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第五話 結婚式当日の夜 ~セシリオの事情~

 披露宴がお開きになると、セシリオはまずサリーシャを先に部屋へと戻らせることにした。


「俺は久しぶりに各地区の長官達と話したいから、サリーシャは先に戻ってくれるか?」

「はい、かしこまりました。失礼します」


 サリーシャは微笑みを浮かべると、素直にそれにしたがった。ずっと笑顔でいるが、きっと朝から緊張しっぱなしで疲れていたのだろう。


 花嫁は準備にも時間がかかる。サリーシャは今朝早く大聖堂の控え室に入ってから、化粧師やら髪結い師やら仕立屋やらに取り囲まれ、その準備だけで三時間もかかっていた。その結果、大聖堂に純白のウェディングドレスを着て現れたサリーシャは、女神のごとく美しかった。

 普段から美しく、その性格も可愛いらしいサリーシャだが、今日は少し大人っぽく仕上がっていた。それが色香を感じさせ、さらに美しさに磨きがかかる。とにかく、セシリオの乏しい語彙力では表現出来ないほどに美しかったのである。大聖堂で軽いキスだけに留めた自分の理性に、惜しみない拍手を贈りたいほどだ。しかも、近づくと花のようなよい香りがした。


「──は、河川工事が終わってかなり水の供給が安定してきました。次は隣地区にとりかかります」

「そうか。順調でなによりだ」


 アハマスの五地区の長官達が次々と管轄地域の近況を報告してゆく。真面目な顔で対応していたセシリオだが、実は若干そわそわし始めていた。先程の美しいサリーシャの姿が脳裏を離れない。早く二人きりになって存分に愛でたいのである。この場はモーリスに任せるべきだった。


「他に、なにか報告はあるか?」


 最後の長官が報告し終えたところで、セシリオは五人を見渡してそう尋ねた。五人が黙り込んだのでこれ幸いとお開きにしようとしたとき、一人の長官──アルカンがおずおずと手を挙げた。


「閣下、よろしいでしょうか」


 セシリオは内心、がっかりした気分で椅子に座りなおした。さっさと終わりにしてサリーシャの元に戻りたいのに、まだ報告があるのか。


「なんだ?」

「実は、最近窃盗団が街道周辺に出ています。(たち)が悪いことに用心棒までつけているようで、こちらの警ら隊に被害が出ています」

「窃盗団で警ら隊に被害が?」


 セシリオは眉をひそめた。アハマス中心部の領主館直轄地域の治安はセシリオを頂点とするアハマス軍の治安維持部隊が受け持っている。しかし、五つの地区については各地区の長官の下で働く警ら隊に任せていた。街道で窃盗団が頻出し、その警らを行う者たちにまで被害が出ているの言うのだ。


「それは看過できないな。他の地区はどうだ?」


 セシリオが他の四地区の長官達の顔を順番に眺めていく。皆、首を横に振るだけだった。


「デニーリ地方だけか。では、治安維持軍を応援に派遣しよう。モーリス、明日にでも相談しよう」

「ああ、わかった」


 モーリスはセシリオを見て小さく頷いた。


 その会合がお開きになると、セシリオは着ていた軍服の首元を緩めてふうっと息をついた。式典用の軍服は装飾が多く、普段の軍服より窮屈だ。それに、勲章が沢山ついていて重い。


「俺は戻る。モーリス、後は任せていいか?」

「ああ、そうしてやった方がいい。結婚式当日に嫁さんを放っとくのはまずいぞ。こっちは任せろ」


 モーリスは笑顔で片手を上げ、セシリオの片手にタッチをする。そして、思い出したようにセシリオの顔を見た。


「そう言えば、前に言っていた明日の手筈は大丈夫か?」

「大丈夫だ。念入りにシミュレーションした」


 セシリオは自信満々に頷く。

 タイタリア王国の貴族には、初夜が明けた翌日は夫が甲斐甲斐しく妻の世話をするのがよいとされる風習がある。甲斐甲斐しく世話といっても、なにも難しいことはない。妻よりも先に起き、部屋に花を飾り付けて目覚めに合わせて部屋に朝食を用意する。そして、新妻に優しく声を掛けて労わるのだ。

 結婚するに当たって、ドリスから手渡された数代前の当主の手記には、これをせずに欲望の赴くままに新妻を扱うと酷い憂き目にあうと戒めの言葉が書かれていた。そのため、セシリオはドリスやクラーラと明日の朝の手筈を綿密に相談した。


 ようやくだと、セシリオは感慨深く目を閉じた。


 以前、ブラウナー侯爵が来た際に話を立ち聞きしたサリーシャが誤解をして屋敷を飛び出すという事件がおこった。連れ戻した際に、様々な成り行きによりセシリオはサリーシャを抱いた。そして、大いに気分が盛り上がったセシリオはそのままの勢いで、その日の夜からサリーシャを三階の部屋に移動させようとした。しかし、そうは問屋が卸さなかった。


「クラーラ、サリーシャを三階の部屋に移そうと思う」

「いいえ、いけません」

「いけない? なぜだ? サリーシャは婚約者だし、もうすぐ結婚する。何も問題はない」


 そう言ったセシリオを、クラーラはキッと睨み据えて強い口調で叱責した。


「旦那様。わたくしは本当に情けない! 怒りに任せてお嬢様にこんな無体を働くなんて!! そんなケダモノにお育てした覚えはありませんっ!」


 そう、クラーラは完全に誤解していた。

 前日の夜に突如サリーシャが行方をくらまし、その後険しい表情のセシリオが項垂れるサリーシャを連れ戻した。そして、話し合いを行うと言って自室に連れ込んだと思ったらそのまま出てこず、ようやく朝になってサリーシャの手伝いをしてやってくれと呼ばれたら、そんな状態になっていたわけである。

 つまり、なんらかの理由で喧嘩して飛び出したサリーシャを怒りに任せてセシリオが自室に連れ込み、無体を働いたと思ったらしい。


「待て、クラーラ、誤解だ」

「大の大人が言い訳してはいけません! そもそも、こういうことはしっかりとけじめをつけたいと、わざわざフロアを分けたのは旦那様でしょう!?」

「それはそうなのだが……」

「絶対にダメです。挙式前にご懐妊したらどうするおつもりですか? 後ろ指を指されて辛い思いをするのはお嬢様の方なのですよ?」

「そんなことは──」


 そんなことはしないと言いかけて、セシリオはぐっと言葉に詰まった。セシリオとて一人の健康な男。隣にサリーシャが無垢な寝顔を晒してすやすやと寝ていたら、手を出さないとは言い切れない。いや、恐らく出す。

 眉根を寄せるセシリオをじとっと見据え、クラーラは腕を折って両手を腰に当てるポーズをとった。


「と言うことで、その提案はお断りします。今後一切、夜にお嬢様を連れ込ませません」

「いや。待て」

「いいえ、待ちません」


 とりつく島もなかった。そんなこんなで、あの日以降は、サリーシャが寝入るまで侍女たちによる厳しい監視体制が敷かれていたことをサリーシャは知らない。その監視が、今夜ついに解かれるのである。セシリオは万感の思いで右手を上げ、モーリスの方を向いて朗らかに微笑むと、その場を後にした。






 緊張の面持ちで色々と準備を終えて三階の寝室を訪ねると、サリーシャは肌が半分透けて見えるという極めて扇情的な夜着に身を包み、ベットの端に小さくなって座っていた。


「サリーシャ?」


 セシリオはサリーシャに優しく呼びかける。すると、サリーシャは固い表情のままパッと顔上げた。


「閣下、実は……お願いがございます」

「お願い?」


 結婚して二人きりになっても、やっぱり呼び名は『閣下』なのかとセシリオは少し、いや、だいぶ残念に思った。しかし、今はそんなことよりもサリーシャの深刻そうな表情が気になった。一体どんなお願いなのかと、セシリオは身構えた。いくら愛するサリーシャのお願いでも、この期に及んで寝室を分けたいという要望はきけない。


「あの……、こんなことはお恥ずかしい限りで大変申し上げにくいのですが、閣下には明日の朝、ゆっくりと起きて欲しいのです」

「明日の朝はゆっくりと?」

「はい」


 セシリオは確認するように聞き返すと、サリーシャは心配そうにセシリオを見つめ返した。

 新郎たる自分はサリーシャより早く起きて色々なセッティングをする必要がある。当然早く起きるつもりだったのだが、サリーシャはゆっくりと起きて欲しいと。これはつまり、そういうお願いだろうか。

 思わずにやけそうになる顔を引き締め、セシリオは優しくサリーシャに手を添えた。


「きみがそう望むなら、喜んで」

「よかったわ! ありがとうございます」


 ホッとしたような表情で、サリーシャがはにかむ。


「閣下、末永くよろしくお願いいたします」

「ああ。きみを一生大切にする」


 それを聞いたサリーシャは嬉しそうに目を細め、セシリオの手に自分の手を重ねると頬ずりしてきた。


 ──くっ、可愛い……


 その様子があまりにも愛らしく、セシリオは顔を寄せると優しく唇を重ねた。

  




 

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