第十五話 お誘い
「わたくしが、プランシェ伯爵家にでございますか?」
思いがけない提案に、サリーシャは驚いてまじまじと目の前のメラニーを見つめた。メラニーはサリーシャの動揺をよそに、澄まし顔をしている。
「ええ、そうよ。ちょうど、再来月あたりに領地の関係者を呼んで社交パーティーを開こうと思っていたの。そのお手伝いを一緒にしてもらえれば、大体の流れは覚えられると思うのよ。それに、わたくしの子ども達もサリーシャ様に会いたがっていたし、どうかしら?」
サリーシャは戸惑った。この誘い方は、サリーシャだけがプランシェ伯爵家にお世話になりに行くように聞こえる。
サリーシャが困惑気味にセシリオを見上げると、セシリオも同じように感じたようで、僅かに眉を寄せていた。
「姉上、サリーシャだけをですか?」
「セシリオは領地のことでなにかと忙しいでしょう? 今も不在にしているし、仕事が溜まっているのではなくて? サリーシャ様が可愛いらしくて一人で行かせるのが心配なのはよく分かるけれど、サリーシャ様のことを思うならばそれがいいと思うのよ。せいぜい半月程度なのだから。それに、社交パーティーには例年通り隣地の領主も招待するからあなたも来るといいわ。帰りは一緒に帰ればいいでしょう?」
メラニーはなにを当然のことを、とでも言いたげな表情をした。まるで子どもを諭すような口調だ。セシリオは辺境伯であり、メラニーよりもずっと体格もよいのだが、未だに小さな弟の頃の感覚が抜けないのかもしれない。
「サリーシャが来てくれたら、子ども達も喜ぶよ。セシリオのところにどんなお嫁さんが来たのかと興味津々なんだ。結婚式に呼ばれなかったから、みなふて腐れていた。それに、帰りに二人で景勝地にでも立ち寄って息抜きするといい」
横で話を聞いていたジョエルも、にこにこしながらメラニーの意見に同意した。
「すぐには決められなくても、手紙をくれればいいわ。一番効率的に、色々と覚えられると思うの。考えておいて」
真っ直ぐに見つめてくるメラニーに諭すようにそう言われ、サリーシャはおずおずと頷いた。
***
タウンハウスに戻る馬車の中でも、サリーシャはメラニーからの申し出について考えていた。
大抵の貴族令嬢は、母親が社交を仕切るのを手伝いながらそのやり方を覚えてゆく。サリーシャも何回かタウンハウスで行われる小規模なサロンの主催なら手伝ったことがある。しかし、ほぼ一年を通して王都に滞在していたため、領地での大規模な社交パーティーの手伝いはしたことがなかった。
「閣下、メラニー様からのお申し出についてなのですが……」
「ああ。きみが嫌なら、無理することもない。何回か仕切れば自ずと勝手も覚えるだろう。姉上自身もそうだったはずだ」
車窓から街灯に照らされた町並みを眺めていたセシリオは、サリーシャの方を振り返ると穏やかにそう言った。
サリーシャはぎゅっと手を握り込んだ。
正直、セシリオと離れて一人でプランシェ伯爵家にお世話になりに行くのは寂しいし不安だ。優しくそう言われると、自分の居心地がよい方へと流されそうになる。
けれど、先ほどの舞踏会で耳にした一言がまた脳裏に蘇った。
『アハマス閣下もお気の毒に──』
今はまだ殆ど辺境伯夫人としての役目を果たせていないかもしれないが、いつかはセシリオの隣で堂々と胸を張れる存在になりたい。だから、少しでも早く仕事の仕方を覚えたい。そんなふうに思った。
メラニー自身、母親をセシリオの出産時に失っているので、社交の仕切りは試行錯誤の繰り返しで色々と苦労があったはずだ。それを踏まえた上での今回の申し出なのだろう。
「わたくし、行こうと思います」
真っ直ぐにセシリオを見つめると、僅かにヘーゼル色の瞳が眇められる。
「本当に、無理しなくていいんだぞ?」
「……大丈夫です。わたくしが、行きたいのです」
サリーシャは自分に言い聞かせるように、ゆっくりと繰り返す。守られてばかり、助けられてばかりでなく、セシリオと一緒に領地を治めていきたいのだ。
しばらく無言でサリーシャを見つめていたセシリオは、その本気度合いを察したのか、ふっと表情を和らげた。
「きみは以前から、妙なところで頑固だったな。わかった、行くといい。姉上には伝えておこう」
「ありがとうございますっ!」
サリーシャはぱぁっと表情を明るくする。そして、メラニーやジョエルが何度か『子ども達も喜ぶ』と言っていたことを思い出した。
「ジョエル様とメラニー様のお子様は何人いらっしゃるのですか?」
「三人だ。一番上はきみとほとんど歳が変わらないんじゃないかな。たしか、今十六歳で次のシーズンに社交デビューする」
「女の子ですか?」
「一番上は男。つい先日落馬して大怪我したらしい」
「まぁ、大丈夫なのですか?」
「ああ。幸い、大事にはならず療養しているとか。姉上達が遅れたのはそのせいみたいだ。あとは、下に男と女が一人ずつ。みな、人懐っこい性格だ。いたずら好きだがな」
会った日のことを思い出しているのか、セシリオは口許を綻ばせる。きっと、楽しい思い出なのだろうなと思った。そんな様子をみていると、サリーシャもとても楽しみになってくる。
「賑やかそうですね。楽しみにしてます」
「ああ、そうだな」
相づちを打ったセシリオは宙に視線を向けて、何かを思い付いたようにサリーシャを見つめる。
「たしか、期間は半月程度と言っていたな。遅くとも社交パーティー前日までには俺も行くから、帰りは義兄上が言っていたようにどこかに立ち寄りつつ帰ろうか?」
「いいのですか? はいっ、是非! 閣下とお出掛けは楽しみです。以前に贈っていただいた望遠鏡を忘れずに持っていかないと」
手を前に組んで、嬉しそうに目を輝かせてはしゃぐサリーシャを見つめ、セシリオも優しく微笑んだ。




