竜の里へ
朝、いつものように夜明け前に目が覚めたのだが、昨夜、上手く寝入れなかったこともあって、まだ瞼が重かった。
宿の朝食は日が昇った後だから、恐らくまだ作り始めたかどうかという頃合いかもしれない。
私は眠気を取るために二度寝をしようかとも思ったのだが、二度寝した後、そのまま熟睡して目上の蒼竜様や田中先輩よりも後に目が覚めたのでは、流石に問題がある。
仕方がないので、私はごそごそと起き出し、自分の荷物から手ぬぐいを取り出した。そして厠で用を足した後、裏の井戸から水を汲んで顔を洗った。
まだ眠気はあるものの、さっきよりはしゃきっとした。
私は昨日風呂に入ったが、井戸水で体も拭けばもっとしゃきっとするだろうと思い、浴衣の上だけ開けさせ、濡らした手ぬぐいで体を拭いた。横山さんが、
「おはよう、山上くん。
早いわね。」
と声をかけてきた。私は、
「おはようございます。
いつもこのくらいに起きていますので、習慣というやつです。」
と返事をした。すると、横山さんが、
「習慣じゃ、仕方がないわね。」
と納得した後、何を思ったか、
「せっかくだし、ちょっと体触ってもいい?」
と言ってきた。私は気恥ずかしさを感じつつ、
「それには、なにか理由があるのですか?」
と聞いてみた。すると横山さんは、
「まぁ、興味本位ね。」
と返事をした。私は、
「それなら、お断りします。」
と言ったのだが、横山さんは、
「別に、薫ちゃんとするようなことはしないわよ。
ほら、腕や背筋の筋肉の付き具合とか、柔らかさとかをね。」
と手振りを加えて説明した。私は更科さんともそういうのはやっていないけどなと思いながら、
「そう言われましても・・・。」
と困っていると、田中先輩が起きてきた。
そして、朝だと言うのに田中先輩は少しいい声を作って、
「早いな、山上・・・と実美佳。
朝から何を話していたんだ?」
と聞いた。私は、
「横山さんに、体を触りたいと言われていました。」
と話した。すると田中先輩は、
「体なら、俺がいくらでもさわらせてやるぞ?」
と提案したが、横山さんは、
「ごめんなさい。
ゴンちゃんじゃ駄目なのよ。
一応、魂の吸収度合いとか、筋肉の付き方を確認したくてね。」
と説明した。田中先輩は、
「なんだ。
そういうことか。
仕事がらみなら、仕方ないな。」
と言うと、
「山上、妙な言い方をするんじゃないぞ。
勘違いしただろうが。」
と私を注意した。私は、
「そう言われましても、腕や背筋の筋肉の付き具合とかを触って確認したいと言われれば、誰だって警戒しますよ。
田中先輩は、そんな風に言われたらどうしますか?」
と返した。田中先輩は少し考えながら、
「そうだな。
まぁ、俺なら、ついでに按摩も頼むぞ。」
と、触られること自体は抵抗がないようだった。私は、
「それは、横山さんだからですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「当たり前だろ。
そもそも、山上とは年も離れているんだ。
そんな間違いは、起きないぞ。」
と言った。私は、
「確かに、母親と同じくらいの歳に見えますが・・・、」
と言ったところで、横山さんから、
「山上くん?
後学のために言っておくけど、女性の歳の話はするものじゃないわよ。
というか、いくらなんでも、母親と同じくらいということはないでしょう。」
と言った。私は、
「えっと・・・、申し訳ありません。」
と謝った。横山さんは心配そうに、
「ちなみに、いくつなの?」
と聞いてきたので、
「今年で39です。」
と返すと、田中先輩は、
「なっ!
俺より年下じゃないか!」
と、横山さんは、
「えっ!?
私より二個上?」
と言って、二人で衝撃を受けたようだった。
そうこうやり取りをしていると、更科さんがやってきて、
「皆さん、朝ゴハンの準備が出来たそうですよ。」
と呼びに来た。
朝食中、更科さんのお義母様が40歳と聞いて、二人共、やっぱりか!と言って、苦笑いしていた。
朝食が終わった後、蒼竜様は、
「拙者は準備があるゆえ、先に行くが、田中等はゆっくりで良いぞ。」
と言って出立した。田中先輩は、
「分かった。
だが、更科の歩くのは遅いからな。
直ぐに出発するつもりだ。」
と言った。蒼竜様は、
「ふむ。
では、また後でな。」
と言って、宿を後にした。私達も荷造りをしてすぐに後を追った。
まず、私達は湖の辺りを歩いた。
湖を見ると、朝の光がキラキラと反射して眩しくて綺麗だった。湖には船が何艘か出ていて、漁をしているようだった。
湖を半周ほど歩くと、山の上に続く川に出た。
田中先輩によると、この湖にはもう一本川があるそうだが、こちらでは染め物で使われているそうだ。
布を染めた後、川の流れで余計なものを洗い流すのだだそうだが、川の中に何本もの反物が翻っている様子は見ていて面白いらしい。
田中先輩は、
「今日はついているな。
ここの川は、いつもはもう少し水量があるが、今日は少なめのようだ。」
と言って、今度は川沿いの道を上流に登り始めた。
田中先輩以外は竜の里への道を知らないので、田中先輩を先頭に、横山さん、更科さん、私、雫様の順に歩いていた。
私は、
「ここから、まだ遠いのですか?」
と聞いた。すると田中先輩は、
「距離としてはそこまで遠くはない。
が、急な坂が多くてな。
更科にはきついと思うぞ。」
と言った。心なしか、前を歩く更科さんの足取りが重くなった気がした。
私は、
「薫、大変なら、後ろから押すから、遠慮なく言って下さいね。」
と声をかけた。すると更科さんは、
「うん。
でも、和人に負担をかけないように、出来るだけ頑張るね。」
と返した。私は、
「分かりました。
でも、私は体力に余裕がありますから、遠慮しないで下さいね。」
と念押しした。雫様は、
「薫ちゃんはええなぁ。
山上くんがおるから、助けてもらいたい放題で。」
と言った。すると更科さんは何か考えているのか間を取って、
「蒼竜様も、尻に敷かれる方じゃないの?
なんとなく、雫様の機嫌を取っているように見えることがあります。」
と言った。すると雫様は少し驚いたような雰囲気を出してからすぐに収め、
「ちゃう、ちゃう。
外面だけや。
例えば、こっちが料理してるとするやろ?
そしたら、雅弘がすぐに寄ってきて、ああしたほうが良い、こうした方が良い言うてな。
これが鬱陶しゅうてな。
まずは、うちのやり方でやらせぇっちゅうねん。
大体、こういう時は、向こうの方が出来たかて、困ってるときだけ手ぇ出すとか、そっと後片付けだけするもんやろ?」
と愚痴をこぼし始めた。私は、
「まだ使うつもりのを、途中で片付けられたらイラッとするじゃないですか。
そっと確認して、後片付けをするのが良いと思いますよ。」
と言った。しかし、雫様は、
「ちゃうで。
言わんでも分かるんが、えぇんや。
いちいち聞かれても、面倒くさいやろ。」
と言った。更科さんが少し息を切らせながら、
「以心伝心の二人って、憧れますよね。」
と雫様に声をかけた。すると横山さんが、
「以心伝心なんて、よほどやることが限られた場合だけよ。
第一、そんな事言っていたら、誰も彼もが駄目男だわ。」
と言った。私はうっかり、
「理想は理想というのも分かります。
けど、世の中、薫みたいな人もいますよ?」
と言った。すると横山さんが、
「付き合いたてはそうよね。」
と微笑ましそうに言ったのだが、続けて、
「何年かして冷静になったら、驚くほど粗が見つかるわよ。
まぁ、そこからが本当の夫婦になれるかどうかだと思うの。
少なくとも、昔の旦那とは、最初はもう理想そのものと思っていたけど、最後は見てるだけで不愉快だったわよ。」
と話がすすむにつれ、声色が苛立っているようだった。私は、
「時間とは、怖いですね。」
と言うと、更科さん以外から笑われてしまった。
途中から両岸が崖になり始めたのだが、田中先輩は、
「今日は水が少ないから、そのまま歩くぞ。
たまに石が滑るから、気をつけろよ。」
と言って、あまり水が流れていない谷底を進んだ。
そのまま歩いていくと、今度は徐々に崖が低くなってきた。
田中先輩が言うには、水源に近づいたからなのだそうだ。
雫様が、川に谷底を削るだけの水の量がないから、崖の高さがだんだんと下がるんやと言っていた。
途中、甲羅に複数の鋭い棘のある大きな針牛亀と遭遇し倒したので、亀の肉のお土産が出来た。
戦闘をしたせいもあって、私はお腹も空き、足の方も少しふらついていた。
お昼まで時間はあるが、なにか食べたい気分だ。
他の人も同じようで、岩の隙間から地下水が流れ出ている水源に着くと、田中先輩の提案でおやつ休憩をすることになった。
休憩中、どこから取り出したのか、田中先輩が甘味を提供する。私は、
「薫、結構汗だくだけど大丈夫ですか?」
と聞いた。すると、更科さんは、
「うん。
もう少し休まないと、難しいかも。」
と言った。すると田中先輩は、
「竜の里まで、もう目と鼻の先だ。
葛町と大杉町の距離ほどしか離れていないから、あっという間だぞ。」
と励ました。私は、
「なら、もう大丈夫ですね。」
と言うと、田中先輩は、
「ああ。
後は儀式だけだな。」
と言った。私はすっかり忘れていたのでしまったと思ったが、更科さんは、
「はい。
口上も覚えていますし、あとは事故でも起こらなければ、そつなく行けるはずです。」
と言った。どうやら私以外は、儀式に不安はなかったようだ。
休憩が終わり、再び竜の里に向かったのだが、本当にすぐに里の門が見えてきた。
門は三門で、左右には筋骨隆々で巨漢の門番さんが一人づつ立っていた。
門の左右に机が並べられているので、おそらく、あの辺りで儀式を執り行うのかもしれない。
私は、一度止まって儀式の最終確認をしようと思ったのだが、田中先輩は声を掛ける前にそのまま真っすぐ門の方に出ていってしまったのだった。
山上くん:いつもこのくらいに起きていますので、習慣というやつです。
横山さん:習慣じゃ、仕方がないわね。
せっかくだし、(鑑定のために)ちょっと体触ってもいい?
山上くん:(おばさんとは言え、女性に触られるのは気恥ずかしいな。)
それには、なにか理由があるのですか?
横山さん:まぁ、興味本位ね。(ちゃんと測る魔道具もないし。)
山上くん:それなら、(田中先輩にボコられるかもしれないので)お断りします。
横山さん:(ひょっとして女として警戒させちゃったかしら。)
別に、薫ちゃんとするようなことはしないわよ。
ほら、腕や背筋の筋肉の付き具合とか、柔らかさとかをね。(とか言えば勘違いするかな♪)
山上くん:(別に、薫とも触りっことかしてないし、)そう言われましても・・・。
(本当にそういうのは困るので、止めてほしいのだけど・・・。)
〜〜〜
本話で、人物紹介や閑話も含めると100話目だったりします。
去年の5月からなので、既に約8ヶ月も休日投稿しています。基本は筆無精のはずですが、字数もいつの間にか31万字を超えました。
これからも休日更新を続けられればいいなと思っていますので、これからも宜しくおねがいします。
読者様の暇つぶしに貢献出来ることを祈りつつ。。。 2019/02/09 筆不精のおっさん