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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
出会い編

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第四十七話 再会

 昨日からずっと働きづめだったセシリオは、ようやく屋敷に到着するとほっと一息をついた。


 本来であればピース・ポイントに昨日行き、会談後に一泊して今日の午後に戻る予定だった。サリーシャに早く会いたいので多少早く到着するくらいの無理はするつもりでいたが、ここまでの強行軍をする予定はなかった。その予定が狂ったのは、王室からの使者と昨日屋敷を出た直後に遭遇したことが原因だ。


  それは、全くの偶然だった。


 ピース・ポイントに向かうため馬を走らせていたセシリオ達一行は、出発してから程なくして街道の向かいから一騎の騎馬が駆けてくるのに気付いた。暗い色が多い軍服のなかでは異色な、華やかな白い衣装には見覚えがある。タイタリア王室直属の近衛騎士の制服だ。


「止まれ!」


 セシリオは片手を上げて部下たちを制止した。手綱を引かれたことにより、馬たちは嘶きながら足踏みをし、街道の土が舞い上がって土埃が視界を覆う。

 近衛騎士はセシリオ達の一行の一人が持つ旗章に気付くと、馬を止めた。こげ茶色の軍馬は所々に泥が飛び散り、随分と薄汚れていた。きっと、かなり馬を急がせて来たのだろう。


 セシリオの顔を見てハッとした表情を見せたその騎士は、近衛騎士らしく細身ながら締まった体躯の凛々しい男だった。黒い瞳を凝らすようにセシリオの胸の徽章を確認し、もう一度セシリオの顔を見つめると目を細める。


「これは、もしやアハマス閣下でいらっしゃいますか?」

「いかにも俺がアハマス領主のセシリオ=アハマスだ。王室からの使いと見たが、何か用か?」

「フィリップ殿下からの親書を届けに。殿下も追ってこちらに到着いたします」

「親書? 殿下が追って到着?」


 セシリオはすぐには状況が分からず、訝し気に眉をひそめた。

 近衛騎士は王室直属のエリート騎士団であり、その近衛騎士がわざわざ親書を届けに来るというのは異例なことだ。それだけでも訝しむには十分だが、それ以上にセシリオが訝しんだのは『フィリップ殿下が追って到着する』という部分だった。王族がこんな辺境の地に自ら足を踏み入れることなど、事前に計画された視察以外ではそうそうあることではない。


 セシリオは目の前の近衛騎士が懐から取り出して差し出した親書を受け取ると、宛先と差出人、そして、封蝋を確認した。宛先はセシリオ、差出人はフィリップ殿下、そして、封蝋には見慣れた王室の印が刻印されており、それは太陽の光の下で見ると黄色味を帯びてみえた。


 すぐにその親書をその場で開き、中身を確認した。そこには、フィリップ殿下が早ければ明朝、アハマス領入りすること、アハマス領主館に到着するまでブラウナー侯爵を帰してはならないこと、ピース・ポイントから戻ったら直ちに武器庫に今回購入した全ての武器を格納し、何人(なんびと)たりとも触らせてはならないことが書かれていた。恐らく、王都を出てアハマスに向かう途中でセシリオからピース・ポイントに行く旨の手紙を受け取り、その返事として書いたのだろう。


「一体、どういうことだ?」


 セシリオは親書を畳むと眉を寄せて独り言ちた。

 フィリップ殿下の婚約披露式典での襲撃事件の総指揮官をしている殿下本人の突然の来訪。ブラウナー侯爵を帰すなとの言及。そして武器庫への接近制限。それらのことから導き出される答えは、一つしかないように思えた。


「すぐに、モーリスにこれを届けてくれ」


 険しい表情を浮かべたセシリオはすぐに部下の騎士の一人を指名して、アハマスの領主館へ伝令のために戻らせることを決めた。モーリスであれば、セシリオに代わってあちらに気付かれないように上手く立ち回ってくれるだろう。


 セシリオはこのとき、サリーシャに危険が迫るなどとは、露にも思っていなかった。


 つい先ほどフィリップ殿下と合流して領主館に戻ったセシリオは、まずはフィリップ殿下を客間へと案内した。そして、殿下へ出すお茶を使用人に用意させている間にサリーシャの顔を見ようと、二階の部屋へと向かうことにした。


 抜けるような青空の爽やかな陽気は、そろそろ夏が近づいてきている証拠だろうか。今朝早くサリーシャの部屋を訪ねたとき、サリーシャはすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。しかし、この時間であれば流石に起きているだろう。


 自分が戻ったことを知ったとき、サリーシャはどのような反応を示すだろう。

 あの瑠璃色の瞳を輝かせて、満面に笑みを浮かべるだろうか。

 『閣下っ!』と叫んでこの胸に飛び込んでくるかもしれない。

 優しく頬を撫でれば、白い肌はさくらんぼのように赤く色づくだろう。


 そんなことを想像して表情を綻ばせていると、外から銃の発砲音が聞こえた。独特の、シュバーンという大きな音は、屋敷の中まで聞こえてくる。驚いた鳥達が一斉に飛び立つのが見えた。


 ──今日は、銃士隊が訓練しているんだな。


 そんな呑気な考えは、様子を見に外から戻って来たノーラに会った瞬間に飛散した。


「ノーラ? どうした?」

「サリーシャ様がどなたがいらしたのか見てきて欲しいと。旦那様が戻られたのですね。サリーシャ様、お喜びになりますわ」

「? サリーシャは今、どこにいるんだ?」

「射撃演習場にいらっしゃいますわ。ブラウナー侯爵とご一緒です」


 セシリオは、我が耳を疑った。


 なぜサリーシャが、よりによってこの領主館の中でも最も縁がなさそうな射撃演習場にいるのか。

 なぜ、ブラウナー侯爵と一緒なのか。

 そして、あの銃声はなんなのか。


 嫌な予感が湧き起こり、夜通し馬を走らせた働きっぱなしの疲れも、フィリップ殿下を待たせていることも、全て忘れてセシリオは射撃演習場へと走り出した。そこで目にしたのはブラウナー侯爵がサリーシャに銃口を向けるという衝撃的な光景だ。


「サリーシャ!」


 セシリオは、大きな声でその名を叫んだ。

 華奢な体が崩れ落ちるのとほぼ同時に、耳をつんざくような大きな発砲音。

 目の前の状況に理解が追いつかず時が止まったかのように感じた。立っていたサリーシャがへたり込む様子がスローモーションのように見え、心臓が止まったのではないかと思うような衝撃。


「サリーシャ!!」


 セシリオはもう一度叫び、その場に駆け寄った。すぐに膝をついてサリーシャを抱き寄せると、彼女は僅かにまつ毛を震わせて、瑠璃色の瞳でセシリオを見上げた。そして、目が合うとその瞳はみるみるうちに涙でいっぱいになり、ハラリと頬を伝う。


 セシリオは素早くサリーシャの状態を目視で確認した。撃たれたと思ったが、どこからも血は出ておらず弾は当たっていないようだ。どうやら撃たれる前に腰が抜けたらしい。

 そのことには心底ホッとしたが、次に湧いてきたのは底知れぬ怒りだった。


 サリーシャは恐怖のあまりにほとんど言葉が出ないのか、ボロボロと涙を溢しながら『閣下』『閣下』と掠れた声で子どものように繰り返し、セシリオの服を握ろうとしていた。しかし、それも手に力が入らないようで殆ど握れていない。


 セシリオは地面にへたり込むサリーシャを抱きしめたまま、ブラウナー侯爵を睨みつけた。


「これはどういうことです。ブラウナー侯! 返答次第では、今この場であなたを叩き斬る」


 それだけで人が殺せそうなほどに怒りに満ちた声。返答を聞く前に殴り殺したいところだが、相手は自分と同格の侯爵だ。問答無用でそんなことをすれば、セシリオ自身も殺人罪に問われるし、アハマスもただでは済まない。

 まさかセシリオが現れるとは思っていなかったブラウナー侯爵は一瞬怯んだ顔をしたが、すぐに申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「これはお早いお戻りで、アハマス卿。わたしはサリーシャ嬢に頼まれて、銃の使い方をお教えしていただけですよ。アハマス卿の声に驚いて手元が狂いました。いやいや、危なかった。サリーシャ嬢が傷ついていなくて本当によかった」


 したり顔のこの男の言うことは、全くのでたらめだろう。これが数ヶ月前なら、セシリオはこの言葉を信じたかもしれない。だが、王室の中枢部と親書をやり取りしているうちに、到底そうは思えなくなった。

 しかし、でたらめだと思っても証拠がない。サリーシャは恐怖の余りに言葉が出ないのか、震える手でなんとかセシリオの軍服を握ると子犬のように身を寄せてぴったりとくっついてくる。セシリオはぐっと眉を寄せてサリーシャを包み込むように回している腕に力を込めた。


「彼女に銃口を向けているように見えたが?」

「戯れ言を。見違えでしょう。わたしがなぜそのようなことを? 現に、サリーシャ嬢には当たっていない」


 ブラウナー侯爵は非常に心外だと言いたげに眉をひそめると、肩を竦めてみせた。セシリオはぎりっと奥歯を鳴らす。なにか証拠さえあれば、今すぐにこの場で殺してやるのに。


 そのとき、再び射撃演習場の出入り口が開く、バシンという音がした。


「ほう? これはまた、珍しいものを持っているな」


 突然聞こえた若い男の声に、ブラウナー侯爵がそちらに目を向ける。みるみるうちに顔が青ざめ、目は驚愕で零れ落ちんばかりに見開かれた。


 セシリオは、そこで自分が大切な人を放置していたことに気付いた。サリーシャのことで頭がいっぱいになり、すっかりと忘れていた。

 セシリオの胸に抱かれたままのサリーシャは、その声を聞くとピクリと肩を揺らし、首を伸ばして出入り口を見ようとした。そして、ひゅっと小さく息を飲む。


「なんで……、フィル……」


 ほとんど聞き取れないような掠れ声で、サリーシャがそう呟くのが聞こえた。

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