006 エルフの首都へ
奴隷売場を後にしたリョウマ達は、暗黒街を周ることにした。
「意外と美味いものもあるんだな」
「気をつけてね。腐ってるやつもあるみたいだし」
「マジか」
ケバブのようなものを買ったが、焼いてあるので腐った肉かはよくわからない。
「まあ、高ランクの冒険者なら腹も下さないと思うけど」
「俺は、か弱い一般人なんだが…お前が食え」
「はい…」
お腹を壊すのが怖いので、先ほど貰った奴隷に与えた。
「はあー。俺、弱ってる奴苦手なんだよねー」
「そうかなー。弱ってる奴ほど扱いやすい者はないけど」
「まあ、そうだけど。とりあえず、服が必要だな。風呂にも入れた方がいいな」
「エッチだなー、リョウマ」
「そんなつもりじゃねえよ」
「優しいんだね」
「弱ってる奴にはな。俺は人を弱らせるのが好きだから」
「それは分かるね。あれっ、電話だね」
エフィが小さな端末を取り出す。
「この世界、携帯があるのかよ」
「携帯?これはシエラから渡された通信機よ。通信魔法が使えるらしいね」
「俺、貰ってないんだけど…」
「お守りするのは、僕の方だからね。えーと、ベルちゃんからか」
ベルちゃんとは、シエラの家で見たベルフェゴールJr.のことだろう。
「どうかしたの?ベル」
「エフィ様。相談したい事があります」
「どうぞ〜」
「実は、シエラ様が森とエルフを焼いて、木を奪った事で、エルフから破格の賠償請求がきたようです。ギルドは、シエラ様に払わせろといっているようで…」
「ふーん。シエラにどうしたらいいか聞いたら?」
「シエラ様から、留守を任せられていますので…」
「なるほど。君はどうするつもり」
「エルフとギルド、どちらを黙らせるべきかなと」
「それはもちろん、どっちもだね」
「流石です。エフィ様」
「ちょうど、僕は暇だし、エルフは任せといて」
「では、私はギルドの方をやりましょう」
「それでいこう。じゃあね」
「はい、よろしくお願いします。ありがとうございました」
エフィは端末をしまう。
「物騒な話になったな…」
リョウマは自分が豪胆な方だと思っていたが、シエラとその友人にはついていけない部分があると思った。
「何を他人事みたいに言ってるんだよ。君も手伝うんだよ」
命令ではなく、まるで相手は言うことを聞く前提で話しているようだった。
「まあ、いいけど。報酬は弾んでくれよ」
「もちろん。僕からもシエラに言っておくよ」
「でも、どうやるつもりなんだ?」
「僕に考えがあるんだ。とりあえず、エルフの森に乗り込むとしよう」
「その前に、この子の身なりを整えようぜ」
「ああ、そうだったね」
エフィはすっかり忘れていたようだった。
リョウマ達は暗黒街を出て、ホテルのようなところで部屋を借りた。なかなか高かったが、それなりにいい部屋だった。
「さて、この子を綺麗にするか」
「そういえば、そいつの名前なんだったっけ?」
「聞いてなかったね。君、名前は?」
「ノエル…」
「ノエルか。じゃあ、ノエルを風呂で洗っといてくれ」
「任せといて。さあ、脱ごうか」
エフィは服を脱ぐと、ノエルの服も脱がせようとする。
「おいおい…」
「ん?ああ、僕、ドラゴンだから、見られるのに、あんまり抵抗がないんだよね」
「いやいや、良いものを見させてもらいました」
エフィは竜とは思えないほど、しなやかで柔らかそうな身体だった。肌が陶器のように美しいのは、竜の鱗を思わせた。
ノエルは細っそりとしていて、身体中に傷があった。
「ノエルちゃんは風呂に入れておくから、リョウマは買い物でもしてきてくれ」
「ああ、そうするわ」
このまま一緒に入りたいくらいだが、万が一にエフィの気に触るとどんな目に合うか分からない。仕方なく、言われた通りに買い物に行くことにした。
一時間後…
「またかよ」
リョウマは部屋のドアを開けると、裸の2人と遭遇した。
「タイミングいいね、リョウマ」
「そうだな。ノエルの服買ってきたぜ」
「そう。さっそく着させましょう」
「ああ」
エフィは先ほどの服、ノエルは買ってきた白いパーカーを着させた。
「探すのに苦労したよ。こうゆう服は、首都にしかないからな」
「あっそ…」
「これから、どうするんだ?」
「この子の試運転といこうよ」
「どうやって?」
「エルフと賠償の件について、交渉をしにいくんだよ。多分、交渉決裂になるから、その時に戦わせるの」
「まあ、それでいいか。武器はどうするんだ?」
「この子、聖騎士だよね。聖騎士の聖剣は、この国には滅多にないよ」
「シエラが持ってたぜ」
「じゃあ、借りるか」
エフィはさっそくに電話をかける。
「もしもし、シエラ。聖剣を貸して」
「なんでよ?」
「これから、使うから」
「私もこれから、使うわよ。自分で他の剣を買いなさい。聖剣じゃなくてもいいでしょ」
「だって、聖騎士がいるんだよ」
「他の剣でも十分戦えるわよ…仕方ないわね。ちょっと待ってなさい」
電話が切れた。
「どうだった?」
「待てって言われた」
「なるほど…」
シエラと電話する時も思ったが、エフィは話がざっくりしすぎだ。
10分ほどすると、一人の少女が転送された。
「お待たせしました」
それは、シエラの家で見たセラフィナだった。手には聖剣を持っていた。
「これが、シエラ様から預かってきた聖剣、第十三霊装(百騎千槍)だよ」
エフィが剣を受け取る。
「へえー。これが聖騎士の聖剣か。美しいね」
「ノエル、持ってみろよ」
「…。」
ノエルは無言で剣を受け取る。剣の扱いには慣れているようで、軽く振り回す。
なかなか様になって、カッコよかった。
「いいね」
「いいな」
「いい」
「…。」
みんなで賞賛するが、ノエルは無言だった。
「ノエル、普通に喋ってくれ。要望なんかがあったら、好きに言ってくれ」
リョウマは奴隷であるノエルを雑に扱うつもりはないので、普通に話して、仲良くなりたかった。
「じゃあ…えーと、貴方とペアルックは嫌」
「第一声がそれかよ!」
狙ったわけではないが、自分の服もノエルの服も、リョウマが好きなパーカーだった。
「シエラ様は、当然予想しておられた。シエラ様から預かった聖騎士の正装だよ。どうぞ」
「どんな予想だ!」
いや。冷静に考えれば、聖騎士がいると分かれば、リョウマのセンスに関係なく、聖騎士の正装を用意するのは普通だろう。
ノエルは、さっそく着替える。
聖騎士の正装は、白いコートに赤十字が施されていた。白い髪、肌、目を持つノエルが着ると、より赤が美しく見えた。
「なんで、こんなにカッコいいんだろう。まだ、中学生くらいだろ。何歳だ?」
「14歳…」
「厨二病でコスプレをやるような歳なのに…ノエルは本物って感じがするな」
「何を、訳の分からないこと言ってんの?」
「それより、早くエルフの森にいくんだよ。シエラ様から私も行くように言われてるんだよ」
セラフィナは元気にリョウマを引っ張ってくる。
「分かったよ。エフィ、策があるんだろ」
「ああ。みんな、まとめて僕に乗りな」
外に出ると、エフィは15メートルくらいの竜になる。
リョウマ、ノエル、セラフィナは、エフィの背に乗って、エルフの森に向かった。
エフィ達が来たのは、エルフの国の首都の上空。魔法の感知すら届かない、雲の上。下には、巨大な石造りの城が見える。
「これからは、二手に分かれてやるよ。作戦はさっき話した通り。じゃあ、僕たちは行くよ」
「それはいいんだが、俺たちはどうやって上空に残るんだ?」
「それは、私に任せてだよ」
セラフィナが、小さな竜になる
「マジかよ。お前もか」
リョウマがセラフィナの背に乗り換えると、エフィとノエルは真下の王城に向かって降りていった。
「誰だ、お前達!どうやってここまで来たんだ!」
「竜だと!侵略にでもきたのか!」
王城の警備をしていたエルフ達が、罵声を浴びせてくる。
「僕たちは、シエラの使いだ。ここには、話し合いに来たんだ。早く通せ!」
エフィは、巨大な覇気を放つ。
その覇気は、警備のエルフ達では勝てないと、理解させるには十分過ぎた。
「いいだろう。中に入れ。王の下まで送る」
「それはどうも」
エフィとノエルは王城の一角に降り立つ。
「さあ、案内してくれ」
「ああ、来い」
エフィとノエルは、警備をしていたエルフに付いていく。
いくつも扉を抜けて、長い廊下を歩いていく。
「遠過ぎない?」
「王は、奥にいるものなのだ」
「ふーん」
何かがおかしい。まるで罠に嵌っていくような。
だが、このエルフの国に脅威は大してないはずだ。
唯一、エフィが警戒するのは、"森の王ミア"くらいだろう。
だから、問題はないはずだ。
「ここだ」
巨大な扉の前に到着する。
扉がゆっくりと開く。中は薄暗くて、遠くまでよく見えない。
エフィとノエルが入ると、扉が閉じる。
「さて、話し合おう。森の王ミア」
いきなり、部屋が一気に明るくなった。その部屋は、驚くほど広く、天井も5階分ほどあった。
「おいおい、冗談だよね…」
この世界全体を見ても、なかなかの強さを持ち、したたかであるエフィでさえ、思わず恐怖するものが、そこにはあった。
そこにいたのは、森の王ミアと、11人の魔王と、3人の七大悪魔と、2人の始祖の竜だった。
「ここで、シエラを仕留めるはずではなかったのか?」
「奴の従者が来たようだな」
「とりあえず、奴らを消そう」
「私は、あの子を個人的にも消したかったのよ」
「彼らの死をもって、シエラへの宣戦布告とする」
エフィ達を見るなり、物騒なことを言い始めた。
「これは、流石に予想外過ぎる。勝てるわけがない。どうたものかな…」
多くの強者の殺気を向けられながらも、エフィはどうにか抵抗の手段を考える。
「無駄よ、エフィ。諦めなさい」
「"赤龍リリアーナ"、あなた…」
魔王達の中にいたのは、父の側近である"赤龍"だった。今は、人間の姿をしていた。
「そろそろ、貴方の父には引退してもらわないと」
「貴様ごときが、ふざけるな!」
「ふふ。強がりはやめなさい。ここは、シエラ対策で転移魔法も使えないし、通信も不可能。逃げることもできないわ」
「なぜ、シエラをそこまでして…」
「あのガキは、魔王達にとっても厄介な存在。協力して、一気に叩き潰すことになったわ」
シエラはすでに魔王を一人潰しているし、他の種族にも多大な影響を与えている。こうなるのも、仕方ないのかもしれない。
「そうなんだ。でも、あいつは負けないよ」
「何を言いだすかと思えば…少なくとも、貴方達はここで死ぬ!」
大きな部屋にある多くの扉が一気に開く。そこから、魔王達の部下が雪崩れ込んでくる。
「あの程度なら勝てるだろうが、足止めとしては無視できない数と強さだな」
「さあ、くたばれ、エフィ!」
エフィに向かって、リリアーナと魔王やそれを越える強者達が襲いかかる。
「全く、いろいろと想定外だったね。でも、対策もしておいたんだよ」
一定時間、通信が切断されたことにより、リョウマとセラフィナが動きだす。エフィ達の作戦が始まろうとしていた。