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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
出会い編

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第五十五話 王都

 マオーニ伯爵邸から旅立ったときとは全く逆の道を進むこと十一日間。長い長い森林地帯と幾つもの町や村を通り過ぎ、ようやくサリーシャはかつて長らく過ごした王都へと足を踏み入れた。


 馬車から見える街並みは、ここを去った数ヶ月前と何ら変わらない光景を映している。流行の最先端を扱うお洒落なブティック、美しい宝石を扱う宝飾品店、花飾りや羽飾りを施した婦人用帽子店……

 通り沿いの歌劇場には、ちょうど今シーズンに上演中の演目のポスターが貼られていた。ポスターの中ではパイプを手にした貴婦人が通りを眺めて笑っている。その前に立っているのは若い貴族のカップルだろうか。腕に手を回して談笑しながら店に入る、身なりのよい男女の姿も見える。そこを行きかう人々は皆一様に笑顔で、人々の平和な暮らしが窺えた。


 豪華な八頭立ての馬車は、整備された道路を軽やかに進む。


 サリーシャとセシリオはまずは王都にあるタウンハウスに訪れた。アハマス辺境伯家のタウンハウスはサリーシャの住んでいたマオーニ伯爵家のタウンハウスとは中心街を挟んで反対側に位置していた。しかし、どちらも貴族や裕福な商人を始めとする富裕層の屋敷が立ち並ぶ、高級住宅地だ。


「これはこれは。ようこそ、奥様」


 タウンハウスで出迎えた家令の男性──ジョルジュは、サリーシャを出迎えるとそれはそれは嬉しそうな笑顔を見せて歓迎した。ドリスの甥と聞いていただけあり、どことなく雰囲気が似ている。サリーシャはまだ結婚していないので正確には『奥様』ではないのだが、ジョルジュの嬉しそうな笑顔を見ると否定するのも悪い気がして、そのままにしておいた。


「旦那様にこんなにお美しい奥様が! このジョルジュは喜びのあまり、言葉も出ません」

「まあ、ありがとう」

「いやいや、本当にお美しい。旦那様、いつの間にこのようにお美しい奥様を見初められたのです? ちっとも領地を出ていないのに。ああっ! まさか! ここに寄らずに秘密で王都に!?」

「そんなことはしていないぞ」


 ハッとしたように動きを止めて傷ついた顔をしたジョルジュに、セシリオがすかさず否定する。『言葉も出ない』と言ったわりにはとてもよく喋る、明るい家令だった。セシリオの否定の言葉を聞き、こめかみに指をあてて首を傾げた後に、ポンと手を打った。


「わかりました! どこかで一目惚れして文通で愛を深めたのですね? いやいや、旦那様も隅におけない」


 ジョルジュは独り言ちるとうんうんと首を縦に振り、勝手に納得している。サリーシャとセシリオは顔を見合わせて、苦笑した。


「旦那様は社交シーズンも滅多にこちらにお越しにはなりませんからね。それが今年はこれで二回目です。奥様がいらしたからですね。喜ばしい限りです」


 にこにことしながらそういうジョルジュの話を聞きながら、サリーシャはもう一度ちらりとセシリオを見上げた。セシリオは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 フィリップ殿下の婚約者を目指すように言われていたサリーシャは、王宮で開催される舞踏会にはほぼ必ず参加していた。思い返してみると、確かに、一度もセシリオと会った記憶はなかった。

 これだけ体格がよく、顔に傷があり髪も短髪という目立つ風貌だ。舞踏会で会っていれば忘れるはずはない。少なくともサリーシャが十六歳で社交会デビューしてからは、セシリオは一度も社交パーティーに参加していないはずだ。王都に来るのが今年二回目ということは、一回目はサリーシャに婚姻の申し込みをしに来たときのことだろう。


「王都は遠いだろ? それに、パートナーを探すのが面倒だったから」

「確かに遠いですわ。でも、次回からはわたくしがいるからパートナー役を探す手間は省けますわね?」

「それもそうだな。──ダンスの練習をしないと……」


 そう言ってセシリオはしかめっ面をした。どうやら、ダンスがあまり得意ではないようだ。セシリオの意外な弱点がわかり、サリーシャはふふっと笑みを零した。



 タウンハウスで旅支度から正装に着替えて、二人は馬車を乗り換えて今度は王宮へと向かった。


 城下の町から真っ直ぐに伸びる街道と王宮の敷地の間には、荘厳な門が構えてある。金属製にも関わらず精緻に彫刻が施されたそれは、ただの門にも関わらずいかほどの価値があるのか、想像もつかない。

 ギギギっと重い門が開くと、その先に見えるのは石畳で平らに整備された長い街道。そして、少し視線を上げた先に見える王宮は、外見を見ただけで華やかな内装だと想像がつく、重厚な建物だ。


 サリーシャは少しだけ馬車から身を乗り出すと、その景色をよく見ようと目を凝らした。

 白に近いクリーム色の外壁は、タイタリア国内各地の良質な石材を使用し、至る所に石彫刻が施されている。中央部分は一際屋根が高くなっており、一番上層階にはタイタリア国王がいる謁見室がある。下層部には舞踏会や重要行事を行う大広間があり、あの日サリーシャが刺された場所でもある。

 左右対称に広がる両翼廊の先にはこれまた重厚な建物が見え、この王宮の豪華絢爛さを強調していた。一つは国の政治・経済を担う文官たちが働く建物、もう一つは各種の研究所や軍関係の施設が入っているという。

 そして、ここからは見えないが、中央の高い建物の裏側に王室の関係者が暮らしている。


「サリーシャ。あんまり顔を出すな」

「あっ、はい」


 いつの間にか頭を半分以上馬車から出していた。腹部に逞しい腕が回され、ぐいっと馬車の中に引き戻される。ぱっと振り向くと、思った以上に近い距離にセシリオの顔があり、カーっと頬に熱が集まるのを感じた。

 

「懐かしいのは分かるが、危ないだろう。何かにぶつかったらどうする?」

「ごめんなさい。つい」


 サリーシャは叱られた気恥ずかしさと、近すぎる距離にどぎまぎして俯いた。セシリオはそれを、サリーシャが落ち込んだのだと勘違いしたようで、子供にするように頭を撫でてきた。大きな手が、何回か頭頂部を往復してから、絡めるように指で髪をすく。


「……必要な用事が終わったら、王都を見て回ろうか? アハマスに無いものも、ここには色々とあるだろう。欲しいものがあれば、きみに贈ろう」

「閣下と一緒に? 王都を?」

「ああ。ただ、俺よりきみの方が王都には詳しいだろう。エスコート役には物足りないかもしれない」

「全然構いませんわ! だって、閣下はアハマスを案内して下さったではありませんか。今度はわたくしの番ですわね。そうだわ、わたくし美味しいケーキ屋さんを知っておりますのよ。宝石みたいに可愛らしいスイーツが、それはそれは沢山ありますの」


 表情を明るくしたサリーシャが横を見上げると、こちらを優しく見つめるセシリオと目があった。


「サリーシャのお気に召すままに。どこを案内してくれるのか、楽しみにしておく」


 そう言われて微笑まれ、トクンと胸が鳴る。

 サリーシャは咄嗟に自分の胸に手をあてた。セシリオに恋していると自覚してからもう幾日もの日々が経っているのに、慣れるどころかときめきは増すばかり。どんどん好きになってしまい、自分ではどうしようもない。


「閣下は、ずるいわ」

「? なに? 聞こえなかった。どこに行きたい?」


 怪訝な表情をしたセシリオが聞き返してきたが、サリーシャはプイッとそっぽを向いた。馬車の中は車輪が回る音や馬の蹄の音が響いてくるので、案外騒がしいのだ。


「サリーシャ、どうした? 暑い? 顔が赤い」


 セシリオは僅かに眉を寄せた。サリーシャの顔を自分に向けさせると心配そうに覗きこみ、最後にそっと頬を撫でる。


 ほら、やっぱり。とサリーシャは思う。

 無自覚にこんなふうに優しく触れて、益々自分を夢中にさせるのだ。自分ばっかりがセシリオを好きな気がして、なんだか悔しい。こんなに夢中にさせるなんて、一体どうしてくれようか。 


 王都とアハマスの物理的距離と、パートナー役を探す煩わしさから、セシリオは社交パーティーに全くと言っていいほど姿を現さないでいてくれた。そのことに、感謝せずにはいられない。独身のままで残っていてくれたことが、奇跡的に思えた。

 しっかりと上がった眉も、鋭い目付きも、スッと通った鼻梁も、頬に残る古傷さえも、全てが素敵に見えるのだ。


 サリーシャは返事をする代わりに、ぽすっとセシリオの肩に頭をのせた。すると、抱き寄せるように伸びた大きな手が、労るように何度も何度もサリーシャの頭から肩までを撫でる。時折、弄ぶように指に絡めているのか、僅かに髪を引かれる感覚がした。


 サリーシャは視界に入ったセシリオのもう一方の手に手を伸ばすと、自分の方へ引き寄せた。両手で包み込んで(もてあそ)ぶと、セシリオはされるがままに大人しくしている。剣とペンを握るせいでまめだらけの手は、固くごつごつとしている。掌を見ると、指の付け根の下のあたりは皮膚が分厚くなっていた。けれど、この手が誰よりも優しい手であることをサリーシャは知っている。


 二頭立ての華奢な馬車はカタカタと軽快に進む。


 心地よい揺れが車体を揺らし、宮殿の馬車寄せにはあと数分で到着だ。サリーシャはその大きな手を華奢な指でそっとなぞり、束の間の幸せな時間に酔いしれた。


  

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