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第三十六話 焦燥

 セシリオはハンカチを持って、すぐに階下のサリーシャの部屋に向かった。ドアをノックしたが、返答はない。


「サリーシャ、いないのか?」


 何回かノックしたのちにドアノブに手を掛けて開くと、そこはいつもと変わらぬ様子を見せていた。

 シンプルな家具に落ち着いた雰囲気の客間。部屋の中を見渡したが、人の気配はなかった。窓際には花が生けられた花瓶が飾られ、サリーシャがいつもつけている香油の甘い香りがスンと鼻孔を掠める。

 ベットには夕食のときにサリーシャが着ていたドレスが脱ぎ捨てられており、クローゼットは開け放たれていた。そして、廊下側の壁際に置かれたサイドボードの上には刺繍道具の箱が開けっ放しのまま置かれていた。


「あら、旦那様。どうかされましたか?」


 入り口から少し入ったところで立ち尽くしていると、驚いたような声がしてセシリオは振り返った。そこには、湯浴みのための道具を持ったクラーラとノーラが立っていた。


「サリーシャを知らないか?」

「サリーシャ様? お部屋にいらっしゃるはずですが?」

「……それが、いないんだ」


 呟くような小さな声に、クラーラとノーラの表情が怪訝なものへと変わる。セシリオはそんな二人の横をすり抜けると、そのまま図書室へと向かった。ドアを開くとそこは真っ暗で、人の気配一つしない。


「サリーシャ? どこだ?」


 セシリオの呼び掛けが、誰もいない部屋に虚しく響く。

 マリアンネの元にサリーシャが行くとは考えにくいし、ブラウナー侯爵は夕食後から今さっきまでセシリオの部屋にいたのだから、サリーシャの行方を知るよしがない。

 セシリオは踵を返すと廊下へ戻り、階段を駆け下りた。


 以前もサリーシャがいないと皆が探し回っていたことがあった。マリアンネと三人で外出した日だ。あの日、マリアンネとのことで拗ねたサリーシャは膝を抱えて中庭で小さくなっていた。


 勢いよくそのドアを開けると、中庭は何基かついた外灯にぼんやりと照らされていた。全て、サリーシャが中庭の改造をするにあたって新設したものだ。ガラスの中でチロチロと揺らめく炎に浮かび上がる小径を足早に駆け抜ける。殆ど完成した中庭の奥で、セシリオは呼び掛けた。


「サリーシャ?」


 返事はない。


「サリーシャ!」


 少し乱暴に植栽を踏み荒しながら向かった先の芝生の上にも、サリーシャはいなかった。



***

 


 セシリオは混乱しきっていた。


 サリーシャがいない。思い当たる場所は全て探した。

 広い屋敷とは言え、ここは半分は軍と政務の施設を兼ねている。多くの人目があり、誰にも見つからずに隠れられるような場所はそんなにはない。クラーラとノーラも手分けして探したが、今のところ見つからない。二人とも全く行き先に心当たりはないというし、屋敷中の侍女にそれとなく確認したが、誰一人として分かる者はいなかった。


 屋敷内を当てもなくうろうろしていると、左側の執務棟から険しい表情でモーリスが近づいてきた。


「こっちにも、いないな。まわりにもそれとなく聞いたが、誰も見てないと。それとなく理由をつけてマリアンネ嬢とブラウナー侯爵の部屋も確認してきた。部屋に人を隠してる様子も、特におかしな様子もないな」

「では、何処にいる?」

「これだけ捜していないとなると、屋敷の外に出たのでは?」


 セシリオはそれを聞いてカッとした。


「屋敷の中で人拐いでも出たと言うのか!」

「そんなにカッカするな。今、城の門番にそれらしき奴らを見ていないか聞きに行かせてる」


 モーリスはそこまで言うと、セシリオを見つめた。


「それに、お嬢様が自分から出ていった可能性だってある。セシリオ、お前は本当に何も心当たりはないのか?」


 眉を寄せたモーリスに問いかけられ、セシリオは片手を額に当てた。


 心当たりと言われても、さっぱり思い当たらなかった。

 むしろ、最初はよそよそしくて物憂げな様子だったサリーシャは、最近ではよく笑うようになったと思っていた。そして、目が合うとほんのりと頬を染め、嬉しそうにはにかむ。思い上がりでなければ、自分のことを慕ってくれていると思っていた。事実、サリーシャとデオに乗った日に、彼女は自分に『お慕いしています』と言ったのだ。


 サリーシャが自分からここを出ていく理由など何もない。それに、アハマスは辺境の地だ。つい最近、初めてここを訪れたサリーシャに、夜飛び出して行く宛などどこにもないはずだった。


 しばらくすると、モーリスの部下が息を切らせて戻ってきた。内門の門番をしていた兵士の一人も一緒だ。

 アハマスの領主館は二重の(ほり)に囲まれており、外門と内門の二つの門がある。門番は自分が何か不手際をしたのかと、おどおどした様子でしきりにセシリオとモーリス、そしてここに連れてきた部下の顔を見比べていた。その門番によると、サリーシャはつい先程馬車で出かけたと言う。


「なぜ外に出した!」

「ど、どうしても外に行く用事があると仰っておりましたので……」


 激しく(いか)るセシリオに恐れをなした様子の門番は、震え上がらんばかりの様子で答える。この役立たずが、と罵りたい衝動に駈られたが、セシリオは必死に理性でそれを抑えた。

 本来、夜間の閉門時の通行には許可証が必要で、それがなければ門が開くことはない。しかし、サリーシャはセシリオの婚約者の立場であるので、門番からすれば強く言われれば足止め出来る相手ではないのだ。足止めなどすれば、逆に門番が不敬に問われる可能性があると思っても仕方がなかった。


「外門は? 外門の門番はどうした?」

「直ぐにサリーシャ様が来ても門を開けるなと伝令を出しました。間に合ったかどうかは分かりませんが……」

  

 モーリスの部下が答える。


「くそっ!」


 それを聞いた途端、セシリオは屋敷の外の厩舎へと走り出した。馬車とはいえ、こんな夜更けに身なりのよい若い女が一人で外に出るなど、いくら治安のよいアハマスでも何があってもおかしくはない。強盗、人拐い、野犬……最悪の事態が脳裏によぎり、セシリオはぐっと拳を握り締めた。

昨日、早速誤字脱字報告をして下さったみなさま、ありがとうございます。

助かりました!

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