004 シエラハウス
ローレン大陸、とある山にある、巨大な洞窟。
驚くほど広い洞窟には、煌びやかな財宝が所狭しと置かれていた。
そんな洞窟の中、小さな机で書類をまとめている男がいた。
黒髮で、黒眼鏡をかけた中年の男。
彼こそが、竜王の中の竜王、序列第一位、"黒龍"と呼ばれる竜である。
彼は、繊細に物を扱える人間の体を気に入っていて、普段から魔法で体を変化させていた。
そんな彼の元に、一人の少女が訪ねてくる。
美しく、長い銀髪を持つ、中学生くらいの少女だった。
「父上、ただいま戻りました」
「おお、我が愛しい娘、エフィよ。長旅、ご苦労様」
「お気遣いありがとうございます、父上。記録は、このジュエルに刻み込まれています」
取り出した赤いジュエルは、この世界でよく用いられる、情報を取り込む宝石を加工したものだった。
「ありがとう。確認させてもらうよ。早急に伝えたいことがあれば言ってくれ」
「はい。記録にも書きましたが、魔王達が活発化してきています。侵略を進めたり、連携をとったりをしていて、中には七大悪魔と手を組む者もいるようです」
「昔あった、大戦を思い出すような動きだな。しかし、我々の方針もまた同じ、不干渉だ」
「僕もそれがいいと思いますが、何かしらの策をとって置かないと、それも難しいかもしれません」
「確かにな。お前には、心当たりがあるようだな」
「はい。まだまだ、下見の段階ですが」
「ふむ、そうか。私も自分で何かしら、考えておくとしよう。それはそうと、褒美をやらねばな。持ってきてくれ」
一匹の赤いが、布に包まれた巨大な何かを持ってくる。
「素晴らしいサイズですね、父上。僕のコレクションの中でも、最高のサイズです」
「なんでエフィは、こんな物が好きなのかな。まあ、まだカットしていないのだが、見てくれ」
布の中にあったのは、巨大なダイヤモンドだった。高さだけでも、5メートルはあった。
「ありがとうございます、父上」
エフィは、飛び跳ねる勢いで喜んだ。
「あと、もう一つ。追加で頼まれていたダイヤモンドだ。これは、既にカットしてある」
黒龍は、布に包まれたサッカーボールほどのダイヤモンドを取り出した。綺麗にカットされたダイヤモンドは、光の塊のようだった。
「私が作り上げて、ドワーフの名匠にカットさせた。これは、素晴らしいだろう」
「本当に素晴らしいです。ありがとうございます」
エフィは、大切に受け取る。
「それは、誰かへの贈り物かな?」
「な、なんでわかるんですか…」
「私を誰だと思っているんだ。悠久の時を生きる竜王だぞ」
「流石ですね、父上」
「その人に、よろしくと伝えてくれ。近いうちに紹介してくれると嬉しいな」
「はい、なるべく早いうちに。では、失礼します」
「ああ、また今度な」
「えっ?シエラの家に行くのか」
エルフの森でのクエストを終え、陽は落ちて夜になっていた。その帰り道で、リョウマはシエラに家に誘われていた。
「ええ。今日、友人が家に来るのをすっかり忘れていたわ」
「そうか。俺はまだ住むところがないから助かったよ。近いのか?」
「遠いけど、転移を使えばすぐね。さあ、行きましょ」
シエラは俺の手を掴むと、転移魔法を発動した。
着いたのは、深い森の奥だった。そんな大自然の中に、城のような建物が建っていた。
「うおお、すげえ。これが家かよ。よく見ると、近代的だな」
形はヨーロッパの城のようだが、鉄筋やミラーガラスなどでできていて、現代のビルのようだった。
「さあ、入るわよ」
シエラが大きな門の前に立つと、扉が独りでに開いた。
「おかえりなさいませ、シエラ様」
「ただいま、ラジエル」
扉から現れたのは、二十歳くらいの美しい女性だった。長い緑の髪を持つその女性は、暖かい笑みを浮かべていた。
「そちらの方は…」
「そうね、うーん…友人よ」
「…⁈」
(やべえ、嬉しい。異世界に来て、なんだかんだ不安だったからなー)
「そうでしたか。では、食事は一人分追加ですね」
「ええ。そういえば、採りたてのお魚がメニューにあったわよね」
「そうでした!採りに行かなくては行けませんね。リュカ」
竜の翼を持った、橙色の髪の少年が空から現れる。まだ、小学生くらいだろうか。
「はい、ラジエル」
「急いで、例の魚を採ってきて」
「最速で行ってきます」
リュカは、ドラゴンになり、飛んで行った。
「じゃあ、入りましょ」
「お、おお…」
(圧倒されまくりだぜ。ドラゴンの使用人まで出てきやがるとは)
シエラの家の中は、モダンで芸術的な内装だが、ほとんどが機械仕掛けで、とても機能的だった。
「いい家だなー」
「そう?まあ、結構こだわって造らせたわね。そういえば、最近はほとんど帰ってなかったわね」
「勿体無いな…」
しかし、金持ちとはそういうものなのかもしれない。ファーストクラスを取るような人は、あらゆるサービスを利用せず、寝てるだけだと聞いたことがある。元を取ろうとするのは、庶民の感覚だろう。
「ラジエル。今日は色々あって飲みたい気分なの。嫌なことも、良いこともあったわ。料理長にそう伝えて」
「畏まりました」
ラジエルが去っていく。
「どうして、料理長にそんなことを言うんだ?」
「彼は、ソムリエとしても優秀なのよ。気分を伝えると、それに応じたものがでるわ」
「ほえ〜…」
シエラとリョウマでは、生活の感覚が違いすぎるようだ。もう、驚くのは止めよう。疲れるだけだ。
部屋に到着し、中に入る。大勢で食事ができるような、長いテーブルが置かれた部屋だった。
シエラとは、向かい合わせに席に着く。
「なあ、シエラ。嫌なことってのは、ワイスのことだろうけど、良いことってなんだったんだ?」
「魔戒樹よ。元々の報酬は一億レアだったけど、魔戒樹の件は聞いてなかったから、更にふんだくってやったわ」
「うわ〜…具体的には?」
「追加で一億レア。まあ、半分失敗したし、こんなものね。あと、魔戒樹が産み出す利益の2割を、永続的に受け取る権利よ。あれは年に数億を産み出すから、なかなかのものよ。それに、一本くすねることができたし、悪くない依頼だったわ」
「そりゃ、良かったね」
リョウマは、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「飲み物をお持ちしました」
ドアの外から、声が聞こえた。
「どうぞ」
シエラが促すと、ラジエルがワインボトルを持って入ってきた。
「ワインかよ!」
まあ、飲みたいって言えば酒だろうけど。まさか、幼女にワインを持ってくるとは。
「銘柄は"天使の泪"です」
「ダサっ!」
「そう?まあ、このワインを本当に天使が造ってるのは、ダサいかもね」
「なんじゃそりゃ!」
「地上にいるウリエルという天使よ。あの女は、悪影響しかないと思ってたけど、ワインは美味しいのよね」
「へえ。まあ、早く飲もうぜ。あれっ?グラスがねえな」
「あの…持ってきました」
ワイングラスを持った、耳の長い、くすんだ金髪の幼女が入ってきた。猫耳のような髪型で、オッドアイだった。
「ありがと、セラフィナ」
リョウマも、セラフィナから装飾の多いワイングラスを受け取る。
「もう、いいわよ。二人は下がって」
「「畏まりました」」
ラジエルとセラフィナは、部屋を出ていった。
シエラは、ワインを開けるとグラスに注いだ。
「てっきり、ワインは注がせるのかと思ったよ」
「こういうのは、自分で注ぎたいのよ。さて、乾杯しましょう。今日は助かったわ」
「それは、こっちの台詞だぜ。何から何まで…感謝しても、したりないよ」
シエラがいなければ、スムーズに依頼も受けられなかった。ゴブリンに殺されていたかもしれない。こんな部屋でワインも飲めないだろう。たった1日で、ヒモに近くなってしまったが、この関係は手放したくない。
いや、それ以上にシエラ自身が魅力的だ。なんか、カッコいい。
俺たちは、熱い乾杯を交わした。
「しかし、シエラの家族とかはこの家にいないのか?」
「そりゃそうよ。この家は、私が家出してから建てた、私の家だもの」
「マジかよ、そうかもしれないとは、薄々思ってだけど…じゃあ、使用人たちは雇ったのか?」
「私の忠実な僕と、買った奴隷もいるわね。私、金を払うのは嫌いだから」
「ヤバいな、この子。今更だけど…」
家出して、城を建て、忠実な僕を何人も従える幼女がどこの世界にいるのだろう。いや、まさに目の前にいるのだ。
「あら、やっと来たみたいね」
廊下の方からドタバタと音が聞こえてくる。そして、ドアが勢いよく開かれる。
「シーちゃん!久しぶり」
笑顔で現れたのは、長い黒髮の二十歳くらいの美しい女性。黒を基調とした服をカッコよく着こなしていた。
「ティナ、久しぶり…って、ちょっと」
ティナは、いきなりシエラに抱きついた。
「ああ、可愛い!ほっぺもすべすべのプニプニ!髪もサラサラ!抱き心地最高!」
「分かったから、落ち着いてよ」
ティナは、これでもかとシエラに体を密着させた。
(いいなあ、俺もやりてえ)
「なあ、シエラ。誰なんだ、その人?」
「母の秘書よ。名前はティナ。私が生まれた時からの付き合いね」
「そうなのよ〜。超仲良し〜」
「分かったから、座って」
「はいはい」
ティナが席に着くと、今度はラジエルがワイングラスを持ってきた。
「どうぞ、ティナ様」
「あら、ラジエル。まさか、七大天使に敬称を付けて呼ばれるとはね」
「私は、元七大天使です。そして、貴方はシエラ様のご友人です」
「あら、そう。しかし、元とはいえ、七大天使を従えるなんてね。流石は、シーちゃん」
「どうせなら、四大天使が良かったんだけどね」
「それは難しいわよ。一人は野心家、一人は放浪者、後の二人は今でも"光の王"の忠実な僕だもの」
「七大天使?四大天使?光の王?さっぱり分からん」
リョウマにとっては、初耳な単語ばかりだ。できれば、知っておきたい。
「七大天使っていうのは、最強の7人の天使。四大天使は、その中でも不動の地位を持つ4人。光の王は、天界を支配してる王よ」
「天界を支配しているのは、"神"って言ってなかったか?」
リョウマは、シエラからクエストの途中で、そんな話を聞いていた。
「神というのは、文字通り象徴であり、恩恵をもたらす存在よ。そして、実際に支配していたのが、光の王」
「ちなみに、地上の"神"にあたる存在は、"魔王"。光の王に対をなすのは、闇の王よ。天と地の対立によって、昔は成り立っていたわ」
「…。」
シエラとティナが説明してくれたが、話がヤバすぎてついていけない。まるで、神話だった。
「えーと、じゃあ…今は、どうなってんだ?」
大事なのは、そこだ。
「神と魔王は、戦いの末に滅んだわ。王達も、王としての機能を失った。無法状態ね。そして、今、魔王連合を名乗ってる連中は、滅んだ魔王の力を分散して持つことで、その恩恵を受けているのよ。だから、地力が上がって強くなってるの」
「うん、まあ、魔王連合はヤバいってことだな」
「ええ、そうよ…」
シエラは、もう馬鹿に教えるのは疲れたという態度だった。
だけど、俺の理解が追いつかなくても、仕方ないだろ。俺は、まだここにきて2日目の夜だしな。