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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
出会い編

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第五十七話 謁見

 サリーシャがエレナに連行されて裁縫所であーでもない、こーでもないと生地選びをしていたころ、セシリオはフィリップ殿下に呼び出されて殿下のプライベートエリアを訪れていた。

 王宮の裏側に位置する王族専用プライベートエリアは、たとえ高位貴族であっても許可なしに立ち入ることは許されない。許されるのは、王族の身の回りの世話をする侍女や使用人、特に重用されている側近、それに、直々に立ち入ることを許可された一部の貴族のみだ。


 王宮は上から見ると、横が長く、縦が短いT字のような形をしている。中央に謁見室などがある中央棟があり、両翼廊で繋がる左右に各種の執務エリアが、そして、中央棟の裏側には渡り廊下で繋がった少し出っ張った建物があり、それが王族専用のプライベートエリアだ。


 案内する侍女の後を歩きながら、セシリオはふと回廊から見える景色に視線を移した。


 プライベートエリアと中央棟は屋根のついた回廊で繋がっている。白亜の柱が両側に建ち並び、その間から見えるのは王宮の庭園だ。

 花の咲き時や全体の調和を完全に計算された美しい庭園。緑の植栽が幾何学模様に並んだ先には、バラ園があるのが見えた。遊歩道側から見ると雑草など一切ない、手入れの行き届いた完璧な庭園だ。しかし、これだけ広いと、裏側を見ると手が行き届いていない場所もいくつか出てくる。


 全面を覆う芝生の緑を眺めていると、かつてここを訪れた時に出会った、愛らしい少女の姿が脳裏に蘇った。キラキラとした金髪をハーフアップにして後ろで一つに纏め、夢中になって花冠を作っていた。時折、作り途中の花冠を自分の頭に合わせては何度も長さを調整し、思い出したようにちらちらとセシリオの方を見る。そして、最後に笑顔でセシリオに完成したばかりの花冠をプレゼントしてくれた。

 きっとあの時にあの少女──サリーシャに会わなかったら、セシリオは今も多くの人間を殺めた自分の行動が正しかったのかと、自分はただの人殺しなのではないかと自責の念に(さいな)まれていただろう。


 回廊が終わり王族の居住棟へ入ると、そこはひっそりと静まり返っていた。広い廊下の両側には王室お抱えの芸術家が作った彫刻や陶器など、一流の美術品が置かれている。その廊下に面したドアの一つの前で、侍女は立ち止まりトントンとノックをした。


「アハマス辺境伯をお連れしました」

「入れ」


 侍女がドアを開けると、そこは応接室だった。王族の部屋に相応しい豪華な部屋には、大きな応接セットが置かれ、そこにフィリップ殿下が足を組んでくつろいでいた。 


「待ちわびたぞ。掛けてくれ」


 フィリップ殿下は組んでいた長い足を戻すと、笑顔で立ち上がって目の前のソファーを指さす。セシリオがそこに座ると、しばらくして侍女が紅茶を運んできた。


「本当は早速酒でも飲み交わしたいのだが、陛下の謁見前に酔っぱらうわけにもいかぬ。紅茶だが、まあくつろいでくれ。酒はまた後で」


 出された紅茶からはとても芳醇な香りが漂ってきた。セシリオの屋敷で使っている紅茶も高級品だが、これは間違いなく最高級品だろう。そもそも、サリーシャが来るまでは、食べ物に無頓着なセシリオの屋敷には高級紅茶もなかった。


「それで、父上に謁見する前に褒賞の最終確認だ。陛下から賜った後に変更は出来ないからな」

「先に書簡でお伝えしたとおりです」

「それは読んだ。なかなか強気な要求だな」


 フィリップ殿下はくくっと笑い、肩を震わせる。

 フィリップ殿下はアハマスを去る前に、何か褒賞で欲しいものがあれば言って欲しいとセシリオに伝えた。それを受けてセシリオが要求したものは二つだ。

 

 一つ目は、アハマスがブラウナー元・侯爵から買い取った武器や防具の一部を王室で買い戻すことだ。

 ブラウナー元・侯爵がアハマスに売りつけた武器や防具の総額は、アハマスの年間の領地収入に匹敵するほどの額になっていた。いくらブラウナー元・侯爵が拘束されようとも、その武器や防具を依頼を受けて制作した鍛冶屋たちに罪はない。お金を支払わなければ、彼らがとばっちりを受けて路頭に迷ってしまうのだ。

 しかし、ブラウナー元・侯爵の中間手数料がなくなったとしてもその総額をアハマスが支払うとなると、相当の額になる。それこそアハマスの領地経営に支障が出るレベルだ。そのため、セシリオは王室に武器や防具の買取を求めた。国に没収されたブラウナー元・侯爵の私財でも充てるべきである。


 二つ目は、アハマスと王都との街道の整備だ。

 アハマスと王都の間には街道があるが、お世辞にも整備された美しい道路とは言い難い。途中の回り道も多く、元々遠いアハマスが余計に遠くなっている。セシリオが王都に滅多に訪れないのも、あまりに時間がかかりすぎることが原因だった。

 街道の整備は間違いなくアハマスの活性化に繋がる。しかし、途中は他領となるため、セシリオの一存では整備することができないのだ。


「これを両方やろうと思ったら、国家予算レベルの金が動くことになるぞ?」

「少なくとも武器と防具の買取はやっていただかねば困ります。アハマスが潰れてしまう」


 眉根を寄せたセシリオは憮然とした表情で懐から今回購入した武器や防具の一覧表を取り出した。マスケット銃を始めとして、数えきれないほど品目が並んでいる。これらは王室からカモフラージュを要求されたから購入したものだ。フィリップ殿下はそれを一瞥すると、殆ど見ずに端に寄せた。


「分かっている。これらについては一度国で買い戻してから、一部を王都の兵に配備して残りはアハマス家以外の辺境伯達に買取をしてもらうことで話を通した。希望通り、購入分の四分の三を引き受けよう。だが、褒賞というにはやや異質ゆえ、購入の全額分を金一封として賜うこととする。手元に残った武器類は好きにしろ」

「ありがとうございます。助かります」


 セシリオはほっと息をつく。

 これで領地経営が立ち行かなくなることも、借金まみれになることも回避できる。残る四分の一の武器と防具は国からの支給品のようなものだから、アハマスの防衛のために有効に使用すればよいだけだ。


「ブラウナーも随分と沢山集めたものだ。没収した私財では到底賄いきれなかったぞ。そもそも、散財のしすぎで財産など殆どなかったがな」


 フィリップ殿下はふうっと息つく。

 セシリオはそれを聞き、複雑な心境だった。ブラウナー元・侯爵は先の戦争で巨万の富を手にいれたはずなのに、十年も経たずに使い果たしたことになる。

 人間、一度贅沢に慣れるとなかなか生活水準を落とすことは出来ない。だからこそ、なんとしても金と権力を手にしたかったのだろう。

 たとえそれが人を殺めることに繋がったとしても。


「それで街道だがな、確かに俺もあの道のりを実際に往復して、整備しなおす必要があるとは感じた。街道が整備されてダカール国と貿易が盛んになれば経済効果や政治的な恩恵もあるしな。だが、こちらにも条件がある」

「条件?」

「もっと王都に来い。そうだな、最低二年に一回は王宮の舞踏会に参加しろ。それが条件だ」

「──いいでしょう。元より、サリーシャが少女時代を過ごした王都に行きたがると思ったのでお願いしたまでです」

「サリーシャのため?」

「それも、理由の一つです」


 そう言って紅茶を一口飲んだセシリオを見て、フィリップ殿下はふっと表情を緩める。


「お前たちは本当に、お互いのことが一番なのだな。サリーシャの望む褒賞も、アハマス卿を一番に考えたものだった」

「サリーシャの? エレナ様と同じドレスではないのですか?」


 セシリオは怪訝な表情で聞き返した。

 セシリオはサリーシャから、褒賞のことは何も聞いていなかった。先ほどサリーシャは一人でエレナにどこかへ連れていかれたのだが、エレナは『褒賞にサリーシャ様とお揃いのドレスを作ろうと思いまして』と笑顔で言っていた。


「ドレスは表向きだ。サリーシャは俺がアハマスを去る日になんと言ったと思う? 『閣下とアハマスの兵士が二度と戦争に行かずに済むように、ダカール国との友好に尽力することをお願いします。望むことはそれだけです』と。流石にそれは褒賞としては与えられぬ。だが、俺の目が黒いうちは必ず守ると約束する」


 セシリオは思ってもみなかった話に、目をみはった。そして、フィリップ殿下に頭を垂れた。


「……そうですか。とても有難いお話です」

「よい。上に立つ人間が国の為に力を尽くすのは当然のことだ。俺やエレナとしても、定期的にアハマス卿とサリーシャに会えるのは嬉しいことだしな。──アハマス卿。また昔のように、たまに剣の稽古をつけてくれるか?」

「勿論です」


 フィリップ殿下はその返事を聞くと、朗らかに微笑んだ。そして、壁際の機械時計を見る。


「そろそろ女性陣のドレスの生地選びも終わったことだろう。陛下の元へ謁見へ行こう」


次話で完結です。今夜投稿する予定です(^-^)

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