無精卵だったはずなのに
1ヶ月ぶりでブックマークが1つ増えておりました。
大変ありがとうございました。(^^)/オオキニ
田中先輩は、また一口酒を飲んでから、
「それで、いよいよ満月の夜になってな。」
と、水龍の数の子を獲った日の話を始めた。
田中先輩は、
「丁度、月が一番高いところに来た時だったか。
島の周りがチラホラと光りだしてな。
それが、徐々に島を中心に輪っかみたいに薄っすらと輝き始めてな。
そこから島の外側に向かってどんどん広がっていったんだ。
月明かりを浴びてか、それが徐々に明るくなってな。
それはもう、見事な白銀に輝いていったんだ。
それこそ、息をするのも忘れそうだったぞ。」
と続けた。更科さんが、
「そんなに凄かったのですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「ああ。
この雰囲気で口説いたら、ほとんどのやつは一発じゃないかってぐらい良かったぞ。」
と身も蓋もない答えが返ってきた。そして、
「だが、今回の目的は見物じゃなくて水龍の数の子だろ?
俺達はこっそり、海に潜っていったんだ。」
と話した。雫様が、
「それで?」
と合いの手を入れる。
田中先輩は、
「海の中から見た月は、空に浮かぶ月ともまた違って綺麗でな。
海の水の透明度が高かったせいで、海底の岩の切り立った造形もなかなかでな。
そうそう、海の中の景色は、全部青みがかって見えるんだ。
雪に穴を空けて覗くと空よりも淡い青になるが、あれとは逆の濃紺というか、そういう青の世界でな。
下から泡が沢山上がってきていて、月明かりが反射して、まるで青暗い夜の闇に下から上に雪が昇っていくかのようだったな。」
と話した。私は、
「水の中で、どうやって呼吸をしたのですか?」
と聞いた。すると更科さんが、
「和人。
そこは、今聞くところじゃないわよ。」
と白い目で見られてしまたった。私は、
「でも、気になるじゃありませんか。」
と言うと、田中先輩は、
「まぁ、そう言うな。
慣れるまで訓練が必要なのだが、海中で呼吸するための飴があってな。
口の中で唾液と混ざったら、空気が出る仕組みなのだそうだ。
大体、四半刻ほどで溶けるから、そのくらいは潜っていられるぞ。」
と言った。蒼竜様が、
「あの飴を使ったのか。
あれは口の中で湧き出る空気を肺に取り込み、鼻から出さねばならぬゆえ、不器用な者は一生使えぬと聞くぞ。
それよりも、吹黍の茎を口に咥えたほうが楽であろうに。」
と指摘したのだが、田中先輩は、
「あれが収穫できるのは秋だろう。
俺達が行ったのは春だったから、出回っていなくてな。」
と返すと、蒼竜様は、
「ならば、仕方あるまいな。」
と納得したようだった。
私は吹黍が何か聞きたかったが、また更科さんに怒られそうなので聞けなかった。
田中先輩が少しだけ残っていた湯呑の酒を飲んでから、
「それで、海底までゆっくり降りていったんだがな、あちこちで水龍の雌が産卵して、雄が種付けしているわけだ。
卵が受精したら味が落ちるので、こっそりと近づいて獲るわけだがな、偶然、近くにいた雌のところには雄がいなかったんだ。
ほら、人間でも一定数、結婚できないやつがいるわけだが、水龍も同様に番になれずに無駄に産卵するやつもいるわけだ。」
と話したかと思うと、田中先輩は何故か私の方を見たかと思うと、
「山上は三男だから、本来は結婚できたかも怪しかったわけだろ?
更科には感謝しろよ?」
と言った。私は、
「それは重々承知しています。
その上、美人なわけですから、足を向けて寝られません。」
と更科さんの方を見て会釈程度に頭を下げた。更科さんは、
「足を向けてだなんて、そんな・・・ねっ?」
と言って、まんざらでもなさそうだったが、私には何が『ねっ?』なのか分からなかった。
だが横山さんが、
「若いって良いわね。」
と言いながら微笑ましそうに言って来たのは、ちょっと照れくさかった。
雫様が、
「それで、卵は簡単に採れたっちゅうことか?」
と聞くと、田中先輩は、
「まぁ、俺もすぐ採れる、そう思ったんだがな。
そう簡単ではなくてな。」
と言って、一口酒を飲んでから、
「岩陰に隠れながらこっそり近づいてな。
依頼を受けたやつがひと塊の卵を獲った時にだ。
卵を産んだばかりの水龍に思いっきり見つかってな。
まぁ、大事な人の卵ならともかく、無精卵なら大丈夫だろうと思っていたのに、その水龍、えらい剣幕で追いかけ始めてきやがったんだよ。
もう、そこからは修羅場でな。」
と思い出し笑いをした。田中先輩は続けて、
「急に追いかけてくるものだから、こっちも逃げないといけないだろ?
で、水龍から逃げるために水面に急いで浮こうとしたせいで、虫歯が破裂したやつが出たり、船に上がったは良いが、船の帆がまだ降りていなくて船が動かせずにてんやわんやでな。
そのせいで、水龍が船にぶつかろうとしてきやがったんだ。
乗ってきた魔法師が五人掛かりで船底に三重で結界を張ってなんとか耐えたが、この衝撃で棚の荷物が落ちたり、水とかが入った樽もひっくり返ったりで、そりゃもう船の中もぐちゃぐちゃになってな。
けが人が出るのなんの。
なんとか船が走り出しても、まだ追いかけてきてな。
基本的には船のほうが遅いが、水龍だって生きているんだ。
疲れもすれば、飯の時間になったら足が止まるはずだろ?
なのに、一向に引く気配がないんだよ。
五人掛かりで交代で結界を張ったり、威嚇の魔法を放ったり本当に大変だったんだ。」
と話した。何故単に『威嚇』なのか気になった私は、
「水龍を倒そうとはしなかったのですか?
田中先輩なら行けそうですが。」
と確認した。すると、田中先輩は、
「いや、確かにそうだが、数の子獲りというのはそういうものでな。
これを違えたら、他の水龍まで追いかけてくることになっているんだ。
あれだぞ?
水龍には、蒼竜みたいなのがゴロゴロいるんだぞ?
とてもじゃないが、面倒くさいだろう。」
と返した。すると蒼竜様が、
「ふむ。
奴ら、水の中でしか活動が出来ぬゆえ里でも脅威とは見なされておらぬが、実際に戦えばかなり強いからな。
なにせ孵化するのが数百万だ。
その中から揉みに揉まれて成龍になるゆえ、強いのなんの。
水龍の頂点にたつ竜帝は、あまりの強さに水神と呼ばれておるくらいだからな。」
と言った。更科さんが、
「水神様ということは、神格があるということですか?」
と聞いた。横山さんがハッとした顔をして更科さんを見た。蒼竜様は、
「神格は無い。
が、昔の水神は、本当に神を殺したことがあると実しやかに伝わっておるぞ。」
と言うと、赤竜帝が、
「ふむ。
神殺しの禁忌を犯したゆえ、海に封じられたというお伽噺であるな。」
と言った。横山さんが、
「それはどのような話なの?」
と聞くと、蒼竜様は、
「簡単に言えば、当時の水龍と女神様が恋仲になって、それを横恋慕した男神様が水龍を討って女神を奪い取ろうとしたのだが、水龍が男神様を返り討ちにしたという話だな。
水龍がやったことは二人の幸せを守るためにやったこととは言え、他の神からしたら面白くない。
故に、罰として水中でしか息が出来ぬように呪いをかけたというわけだ。
この話の良いところは、その後、女神様が『愛しい人が海にいるなら』と言ってついていき、ちゃんと添い遂げたところであるな。」
と言った。横山さんが、
「そんなお伽噺があるのね。
でも、そんな話、私は聞いたことないわよ。」
と言うと、蒼竜様は、
「まぁ、絵本があるのだが、人の子には刺激が強い内容でな・・・。」
と言うと、雫様が、
「そやな。
寝所で二人で仲良くしているところに男神が襲いかかるとか、教育上、良くないことだらけや。」
と苦笑いした。すると田中先輩は、
「竜だって、子供に読ませるのは教育上悪いんじゃないのか?」
と聞いたのだが、雫様は、
「人間と違うて、竜はそういうのに聡いっちゅうか、野生が残っているっちゅうか・・・。
まぁ、教育に悪い以前に、そういうのは解っとんのや。
やから、別にかまんのや。」
と説明した。解っている子供に隠したところで無駄だということらしい。田中先輩も、
「まぁ、それなら無駄だな。」
と納得した。
田中先輩は酒を一口飲むと、
「話が逸れたが、確か逃げ帰るところだったな。」
と言った。そして、
「まぁ、その水龍がしつこくてな。
普通なら飯時に距離が取れるらしいが、休まず付いてくるどころか、攻撃までしてくるものだから結界がもう持たなくなってきてな。
俺も海に沈みたくないから、船底の結界を手伝うことにしたんだ。
で、6人で交代しながら船を守ってな。
大きいのを放つとなれば、船長が船の向きを変えて直撃を避けたり・・・。というか、船は大きい的みたいなものだからな。
本当に、いつ大きいのが直撃して沈んでもおかしくない状況だったな。
恐らく、向こうも産卵で疲れていたから狙いが定まらなかったのかもしれないな。
こんな状態だから、本来は潮の流れに乗って3日で帰れるはずだったんだが、4日もかかってな。
そりゃもう、大変だったんだ。
それも、有精卵ならともかく、無精卵でここまで追い回されるとは思わなかったぞ。」
と苦笑いをした。蒼竜様は、
「無精卵で間違いなかったのか?」
と確認した所、田中先輩は、
「それは間違いない。
有精卵になると、卵の透明度が落ちるんだが、あれは綺麗な透明だったからな。」
と言った。雫様が、
「それなら単に、自分の一部を持ち帰られるんが恥ずかしくて仕方がなかっただけなんちゃうか?」
と言うと、横山さんが、
「それはあるかもね。
ゴンちゃんも・・・、そうね。
例えば、髪の毛とかを好みでもない女の人にお守りにされたら嫌じゃない?」
と言うと、田中先輩は、
「まぁ、気持ち悪いな。
だが、卵と毛が同列なのか?」
と質問した。横山さんは、
「そんな訳ないじゃない。
ただの例よ。
例。」
と答えた。田中先輩は、
「まぁ、そうだよな。」
と納得した。更科さんが、
「それで、その冒険者の方はちゃんと儲かったのですか?」
と聞いた。
すると田中先輩は、
「嘘か本当かは知らんが、袖の下の分だけ足が出たそうだ。
酒の席で、『あれさえなければ』と言って、悔しそうな芝居をして笑い話にしていたぞ。」
と思い出し笑いをした。私は、真偽はともかくとして、話の落ちとしては使えそうだなと思った。
店員さんが、蓋のかぶさった大きめの汁椀を持ってきた。
おそらく、これが最後の品なのだろう。
私は、この楽しい時間もそろそろ終わりになるのだなと思ったのだった。
部屋に通された時、お膳に乗っていた紙は本日の御品書だったのですが、山上くんは漢字が読めないので何が出るか分かっていません。
ちなみに、最後にデザートが出るのですが、和菓子にするか山の果物にするかは、まだ決めていなかったりします。(^^;)




