よし。
平村の米谷のじいさんが作っているどぶろくで引き受けてやろう。」
と言ってきた。
米谷酒造のどぶろくは特に高いものでもなく、言ってみれば普通のお酒だ。
私は先週、冒険者組合に言付けを頼んだとき、先輩の聞き間違いのせいで冒険者組合で恥をかいたので、後藤先輩にお礼としてわざと少し水っぽい安酒を渡したのだが、どうもそれが気に入らなかったのだろう。銘柄の指定までされてしまった。
私は、
「分かりました。
では、掃除が終わりましたら、早速準備を致します。」
と言って掃除に戻った。
私が掃除を終え、今日の荷を背負子に結わえつけると、後藤先輩がやってきて、背負子に致命的な痛みはないか、縄が緩くないか、左右のバランスは悪くないかなどの最終確認を手伝ってくれた。
歩荷の背負子は人によっていろいろな工夫が行われている。
例えば、肩紐一つ取っても、肩と肩紐の間に小さな座布団のようなものを入れてある人や、紐をいくつも編んで接面積を広げることで肩にかかる負荷を分散させる人、中には背負子をちゃんちゃん状にした皮に結わえつけて着る人もいるそうだ。
私の背負子は、布製の肩紐と腹のところに帯を巻いて支えるようになっていた。あと、腹の帯には左側に鉈を、右側に水筒をぶら下げている。これは、田中先輩の経験に基づいて作られていた。
後藤先輩は、布製の肩紐もよいが、荷物が重いときに破れないように、しっかりとした縄を入れた方が良いのではないかと言ったが、田中先輩が『紐が入ると擦れやすいのでやめた』と言っていたのを思い出し、
「私も機会があれば、自分が使いやすい背負子に改造したいと思っています。
ですが、まだ歩荷を始めて1ヶ月も経っていないので、まだしばらくはこの背負子を使って問題点を探したいと思っています。」
と言ってやんわりと断った。すると後藤先輩は、
「こういうのな、直せるならすぐにやった方がいいんだぞ。
ここを変えて楽になるのなら、1回だってもったいないんだからな。」
と言って、暗にすぐに改造しろと言っている様だった。私は、
「もう時間もないので、直すとしても次の書類の日でしょうかね。」
と言うと、後藤先輩は、
「次の書類の日はスキルシートがあるので、そんな時間はないと思うぞ?
まぁ、今変えて事故があったら後悔してもしきれないか。」
と、この場での改造は諦めた様だった。
私は、このやりとりのせいでいつもよりも出発が遅れたので、少し早足で平村に向かったのだった。
次回は山上くんが始めて一人で歩荷をする話です。