第二十四話 失敗
社交パーティーが数日後に迫ったこの日、レニーナと共に納品された注文品をチェックしていたサリーシャは顔を青ざめさせた。
「……なんで?」
果実酒の数量が足りていない。招待するお客様の人数に合わせた数量で何種類かを注文したはずなのに、そのうちの一種類だけ数がでたらめだった。
食品庫の端に積まれた木箱を繰り返し数えたが、何度見直しても同じだ。
「納品数量を間違えてないかしら?」
「いえ、この数量でしたが……」
サリーシャの様子に、納入した商店の配送係は困惑したように肩をすくめる。
「これでは足りないわ。あと十五本、明後日までになんとかならないかしら?」
「店に戻って確認してみないとなんとも言えません」
「では、すぐに店に戻って。お願い、足りないと困るのよ」
「そうは言われましても……」
すがるように言うサリーシャに対し、配送係は困ったように眉尻を下げる。
「とにかく、確認して後ほどまたご連絡します」
「ええ、お願いします」
足早に立ち去って行く配送係を見送ってから、サリーシャは今日到着した飲み物をもう一度確認した。プランシェの各地から集めてきたこれらの果実酒は、運ぶのに時間がかかる。
もし、店に在庫がなかったら……
──わたくしのせいで、プランシェ伯爵の顔が丸潰れだわ。
想像しただけでぞっとする。恩を仇で返すとは、まさにこのことだ。
「レニーナ様、サリーシャ様? 商品は届いたかしら?」
背後から声をかけられて、サリーシャはびくんと肩を揺らした。振り向くと、食品庫の開いたドアの向こうからメラニーがこちらを見つめていた。
「ほとんどは届きました」
「ほとんど?」
メラニーの眉間が訝しげに寄る。サリーシャはぎゅっと拳を握った。隠しても、どうにもならない。
「申し訳ありません。わたくしが注文ミスをしたようでして……」
「え? またなの?」
“またなの?”
少し呆れたような口調が、心にぐさりと刺さる。
「先日注意したばかりよ? 今度は大丈夫だってサリーシャ様が仰るから任せたのに」
穏やかな口調だが、こちらを見つめる瞳にはありありと失望の色が見えた。
「本当に申し訳ありません」
サリーシャは深々と頭を下げた。
ここ一週間で注文ミスをするのは、これで三回目だ。
初回は書き間違えたのかと思い、その後は二回チェックしていた。それでも前回また間違えたので、今回は紙に穴が開くほど見直した。それなのに、またしても同じミス……。他にも、メラニーの福祉施設の視察に同行するときに持っていくように任された手土産が、入れたはずの籠に入っていなかったこともあった。
「注文する前に見直さなかったの?」
「見直しました」
「見直したのに間違えたの?」
「……本当に……申し訳ありません」
沈黙が食品庫内を包み込む。メラニーがもう一度ため息をつくのが、やけにはっきりと聞こえた。
「サリーシャ様、顔を上げて」
「はい」
おずおずと顔をあげると、メラニーは真っ直ぐにサリーシャを見つめていた。
「誰にでもミスをしてしまうことはあります。けれど、同じミスを何度も繰り返すというのは、その人の不注意以外のなにものでもありません」
「……はい」
「もう二度と同じ失敗をしないように気をつけて。レニーナ様とローラが手配したものは?」
「全て届いております」
「そう。よかったわ」
メラニーが安堵したように息を吐く。
「レニーナ様、このあと少し話があるの。いいかしら?」
「はい」
「サリーシャ様は次に呼ぶまでゆっくりしていて」
「……はい」
レニーナだけが呼ばれたことに、サリーシャは少なからずショックを受けた。メラニーから、社交パーティーの準備を任せるにはあなたは力不足だと宣言された気がしたのだ。
──本当に、ちゃんと確認したのになんで?
サリーシャは居たたまれなくなり、また顔を俯かせた。
***
落ち込むと、誰かの手にすがりたくなる。
けれど、優しく頭を撫でて抱きしめて欲しい人はここにはいない。そのことを、サリーシャはひどく寂しく感じた。
──セシリオ様に、会いたいな……。
最後にセシリオから届いた手紙には、社交パーティー前々日までにはそちらに到着すると書かれていた。社交パーティーは四日後なのだから、明後日にはセシリオが来るはずだ。今頃はもう出発しているかもしれない。たった二日待つだけなのに、とても長く感じる。
まだ来るはずもないのに、サリーシャは窓から外を眺めた。
木々のはえた広大な庭の向こうには、鉄柵の大きな門が見える。その門の両脇の塀には蔦が絡まっているのが見えた。
今にその向こうから、アハマスの紋章を掲げた一行が現れるのではないか。そんな淡い期待をしてしまう。
「わたくしは、だめね」
窓の枠に手を置き、サリーシャは小さな声で呟く。
セシリオの隣に立って恥ずかしくない女性になるはずが、失敗してばかりだ。立派な辺境伯夫人とはほど遠い現実。
閉ざされたままの門をしばらくぼんやりと眺めていると、トントンと部屋のドアをノックする音が聞こえて、サリーシャは振り返る。
「どうぞ」
声を掛けると、カチャリとドアノブが回る音がして隙間からひとりの女性が顔を覗かせた。
「レニーナ様?」
「メラニー様がお呼びよ。行けるかしら?」
レニーナは神妙な表情を浮かべてサリーシャを見つめている。
「メラニー様が? もちろんです」
「そう、よかったわ。あと、足りてなかったワインは在庫があったと先ほど商店の使いがきたわ」
「まぁ、レニーナ様が対応してくださったのですか? お手間をおかけして申し訳ありません」
「いえ、いいのよ。大事にならず、よかったわ」
レニーナは少し微笑んで用件だけを言うと、その場を後にした。その姿を見送ってからサリーシャは慌てて準備をして、メラニーの部屋へと向かった。
──なにを言われるのかしら……。
歩きながら、これからメラニーになにを言われるのかと考える。
社交パーティーの準備の相談かもしれないし、これまでのことをなにかを注意されるのかもしれない。注意されることには心当たりがありすぎるので、自然と足取りが重くなる。
「失礼します」
サリーシャがそっとドアを開けると、執務机に向かっていたメラニーはサリーシャを待ちわびていたようで、すぐに目が合った。
「どうぞ、そこに座っていただけるかしら?」
「はい」
サリーシャは指し示されたソファーに腰をおろした。メラニーも執務用の椅子から立ち上がると、サリーシャの前に腰をかける。見計らったように侍女が紅茶を淹れてくれた。
「サリーシャ様、ここに来てから二週間以上が経ちました。いかがですか?」
ゆっくりと語りかけられ、サリーシャは困惑気味にメラニーを見返した。
ここに来て二週間。短いようで長いような気もする。可愛い子ども達を始めとするプランシェ伯爵家の面々はとても親切で優しい。けれど、セシリオとこんなに離れていることはこれまでになかったので、寂しくないと言えば嘘になる。
うまく言葉をまとめることができずに黙りこんでしまった。そんなサリーシャを見つめていたメラニーはため息をついた。
「実はあなたのよくない噂話を、殿下の結婚式のときに偶然聞きました」
パッと顔をあげてメラニーを見つめるサリーシャの瑠璃色の瞳は、大きく見開かれた。




