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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
出会い編

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第五十八話 思い出の庭園

 サリーシャとセシリオは広い王宮の庭園を散歩していた。


 先ほど無事に国王陛下との謁見が終了し、サリーシャとセシリオはそれぞれ褒賞を賜った。サリーシャが賜ったのはエレナとお揃いのドレスと、それを着て王太子夫妻の結婚式の舞踏会に参加する許可、それに、王族からの直々の礼の言葉だ。そして、セシリオが賜ったのは金一封と王族からの直々の礼の言葉、そして、新たな勲章だった。


 久しぶりに歩く王宮の庭園は、やはり素晴らしかった。上から見ると左右対称の幾何学模様のように見える庭園は、遊歩道を歩くと美しい花々と緑のコントラストが完璧までに計算しつくされている。足元を彩るパンジーやビオラ、その奥には少しだけ背の高いガーベラやアリウムが咲いている。そして、一番奥にはルピナスが紫色の花を咲かせていた。

 緑色の背の高い植栽は庭園の区画を区切るのに利用されており、花の園を抜けたと思えばその向こうには見事な噴水が広がり、かと思えば他方はガゼボが設えてあり、穏やかな時を刻んでいる。一部は植栽を用いた迷路など、余興にも使えるようになっていた。


「閣下。勲章の授与、おめでとうございます」

「ありがとう。だが、もう正装用の軍服が勲章だらけなんだ。付ける場所が殆ど残っていない」


 肩を竦めるセシリオを見上げて、サリーシャはふふっと微笑む。セシリオの正装用の軍服姿はピース・ポイントに向かうときに着ているのを見たが、確かに衣装の上側半分が勲章で埋め尽くされていた。


「閣下のあの軍服の正装姿は、とても素敵なので好きです」

「そう? なら、今日も軍服で来ればよかったかな?」


 そう言いながらセシリオは自分の姿を見下ろす。セシリオが着ているのはよくある貴族の正装用の黒い礼服だ。これはこれで素敵なのだが、サリーシャはやっぱり深緑の軍服を着たセシリオがもっと素敵だと思った。


「今日のそのお姿もとても素敵ですわ。でも、あのお姿はもっと素敵です。思わず見惚れてしまいましたわ」


 視界の端に、セシリオが耳の後ろのあたりを掻くのが映った。よく見ると、ほんのりと耳が赤い。好きになった人は勇敢で、誠実で、優しく、そしてちょっぴり可愛らしい。世界一魅力的な人だと思った。


「──わたくし、閣下とここをお散歩できるなんて、夢みたいです」

「これからは、定期的に来ようと思う。きみも、殿下やエレナ様に会いたいだろう?」

「いいのですか? 領地をだいぶ不在にしてしまいます」

「不在にしても大丈夫なように、事前に調整して仕事をこなすようにする。流石に、年に何度もは無理だが、二年に一度くらいは顔を見せろと殿下にも言われた」


 不安げに見上げるサリーシャを見下ろして、セシリオは微笑んだ。こんなふうにサリーシャを気にかけてくれるところも、堪らなく好きだ。


 その後もしばらく散歩を楽しんだセシリオとサリーシャは、懐かしい場所の前で足を止めた。


 庭園の外れのそこは、生け垣がL字を組み合わせたような形になっており、中の様子はうかがえない。そこを目にしたサリーシャは、グイグイとセシリオの手を引いた。

 サリーシャは、ここはとても背が高い生け垣で囲まれていると記憶していたが、久しぶりに訪れると生け垣の高さはサリーシャの背と同じくらいだった。けれど、雑草一つない王宮の庭園でここだけはシロツメクサが沢山咲いているのは変わらない。


「花冠を作る?」

「作ってもいいですか?」

「もちろん」


 そう言われ、サリーシャは久しぶりにシロツメクサを摘み取った。昔やったように、軸を一本作るとその周りに順番に花を巻き付けてゆく。セシリオはあの時と同じように横になってサリーシャの様子をのんびりと眺めていた。


「アハマスに戻ったら、すぐに結婚式だ。きみの花嫁姿を見るのが楽しみだな」


 セシリオがそう呟いたので、サリーシャは花を巻き付けている手を止めてセシリオを見た。ヘーゼル色の瞳が優しくこちらを向いている。


「首まで覆われた、クラシックなデザインですわ。わたくしが我儘を言ったから、今、仕立て屋さんが頑張って手直しをしてくれています。飾りを増やして貰いたくて」

「満足いく一着は出来そうか?」

「はい。とても楽しみですわ」


 笑顔で頷くサリーシャを見て、セシリオは微笑んだ。


「それはよかった。きみ自体が華やかだから、どんなドレスでも似合うだろう。俺の花嫁は間違いなく、世界一美しい花嫁だ。ドレスも世界一の仕上がりに違いない」


 サリーシャはほんのりと頬を赤く染める。

 セシリオに言われると、本当にそんな気がしてくる。ほんの些細なものも、彩りを増して素敵に感じるのだ。サリーシャはふと、作りかけの手元の花輪に視線を落とした。まだ花冠と呼ぶには短いが、腕輪くらいにはなる。それを、くるりと丸めて花輪にした。


「……わたくしは、フィリップ殿下の横に立つためだけにこの世界に入ったのだとずっと思っていました。──あの時は、お行儀やら文字やら刺繍やら、とにかくお勉強が大変で……。幼かったわたくしには辛いことも多かったのです」


 セシリオは何も言わず、静かにサリーシャの話に耳を傾けている。


「けれど……、最近はこう思うのです。わたくしは、きっと閣下と出会うためにこの世界に入ったのではないかと」


 サリーシャはこの貴族の世界に、フィリップ殿下の隣に立つためだけに送り込まれた。


 ずっとそう思っていた。

 けれど、辛かった礼儀作法のお勉強も、絶望に浸ったあの事件も、すべてはこの人に出会うためだったのではないかと思えば、不思議といい思い出になったような気がした。

 王宮の大広間は、サリーシャが刺された場所でもある。フィリップ殿下の結婚式の舞踏会に行くのは正直怖いけれど、セシリオが一緒ならば、それさえも大丈夫な気がした。


 嫌な思い出も、辛かった思い出も、全てが素敵なものへと塗り替わってゆく。

 幸せな未来など思い描けなかったのに、今ならそれが掴める気がした。

 そして、それはきっとこれからも続くだろう。


 セシリオはサリーシャを見つめ、少し首を傾げた。


「サリーシャ。それは少し違う」


 そして、体を起こすと手を伸ばし、いつものように優しく頬を撫でる。


「俺の隣で幸せになるため、だろう?」


 本当にこの人は、と思う。いつだって、サリーシャの一番喜ぶ言葉をくれるのだ。


「あなたの全てに敬意を表して、そしてわたくしの持てる全ての愛を込めて、これを」


 サリーシャは花冠と呼ぶには少し小さな花輪をセシリオに差し出す。セシリオは少し目をみはり、それを受け取る。そして、口の端を持ち上げてサリーシャの耳元に顔を寄せた。


「ありがとな。俺の愛しいレディ」


 ゆっくりと唇が重なり合う。

 あの日のように小鳥が囀り、優しい風が木々を揺らしていた。



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