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第八話 再会

 王都のタウンハウスを出発して十一日目、サリーシャは目の前に見えてきた景色に目をみはった。


 長く続く森を抜け、ようやくたどり着いた辺境の地方都市アハマス。その中心にそびえるのは想像を超えた大きな屋敷だった。

 小高い丘の上に立つ灰色の石造りの建物は遠目で見ても、サリーシャの知る、どの貴族の屋敷よりも大きい。周囲は石を積み上げて造った高い塀に囲われており、塀の上には見張り台らしきものも見える。

 屋敷自体の外壁もぴったりとした石を積み上げた強固なものであり、ちょっとやそっとの攻撃では崩れることはないだろう。もはや屋敷というよりは、要塞と言った方がしっくりとくる構造だ。


 通り過ぎる町並みに目を向ければ、やはり王都よりはだいぶひなびている。しかし、建ち並ぶ店舗の看板にはパン屋、仕立屋、飲食店、アクセサリー屋、布屋など様々なものがあり、領民が生活するうえでは不便はなさそうに見えた。それに、サリーシャが幼いころに過ごした村と比べたら、ここは都会と言っていいほど栄えている。

 少し視線をずらせば、子供を連れたご夫人が笑顔で買い物をしている姿や、帽子を被った農夫が手押し車で野菜を運んでいるのが見えた。皆、サリーシャが乗る馬車に気付くと小さく頭を下げて、敬意を表していた。小さな子どもがこちらを指さし、大きく手を振っているのも見えた。


 アハマスの領主館は小高い丘の上にあるので、近づくにつれて馬車の通る道も登り坂になった。暫く揺られていると急に店舗などの建物が途切れ、窓の外には人工的に作られたと思われる大きなほりが見えた。濠には水が張られており、水面には緑色の水草が生い茂っている。馬車に乗ったまま、橋を渡ってその濠を通り抜けると、すぐにまた大きな濠が現れた。

 濠は外敵からアハマスの領主館である城を守るためのものだろう。二重になった濠など、王宮以外ではまず見ることはない。サリーシャはここが国境の防衛を担う要塞の役目を果たしていることを実感した。


 しばらくして馬車が大きな門の前で止まる。中でじっとしていると、門番の衛兵と御者が何かを話すのが聞こえた。すぐに話は通ったようで門が開き、ギギギっという音が辺りに響く。

 門を越えて数分で、馬車は停車した。サリーシャが中から周りの様子をうかがっていると、扉が開かれて外から大きな手が差し出されたのが見えた。開いた扉からチラリと外を見ると、こちらを覗くヘーゼル色の瞳と目が合った。

 出迎えてくれたのはアハマス辺境伯である、セシリオ本人だ。サリーシャはその手に自分の手を重ねる。いつかと同じように、手がぎゅっと握りこまれた。


「長旅、ご苦労だった」

「わざわざお出迎え頂き、ありがとうございます」

「いや、構わない」


 こちらを見つめるセシリオの瞳が優しく細まった気がした。すぐに目を逸らされてしまったので、まっすぐに前を向く横顔をサリーシャはうかがいい見た。


 前回会った時も感じたが、やはりとても大きな人だと思った。

 今日着ている深緑の上下服には金色の肩章と胸元にも勲章が付いており、きっとこれはアハマスの軍隊の制服なのだろう。髪は長髪を纏めていることが多い貴族男性には珍しく、衛兵のように短く切られている。そして、その横顔にはいくつかの古傷があるのが見えた。


 屋敷の方に目を向ければ、正面の扉までのアプローチには使用人とおぼしき人々がずらりと並んでいた。その中には、セシリオと同じ深緑の上下服を着て、セシリオのように体格のよい男性も何人か混じっていた。


「ここは遠かっただろう。疲れている?」


 エスコートされて無言のまま足を進めていると、小さく問いかける声が頭上から聞こえた。サリーシャが横斜め上を向くと、ヘーゼル色の瞳が心配そうにこちらを見つめていた。


「はい。少しだけ」

「そうか。ここは王都からは遠い、辺境の地だからな。では、すぐに部屋に案内させよう。ゆっくりと休んでくれ」

「ありがとうございます」


 サリーシャは小さくお礼を言った。


 要塞のような屋敷に入ると、真っ先に目に入ったのは大きな玄関ホールだった。よくある中央から上に伸びる螺旋階段はなく、かわりに左右に長い廊下が伸びていた。床は一般的な絨毯敷ではなく、灰色と黒色の石タイルだ。


「この屋敷はアハマスの要塞を兼ねている。右側が生活空間──つまり、きみがこれから暮らすスペースだ。左側は多くの軍人たちの職場になっている。俺の執務室もそちらにある」


 セシリオは玄関ホールから左右に伸びる廊下をそれぞれ指さしながら、サリーシャに説明した。サリーシャは左右を交互に見比べる。パッと見る限りではどちらも長い廊下が続いており、同じように見えた。


「つまり、わたくしのような者はあちらには行かない方がよいということですわね?」

「いや、きみはアハマス辺境伯夫人になるわけだから、自由に出入りしてくれて構わない。だが、あちらに行ってもあまり楽しいものはないな。それに、国防に関わる機密も取り扱っているから……」


 サリーシャはそれを、「来てはいけない」と受け取った。

 サリーシャは傷物だ。それも、ちょっと見逃せるレベルをとうに超えた、とても大きくて醜い傷を負っている。このことがセシリオに知られれば、きっと自分は捨てられるだろう。去ることが確定しているのに、機密を扱うような場所に近づくべきではないと思った。


「かしこまりました」


 サリーシャが頷くと、セシリオはまわりを見渡し、近くにいた男性を呼び寄せた。以前、マオーニ伯爵邸にセシリオが訪れた時に同行していた白髪交じりの中年の男性だ。


「ドリスだ。この屋敷のことを取り仕切っている。わからないことがあれば、俺かドリスに聞いてくれ。あとは、こちらで手配した、きみ付きの侍女に聞いてくれても構わない。ああ、もちろん──」

「ノーラですわ」


 セシリオの視線がサリーシャの後ろに控えるノーラの方をチラリと見たのに気づき、サリーシャは補足した。


「失礼。ノーラはこのままきみ付きの侍女として働いてくれて構わない。正式に婚姻したらきみの部屋は俺の部屋の隣になるが、今は客間を用意した。案内しよう」


 右側の方にゆっくりと歩き始めたセシリオに付いて、サリーシャも足を進める。途中にいくつも扉があり、入り口側からは見えなかったが、中庭があるのも廊下の窓から見えた。サリーシャは興味深げにきょろきょろと辺りを見渡す。


「疲れているなら、屋敷の散策は明日にでもゆっくりすればいい。晩餐は一緒に?」

「はい。ご一緒させていただきます」

「わかった。ここだ」


 二階の廊下に面したドアを開けると、セシリオは空いている方の腕で部屋の中を指し示した。


 サリーシャは中に入ると、部屋を見渡した。

 客間というだけあり、遠方から来た来客を宿泊させるための部屋なのだろう。華美な装飾はないものの、部屋の中央に大きなベッドがあり、窓際には一人掛けソファーが二脚、丸テーブルに向かって置かれている。シンプルにまとまった調度品は落ち着いた雰囲気を(かも)し出していた。


「なにか不足があれば遠慮なく言ってくれ」

「はい、ありがとうございます。これでも十分すぎるほどですわ」


 それを聞いたセシリオは柔らかく目を細めて微笑んだ。


「なら、よかった。──では、晩餐のときに。それまではゆっくりするといい」

「はい」


 ドアがパタンと閉められると、とたんに部屋には静寂が訪れる。

 サリーシャは目の前にあったベッドにポスンと腰を下ろした。十一日間もほぼ馬車の中に缶詰状態の長旅。一人になるとどっと疲れが押し寄せた。


 少しだけ。そう思って横になると、いつの間にか深い眠りの世界へと誘われた。


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