第三十四話 装花
屋敷の使用人達が右へ左へと忙しなく動き回る。
社交パーティ当日となったこの日、プランシェ伯爵家は朝から目が回るような忙しさだった。
ダンスホールにもなる大広間には前日に長テーブルが運び込まれており、そこに使用人達がテーブルクロスをかけ、カトラリー類を見栄えよく並べてゆく。サリーシャは手元のメモを見ながら、テーブルごとに用意された人数に間違いがないかを確認していった。確認が終わるとそこに、先日作成した席札のカードを添えてゆく。
半分くらい終わった頃に、使用人の一人がサリーシャに声をかけた。
「サリーシャ様、そろそろ花を配置しますか?」
「ええそうね。大きい花と小さい花があるわよね? 大きい花はテーブルの中央において、小さいものは両サイドに添えてくれる? 一つのテーブルにつき、大きいものがひとつに小さいものが二つ、つまり、お客様四人に対して一つよ」
「かしこまりました」
使用人が頷き、礼をすると廊下へと去ってゆく。しばらくすると、たくさんの花を荷台に載せて大広間へと現れた。これらの花は、事前にサリーシャが手配して、今朝納品されたものだ。
サリーシャは使用人が花をセットしていく様子をじっと眺めた。大きな装花がテーブルの中央に置かれると、途端にテーブル全体が華やいでみえる。さらに小さな花を添えると、それは更に際立った。
「とても素敵ね。いい具合なのではないかしら?」
薄いブルーのテーブルクロスの上に置かれた白磁の食器はまるで大空の雲のようだ。黄色を基調とした装花が明るい雰囲気を演出しており、脇に置かれた銀製の蝋燭立てともよく合っている。とても素敵だと思った。
華やかなテーブルを見つめて表情を綻ばせていたサリーシャは、「サリーシャ様」と呼びかける声でそちらに目を向けた。使用人のひとりがおどおどした様子でこちらを見つめている。
「どうかしたの?」
「花が足りません」
「え!?」
サリーシャは言われたことがすぐには理解できず、思わず聞き返した。
「そんなはずはないわ」
「ですが……」
言い淀む使用人を見つめがら、サリーシャは背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。
花はよい咲き頃のものを選んでアレンジメントしてある。急に注文したのではいい状態のものがあるとは限らない。だからこそ前もって注文してあった。
今回、サリーシャは度重なる注文ミスのこともあり、念には念を入れて確認した。更に、メラニーからも事前に見せるように言われて確認してもらった。注文間違いのはずがない。
「納品した花屋さんはどこに?」
「今朝早く納品を終えて、既に帰りましたが……」
「すぐに使いを出してっ!」
半ば悲鳴にも近い声に、使用人は慌てた様子でドアから飛び出してゆく。
同じく大広間で作業していたレニーナとローラも、サリーシャのただならぬ様子に気付いてこちらへと寄ってきた。
「サリーシャ様、いかがなさいました?」
「装花の数が足りないのよ」
「花が?」
真っ青になったサリーシャを見つめるレニーナの眉間に深い皺が寄り、ローラはおどおどしたようにレニーナとサリーシャの顔を見比べる。
装花の注文は数日前にしてあった。
伝票はサリーシャ自身が何回も確認したし、メラニーも念のためと言って確認して間違いないことを確かめたのだ。絶対に注文間違いのはずはない。
となると、考えられることは二つだ。
一つは花屋が注文の数を間違えて、少ない数を届けてきたこと。けれど、度重なる注文の失敗を受けて、メラニーは納品の際は必ず誰かしらが立ち合って伝票と納品の数が合っているかを確認することを指示した。だから、これはあり得ない。
となると、もうひとつは……。
「花屋に連絡は?」
「今、向かわせています」
「そう。困ったわね」
レニーナはにわかに苛立ったように、右手の指をトントンと落ち着きなく上下させる。
サリーシャはそんなレニーナの様子を呆然と見つめた。
──レニーナ様が書き換えたのではないの?
なにが起こっているのか、もうわけがわからない。
社交パーティは今夜だ。なんとしても今夜までに花を用意しなければならない。もし同じ花がなかった場合はそのテーブルだけ雰囲気が違ってしまい、統一感がなくなる。装花を作り直すにしてもこれだけの数だ。一刻を争っていることは確かだった。
そのとき、廊下の方から歩いてくる背の高い女性を見止めてサリーシャは動揺から体を小さく揺らした。パーティーの進行の確認をしていたメラニーが、こちらに状況の確認をしに来たのだ。サリーシャ達が大広間の一角に集まっていることに気付くと、まっすぐにこちらへと向かってきた。
「問題なく準備は進んでいるかしら?」
「それが……」
レニーナが困ったように事情を話し始める。
静かに話を聞いていたメラニーの表情はみるみるうちに厳しいものへと変わっていった。
「花の手配はすぐに出来るものではないわ。あなた達もそれはご存知よね? こういう些細なことが手際の悪さを露呈させて、プランシェ伯爵家の評価を落とすことに繋がるのよ?」
「はい……」
サリーシャ達は互いに顔を見合わせて、表情を強ばらせた。メラニーは一見すると落ち着いているが、口調は固く、激しい怒りを必死に抑えていることは明らかだった。
花の伝票はメラニーも事前に確認した。しかし、この花の手配を任されたのは他ならぬサリーシャである。例えレニーナがこっそりと伝票を書き換えていたとしても、今ここでそれを証明することも出来ない。
サリーシャはぐっと唇を噛み締めた。
──申し訳ありません。
そう謝罪しようとしたとき、サリーシャより一拍早く、メラニーが再び口を開く。
「一体どういうつもりなの? 説明しなさい、ローラ」
怒りに満ちた低い声の問いかけに、サリーシャは驚きで目を見開いた。
「え? ローラ様……?」
一方、鋭い視線を浴びたローラは、母親のただならぬ怒りを感じとり、真っ青になって小さく震えていた。




