新人冒険者の自己紹介
私は、女の子との間にいる田中先輩が割って入ったままの状態で歩いているのにモヤモヤしながら前を歩く野辺山さん達についていき、前に田中先輩と行った小料理屋にたどり着いた。
私の村に居酒屋は1件しかないので店の名前を覚える習慣が無かったのだが、どうやらこの小料理屋が丸膳と言うらしい。野辺山さんが店の敷居をまたぐと、店の仲居さんが
「あれまぁ、野辺山様ではないですか。
しばらくご無沙汰でしたので、お見限りかと思いましたよ。」
とやや艶のある明るい声で呼びかけてきた。野辺山さんは、
「いやいや。
仕事が忙しくてね。
女将も元気そうでなによりだよ。」
と返した。どうも、この人は仲居さんではなくて女将らしい。
女将は軽く会釈をしながら、
「はい、おかげさまで。
・・・ところで今日は五人でのお越しですか?」
と聞いた。野辺山さんは、
「一人増えてしまってね。
迷惑をかける。」
と言った。女の子は、田中先輩と私だけに聞こえる程度の小声で、
「ここ、すごく高そうなお店ですけど、私が来たせいで人数も増えてすごく迷惑かけているんじゃないですか?」
と肩身が狭そうな雰囲気で聞いてきた。田中先輩は、
「こういう店はな、予定外の客が来るのを勘定に入れて発注しているから大丈夫なんだよ。
気の利かない店では、こうは行かんがな。」
と返した。私は先輩がどこからこの情報を仕入れたのだろうと不思議に思った。
女将は戸を開けて、
「野辺山様だよ。」
と声をかけると、中の女中さんがすすぎをしてくれた後、
「今日は“青龍の間"をお取りしました。
お部屋までご案内致します。」
と言って、青龍の間まで案内してくれた。
青龍の間には五膳が並んでいたので、私はいつの間に連絡したのだろうと驚いた。
田中先輩によると、
「あれは念話のスキル持ちがいて、奥に伝えているらしい。
ここの仲居、歩荷よりも高給取りが多いそうだぞ。」
とのことだった。田中先輩の情報源、本当に謎だ。
私たちが部屋に入った後、田中先輩の音頭で女の子に自己紹介が始まった。田中先輩はまだいい声を続けている。
女の子は
「えへっと、こんな偉い人の前でやるんですか?」
と野辺山さんを見て震えながら言った。そう言えば、野辺山さんは葛町の冒険者組合の副組合長だった。普通の冒険者からすれば、普段から接点も無いので恐れ多いのだろう。野辺山さんは、
「俺も元冒険者だし、堅っ苦しいことは抜きでいいぞ。
気楽に、気楽に。」
と言った。私は、上の人からそんなことを言われても気休めにもならないだろうなと思っていたが、案の定、女の子は
「はい、申し訳ありません。」
と固かった。女の子は続けて、
「私は、つい三週間ほど前に冒険者学校の魔導師科を卒業した、更科 薫と言います。
今は魔法レベルは5で、神聖魔法が得意でレベル3です。
あと、風魔法も少し使えて、レベル2になります。」
と自己紹介をした。すると、田中先輩が、
「学生ならともかく、冒険者はあまり自分のレベルを言うものではないぞ。
手の内を晒すことにもなるので、もう少しぼかしながら言うものだ。」
と指摘した。すると、野辺山さんは田中先輩に、
「いや、初心者のうちは別に問題ないよ。
むしろ何が出来て何が出来ないか判らない方が怖いので、もっと丁寧にしてもいいくらいだ。」
と言った。しかし、横山さんは、
「今は冒険者の自己紹介では無いので、それよりもどんな人物かが簡潔に判る方が大事よ。
研究室に入ろうとする若者にも言えるのだけどね、どんな席かによって自己紹介は変わるものよ。」
と二人に言ったので、野辺山さんも、田中先輩もしまったという顔をしている。私は、
「では更科さん、まず、冒険者組合で私に声をかけた理由を教えてください。」
と言った所、横山さんは、
「そうそう、それそれ。
山上くん、分かっているじゃない。
今日はその話をするために更科さんを呼んだのだから。」
と言った。が、ここで、田中先輩が、
「あ、その前にそろそろ料理を出してもらっていいか?
冒険者組合で取調べをしているわけじゃないんだ。」
と言って、さっきの名誉挽回と言うわけでもないのだろうが、場を和らげようとした。すると横山さんが、
「そうね。
お腹も空いてきたし、そうしましょう。」
と言うと、部屋の外から、
「失礼致します。」
と仲居さんが一声かけて、料理を出した。
膳には、たけのこや山菜の天ぷら、山芋の刺身、蕨と蒟蒻の煮物、菜の花の白和え、煮豆など、いろいろな料理が並んでいた。
「では、ごゆっくりとお楽しみください。」
そう言って、仲居さんが退席した。そこで、野辺山さんが、
「天ぷらが冷めても切ないので、飲みながら話を聞こうか。
まずは、山上くんと更科さんの馴れ初めの話をお願いしようかね。」
と言って、おもむろに手酌で飲み始めた。
今日の飲み会はようやく始まったのだった。