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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
出会い編

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第四十八話 拘束

 突然現れたフィリップ殿下は、セシリオの陰に隠れるようにいるサリーシャと目が合うと懐かしそうに目を細めた。しかし、その表情はすぐにこわばったものへと変わる。サリーシャの様子がおかしいことに、気付いたのだろう。サリーシャから目を逸らすと、観察するようにセシリオとブラウナー侯爵の顔を交互に見比べた。


「今さっきアハマス卿とともにここに到着して客間にいたのだが、いつまで経ってもアハマス卿が来ないと思ったら、ここで随分と珍しいものを用意して演習していると聞いてな。待ちきれずに来てしまったぞ。俺にも見せてくれ」


 その表情はすでにいつもと変わらず穏やかで、優しげだ。しかし、サリーシャには長年の付き合いからフィリップ殿下の浮かべる笑みが上辺だけのものであることに、すぐに気がついた。なによりも、あの澄んだ泉のような青い瞳が氷のように冷ややかだ。


 呆けたような表情を浮かべていたブラウナー侯爵は、慌てたように頭を垂れる。ここに来てからふてぶてしい態度しか見ていなかったサリーシャは、その様子を見て目の前の人の変わり身の早さに驚いた。

 しかし、大方の貴族はこんなものかもしれない。養父であるマオーニ伯爵も、自分より高位の貴族にはいつもペコペコと頭を下げていた。


「これは殿下。なぜここに……?」

「ここにいる人々に、いろいろと用事があったのだ。ここに俺がいると、なにか都合が悪いか?」

「いえ。そのようなことはございません」


 明らかに動揺しているブラウナー侯爵はぐっと口ごもる。フィリップ殿下はゆったりとした動作でブラウナー侯爵に近付くと、興味深げにその手に握られたものを眺めた。


「これがフリントロック式のマスケット銃か。王宮にもまだ殆ど配備されていない。俺も実物を見るのはまだ数回目だ。見てもよいか?」

「はい」


 フィリップ殿下はブラウナー侯爵からマスケット銃を受け取ると、じっくりとその銃身を眺めた。いつの間にか、フィリップ殿下のまわりには十人以上の近衛騎士が囲んで立っている。フィリップ殿下は一通りのパーツを眺めてから、それをブラウナー侯爵に返した。


「使い方を教えてくれ」

「もちろんです」


 ブラウナー侯爵は先ほどサリーシャに教えたことをもう一度フィリップ殿下に説明してゆく。横に立つフィリップ殿下は感心したようにそれを聞いていた。


「なるほど。大したものだな。素晴らしい銃に関する知識だ」

「身に余る光栄にございます」


 ブラウナー侯爵は褒められて気を良くしたのか、満足げに微笑んで一礼をした。


「そんな素晴らしい知識を持つブラウナー卿に問う。ブラウナー領にあるクロール村出身、アドルフという男を知っているか?」

「? いえ、存じません。クロール村は我が領地ですが、村人の一人ひとりまで覚えておくことは流石に無理です」

「そうか? なんでも、狩りの名人で、その男にかかれば猪でも短刀で仕留められると、隣町まで評判になるほどの男だったらしいんだ。一度も聞いたことがないか?」


 フィリップ殿下が不思議そうに言うと、ブラウナー侯爵の顔が一瞬でこわばった。フィリップ殿下はゆっくりと話を続ける。


「その男がな、病気がちな妹の治療費に困っていたところ、半年ほど前に金貨五十枚という破格の報酬でどこかの金持ちに雇われたらしいのだ。おかげで妹は元気になったが、いつまで経っても本人は戻ってこないという。どこへ行ったと思う?」

「……わたしには分かりかねます」

「ほう? ……貴方なら知っていると思ったのだが、不思議なことだ」


 フィリップ殿下は大げさなほどがっかりした表情を見せると、両手を天に向けて肩を竦めて見せた。そして、気を取り直したように再びマスケット銃に興味を示した。


「このマスケット銃を今回の開戦に合わせ、何丁用意した?」

「五千丁にございます」

「五千丁? そんなにか。確か、大砲もあったな。先ほど、ここへ到着する前に貴方が納品した倉庫をアハマス卿に案内してもらい、俺も少し見せてもらった。あれだけの数を揃えると、壮観だな。さすが、()()()()()()()()着々と集めていただけある」


 感心したように、フィリップ殿下は笑顔を見せた。ブラウナー侯爵は人形のように表情を消したまま、フィリップ殿下の顔をじっと見つめている。


「ブラウナー卿。試しにこれで撃って見せてくれ。さぞかし、素晴らしい破壊力なのだろうな?」

「殿下。残念ですが、こちらには今、弾が入っておりません。先ほど誤発射してしまいました」

「ふざけるなっ! サリーシャに向けて撃っただろう!?」


 語気を荒らげたセシリオに対し、ブラウナー侯爵は肩をすくめてみせる。


「だから、それは事故による誤発射ですよ。サリーシャ嬢に当たりそうになったことは謝罪しましょう。いやはや、本当に肝が冷えました」

「ほう? サリーシャに?」


 セシリオが殺気立ち、フィリップ殿下がピクリと片眉を上げる。サリーシャは先ほどの恐怖が蘇り、握ったままだったセシリオの軍服をぎゅっと握り直した。セシリオの大きな手が、もう大丈夫だと安心させるようにサリーシャの背中を何度も往復した。


「ちょうどよく、そこにもう一丁あるではないか」


 フィリップ殿下がサリーシャがへたり込む足元のマスケット銃を指差した。サリーシャはゴクンと息をのむ。これを撃ってはならない。撃った人間は、恐らく死ぬ。だが、恐怖で身がすくんで言葉が出てこなかった。ブラウナー侯爵はピタリと動きを止めたまま、フィリップ殿下を見返すだけだ。


「どうした? やってはくれぬのか?」

「──そちらも、弾が……」

「そうなのか?」


 少し首をかしげたフィリップ殿下はサリーシャの足元のマスケット銃に手を伸ばす。サリーシャは「駄目よ」と言おうとしたが、それは声にはならなかった。首をふるふると振ると、それに気付いたフィリップ殿下は僅かに目をみはって、サリーシャとマスケット銃を見比べた。

 そして、サリーシャを見つめてふっと表情を緩めると、すくっと立ち上がり銃をじっくりと確認するように観察した。


「弾は入ってるようだぞ」


 ブラウナー侯爵の顔が歪む。 


「そうでしたか? しかしながら、わたしはこの銃でないとどうも調子がでません。……新しい弾をとりに行ってもよろしいでしょうか?」

「なぜ新しい弾を用意する必要が? 貴方の仕入れたものであれば、どれも信頼性も調整具合も間違いないだろう? それとも、貴方の用意する武器は個々でそれほどまでに性能差がある扱いにくいものなのか? 俺は、今すぐに、ここでこれを撃って見せろと言ったんだ」


 その声は、サリーシャの知る優しい友人の声とは似ても似つかぬほど冷徹な響きを帯びていた。一度も聞いたことのないような、冷たく、しかし命令に背くことを絶対に許さないかのような王者の声。

 目の前の人が自分の知る友人とは違う人間に見えて、サリーシャの体は無意識にまた震えだした。サリーシャを包むセシリオの腕に力がこもる。


 それでもピタリと足に根が張ったかのように動かないブラウナー侯爵を見つめ、フィリップ殿下はつまらなそうに片手を上げた。


「なんだ、やらぬのか。つまらぬな」


 そして、上げていた右手の指をパチンと鳴らす。


「余興はやめだ。その者を、捕らえよ」


 次の瞬間、白い騎士服を着た近衛騎士達が一斉にブラウナー侯爵を取り囲み、あたりは大混乱になった。しかしエリート騎士達より一足先に、一瞬でブラウナー侯爵を捻り上げて床に押し付けたのはセシリオだった。


「何をする! 無礼者が!!」


 地面に押し付けられたブラウナー侯爵が真っ赤な顔で怒鳴り散らす。サリーシャは一体何が起こったのか分からず、呆然とその様子を見守った。


「無礼者はお前だ。どれだけ俺の領地で好き勝手するつもりだ?」


 地を這うような怒声が響き渡り、空気がビリビリと震える。ブラウナー侯爵は地面に這いつくばりながら、目だけぎょろりと動かし、サリーシャを睨み付けた。


「お前さえ……お前さえいなければ、全て上手くいってたのに……」

「黙れ!」


 ブラウナー侯爵の言葉にセシリオが激昂して、あたりに地を震わせるような怒声が響いた。ついでブラウナー侯爵が悲鳴を上げたが、サリーシャには何が起こったか、もはやわからなかった。

 拘束用ベルトで締め上げられたブラウナー侯爵が近衛騎士達に引き渡されて連行されてゆく。サリーシャはその一部始終を、ただただ小さく震えながら眺めていることしかできなかった。


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