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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
閑話

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二人の王都デート①

 朝食を食べ終えたサリーシャとセシリオは、早速中心街へ出掛けることにした。準備のためにノーラに髪を結って貰いながら、サリーシャは手元の紙を眺めた。あらかじめセシリオから聞きだした、行きたい場所のメモだ。


 本屋は王都で一番大きなお店を知っているから、そこがいいだろう。文房具店は本屋の近くにとても大きな場所があった気がする。『サリーシャのお気に入りの場所』というリクエストもあり、サリーシャは頬を綻ばせた。

 サリーシャのお気に入りの場所はいくつかある。花が美しい庭園に歌劇場、王都を流れる河川にスイーツショップ、それに美術館……。色々と思い付いてしまい、どこがいいか迷ってしまう。けれど、本屋と文房具屋に行くなら、気軽に立ち寄れるあそこしかないとサリーシャは一つの場所を思い浮かべた。


 準備を終えたサリーシャがタウンハウスの玄関に降りると、セシリオは既にそこで待っていた。白のシャツを少し着崩し、黒のズボンに赤茶色のピカピカに磨かれた革製ブーツを履いている。格好はきちんと貴族の普段着風なのに、セシリオが着ると何故か衛兵が無理に服を着せられたように見えてしまうのはご愛嬌だ。


「閣下、お持たせしました」

「ああ、構わない。──髪型を変えたんだな」

「はい。似合ってますか?」


 サリーシャは結ってもらった髪を見せるように少し後ろを向いた。先ほどの食事のときは下ろしていた髪の毛は、幾つかに分けて結い上げ、薄茶色のリボンを飾った。


「とても似合っている。きみはいつも可愛らしいが、今の髪型でもやはり可愛い」

「っ! ありがとうございます」


 セシリオの誉め言葉は相変わらず、飾らずにストレートだ。ヘーゼル色の瞳でまっすぐに見つめられて微笑まれ、サリーシャはほんのりと頬を赤く染めた。きっと、本気でそう思ってくれているのだろう。そのまま瞳から目を離せずに見つめ合っていると、パンパンと手を叩く音がしてサリーシャはハッとした。


「さあさあ、旦那様。馬車の準備が出来ておりますよ。さっさと出掛けて来てください。朝っぱらからこんなところでイチャイチャされると使用人達の目の毒です。体が大きいから存在感がありすぎるんですよ」


  タウンハウスの家令──ジョルジュが迷惑そうに外を指差す。セシリオは心外といった様子でジョルジュを見返した。


「イチャイチャなどしていない。いつもの通りだ」

「ははぁ、なるほど。いつもイチャイチャされているわけですね。遅咲きの春で浮かれるのは分かりますが、アハマスの屋敷の使用人達の気苦労が伺い知れます。わたしなんか、今すぐに妻の顔が見たくなりました」

「おまえの妻なら上にいるだろう? 見に行けばいい」


 ジョルジュの妻はこのタウンハウスで働く女中だ。上を指して眉をひそめるセシリオに対し、ジョルジュは半ば呆れ顔でため息をついた。


「そういうことではありません。さあ、行ってらっしゃいませ」


 最後は半ば強引に馬車に押し込められた。アハマス家のタウンハウスは中心地に程近い高級住宅地にあるので、目的の中心街までは馬車ですぐだ。閑静な屋敷街を抜けて五分ほどで、セシリオとサリーシャは馬車を降り立った。


「ここで大丈夫か?」

「はい。中心街の馬車置き場はここが一番便利です」


 サリーシャは笑顔で頷く。マオーニ伯爵邸にいた頃は、ノーラを連れてときどき街に買い物に来たものだ。数ヶ月ぶりに見る懐かしい景色に、サリーシャは目を細めた。


「それで、どこを案内してくれる?」

「本屋に行きたいと仰っていたので、まずは本屋です。ここはご存知ですか?」


 サリーシャが最初に案内したのは馬車置き場から少し歩いた場所にある大きな石造りの建物だった。四階建てのこの店は、このあたりで一番大きな本屋だ。中に入ると中央が吹き抜けになっており、周りをぐるりと取り囲むようにびっしりと本が並んでいる。童話から政治学の専門書まで、ありとあらゆる本が揃っているらしい。


「ずっと昔に、王都に来た際に寄ったことがある気がするな。多分、十年以上前だ」

「その時とはまた随分と品揃えが変わったと思いますわ」

「そうだな。見てみよう」


 そう言ってサリーシャを見下ろし、横を付いてくるセシリオを見上げてサリーシャは首をかしげた。


「……見ないのですか?」

「見るさ。きみが選ぶのを待ってる」

「わたくしが?」


 意味がよくわからずに見つめ返すと、セシリオは困ったような顔をした。


「以前、本を贈って欲しいと言っていただろう? ドリスにリストを作っては貰ったが、あれ以外にも実際に手に取ったら欲しいものがあるかと思ったんだ」


 サリーシャは予想しなかった言葉に目を丸くした。確かに、サリーシャは以前、セシリオに本を贈って欲しいとおねだりした。アハマスは辺境なので、王都ほど沢山の品揃えがない。そのため、執事のドリスがめぼしい本をリストアップしてくれ、サリーシャはその中から二冊ほど選んで贈って貰った。


「閣下は選ばないのですか?」

「俺は欲しいものがもう決まっている。きみも何か選んでくれて、喜んでくれたら嬉しいのだが」


 そんなふうに優しく言われたら、選ばないわけにはいかない。この素敵な気遣いにサリーシャは笑顔で頷いた。結局、サリーシャはドリスのリストにはなかった新鋭の作家の恋愛小説を一冊と、歴史小説を一冊、それに旅行記を一冊選んだ。セシリオは領地経営に関わる本と、最新の兵器を紹介した事典だ。


「ありがとうございます、閣下」

「どういたしまして。今日はきみの喜ぶ顔が見たかったから、よかった」


 こちらを見つめるヘーゼル色の瞳が優しく細まり、胸がトクンと跳ねる。歩き始めたサリーシャは片手を胸にあててチラリと横を伺い見る。まっすぐに前を見る横顔がとても凛々しく見えた。繋いだ手に少し力を込めるとすぐに気付いたセシリオがこちらを見下ろし、目が合うと二人は微笑み合った。


 次に立ち寄ったのは、タイタリア王国で一番大きな文房具店だ。筆記用具でも買うのかと思いきや、そこでセシリオが手にしたものもサリーシャの予想しないものだった。


「これは何ですか?」


 サリーシャは見慣れない筒状のものを見て、首をひねった。筒の周りには細かな彫刻が施されている。両側にガラスがはまり、見たことがない形状だ。


「これは、望遠鏡だ」

「望遠鏡?」

「ここから覗くと遠くが見える」


 セシリオが筒状のものを持ち上げて片側の穴を指差したので、サリーシャはそれを覗き込んだ。そして、目に入ったものに驚いてパッとそこから顔を離した。すぐに見た方向を確認したが、なんの変哲もない光景だ。もう一度おずおずとそれを覗き込み、感嘆の声を上げた。


「凄いわ」


 部屋の端に置かれた紙の文字が、まるで手元にあるかのように見える。とても不思議だ。まるで、魔法のようだと思った。


「アハマスでは敵の偵察のため、軍事用に使うんだが、一般的にはよく星の観察に使われているそうだ。今より倍率がいいのがあれば仕入れたいと思ってな」

「へえ……。とても面白いわ」


 天文学者という職業があるのはサリーシャも知っている。夜空にキラキラと煌めく星をこれで眺めると、一体どんな光景が目に映るのだろう。望遠鏡のすぐ脇には天球儀も置かれていた。星の動きを表したというそれは、真鍮製の丸い輪をいくつも組み合わせた不思議な形状をしていた。



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