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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
閑話

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二人の王都デート②

 セシリオは並んでいる望遠鏡を順番に眺めてゆき、比較的小さいものの、精緻な装飾が施された一つを手に取った。


「きみに、一つ贈ろう」

「わたくしに?」


 サリーシャはきょとんとした顔をしてセシリオを見上げた。


「これは高価なものではないのですか?」

「そうなのだが、きみはドレスも宝石もあまり欲しがらないから。これを持って、二人で出掛けようか。遠くにいる鳥なんかも、よく見えるはずだ」

「お出掛け? はい!」


 サリーシャは目を輝かせてコクコクと頷く。

 それはとても魅力的な提案に思えた。セシリオに贈られた望遠鏡を持って、二人でお出掛け。何処に行くのがいいだろう。森に散策に行って鳥や小動物を探すのもいいし、湖に行って景色を楽しむのもいい。それを考えただけで、自然と表情も綻ぶ。これから先、楽しい思い出が沢山増える予感がした。


 購入する商品を店主に頼んで包んでもらっている間、雑多に商品が置かれた店内を見回していたサリーシャは、壁の置時計に目をやった。針は午後二時四十分を指している。


「あら、大変だわ!」


 サリーシャは小さく叫ぶ。セシリオは怪訝な表情をしてサリーシャの視線の先を追い、時計を確認するともう一度サリーシャの方を振り返った。


「どうした?」

「大変です、閣下。急がないと間に合わなくなっちゃう」

「間に合わない?」


 首を傾げるセシリオの手を引き、サリーシャは大急ぎで店を後にした。


 その文房具店から歩いて少しのところに、大きな時計塔と広場がある。白い石造りの時計塔の前に石畳の広場が放射線状に広がっており、時計塔が広場のシンボルとして王都の人々に親しまれている場所だ。その広場にたどり着いたサリーシャは、息を切らせて塔の上を見上げた。時刻は午後二時五十六分。ぎりぎり間に合ったようだ。


「ここは?」

「わたくしのお気に入りの場所です。わたくしのお気に入りの場所に行きたいって、閣下が仰っていたでしょう?」


 サリーシャはわくわくしながら時計塔を見上げた。

 ここに来るのは久しぶりだ。一時期は、毎日のように通っていた。カチンと長針が右に動き、午後三時を告げる鐘が鳴る。それと共に、時計の下の小さな扉が開き、中から兵隊の格好をした人形が一体飛び出してきた。


「仕掛け時計か」


 見上げたセシリオが呟く。


「はい。一日二回だけ大きな仕掛けが動きます。初めて見た時はまだマオーニ伯爵に引き取られて間もないころでした。とても珍しくて、可愛くて、あの頃からこれが大好きなのです」


 サリーシャは人形を見上げて微笑んだ。

 兵隊人形がラッパを吹く真似をしてクルンと向きを変えて扉の中に隠れると、ハンドベルのような音色の合奏が始まる。その音楽に合わせて、今さっき兵隊人形が隠れた扉から次々に別の人形が飛び出してきた。町娘風、兵隊風、商人風……実に様々な人形が飛び出してくるが、最後に出てきたのはドレスを着たお姫様とフロックコートを着た王子様だった。それらが一列に並ぶと、その場でクルクルと回りだす。きっと、ダンスを踊っているのだろう。


 まだマオーニ邸に引き取られて間もない頃、初めてこの仕掛け時計を見たサリーシャは、王都にはこんなものがあるのかととても驚いた。そして、踊る人形達に憧れの想いをもって自分の姿を重ねたりもした。まだあの時はダンスレッスンは本格的には始まってなかったが、いつかは自分も大好きな人とあんな風に楽しそうに踊る日が来るのだろうかと夢みたものだ。


 仕掛け時計の仕掛けが動くのはものの三分ほどだ。あっという間に終わってしまい、元通りの静けさが訪れる。それに伴い、仕掛け時計を見ようと集まってきていた人々も自然と捌け始めた。


「可愛いでしょう?」

「たしかに可愛いな」


 セシリオが小さく頷く。そして、サリーシャのことを見下ろしてクスリと笑った。


「目を輝かせて見入るきみも可愛かった」


 サリーシャは軽く目を見開くと、頬を赤く染めた。


「子供っぽいと思われましたか?」

「いや? 単純に可愛らしいと思っただけだ」

「あんな風に王宮の大広間で閣下とダンスを踊るのが楽しみです」

「ダンスか……。善処しよう」


 ダンスの話になった途端に苦虫を噛み潰したような表情になったセシリオを見上げ、サリーシャはふふっと笑う。どうやら、本当に苦手意識があるらしい。でも、ダンスが上手かろうと下手であろうと、サリーシャにとって大事なのは踊る相手がセシリオであるということだけなのだ。アハマスに戻ったら、一緒にダンスの練習しよう。その時間も楽しみだ。


 時計塔を見上げたセシリオは何かを考えるように顎に手を添える。


「今思いついたんだが、記念に時計を買おうか?」

「記念?」

「ああ。結婚の記念に──」


 セシリオの申し出に、サリーシャは驚くとともにとても嬉しく思った。結婚記念にアハマス家に伝わる女主人の指輪は貰う予定だが、それはアハマス家のものであり、二人で選んだものではない。


「わたくし、懐中時計がいいです。その……、いつも身に付けておけるから」


 それを聞いたセシリオは優しく目を細める。


「では、選びに行こう。王都の方が品ぞろえがいい」

「はい」


 二人は並んで歩き始める。どちらともなく触れ合った手は、自然に絡み合って固く握られた。


 サリーシャとセシリオはその足で向かった王都で一番の時計店で、最新式の手巻きの機械式懐中時計を購入した。金製で、同じく金のチェーンが付いている。宝石がついたアクセサリーよりもよっぽど高価な品だ。


「一日一回以上、ここを巻いてください。あと、定期的に点検に出してくださいね。きちんとメンテナンスすれば、一生使えますよ」


 時計店の店主は商品を渡すときに、一通りの説明をすると人懐っこい笑顔を浮かべてそう言った。

 サリーシャは屋敷に戻ると、早速その箱を開けて中身を取り出した。ベルベットが貼られた豪華な宝石箱に収められているのは、白地に黒文字のシンプルな時計盤の懐中時計だ。裏側には今日の日付と『サリーシャへ愛を込めて セシリオより』と刻印されている。ちなみに、セシリオのものには逆が刻印されている。


「閣下、ありがとうございます。大切にします」


 サリーシャは取り出した時計をぎゅっと抱きしめる。本も望遠鏡もとてもうれしかったが、やっぱりこの懐中時計が一番嬉しい。チクタクと時を刻むこの時計が、これから先ずっと──いつまでも二人が時を共有する証のように思えて、サリーシャは自然と表情を綻ばせる。セシリオはそんなサリーシャの様子を優しく見つめていた。


「いつか閣下のお気に入りの場所にも連れて行ってくださいね」

「そうだな。前に連れて行った丘以外にも、とっておきの場所がある。少し遠いが、いつか連れていこう」

「ふふっ、楽しみです」


 そっと胸に抱き寄せた円形の宝物を離し、もう一度じっくりと眺める。幸せな約束をした二人はお互いに顔を見合せて微笑むと、ソファーで肩を寄せ合った。


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