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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
出会い編

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第三十一話 夜空

 屋敷に戻る頃、辺りはすっかりと薄暗くなっていた。セシリオはサリーシャに手持ちのランタンを持たせて明りをとると、足場に注意しながら慎重にデオを操作する。ランタンのガラスの中では、小さな炎がチロチロと揺らめいていた。


「サリーシャ」


 デオの背に揺られていると小さな声で呼びかけられ、サリーシャは後ろを向こうと身体を捩った。その途端、背中にズキリと痛みが走る。痛みで顔を顰めたサリーシャは仕方なくセシリオの顔を見ることを諦めて、前を向いたまま「なんでしょう?」と尋ねた。


「マリアンネはまだしばらく滞在する。父親のブラウナー侯爵がここに来るらしいんだ。マリアンネはブラウナー侯爵がフィリップ殿下と謁見する予定だと言っていた。もしかすると、手紙でも預かってくるかもしれない」

「王室からのですか?」

「ああ。おそらく、フィリップ殿下の婚約披露の場での襲撃事件の件で、進展がある」


 頭上から聞こえる言葉を聞き、サリーシャはコクンと息を飲んだ。それはまさに、昨晩マリアンネがサリーシャに言ったことだ。


「……もしや、ダカール国と戦争になるのですか?」


 そう尋ねる自分の声が少し震えていることに気付いたが、この震えを止められそうになかった。


「大丈夫。心配いらない」

「でも……」


 万が一戦争になれば、戦場はここアハマスになり、セシリオは総指揮官として戦場に出る必要がある。セシリオの父親である先代のアハマス辺境伯はそれで亡くなったのだ。否が応でも嫌な想像が頭に浮かんだ。


「大丈夫だ。戦争にはならない。安心しろ」


 後ろにいるセシリオは、不安で押し潰されそうになるサリーシャを安心させるように、手綱を握ったままお腹に手を回してぎゅっと抱きしめた。そうされると、なぜだか本当に大丈夫な気がしてきて、とても安心した。それと同時に、とても申し訳ない気持ちにもなった。


「──閣下。今日は申し訳ありませんでした」

「なにが?」

「だって、マリアンネ様をご一緒にと誘ったのはわたくしなのに、あのように閣下を責めて……」

「ああ、構わない。俺がもう少し、きみの気持ちを考えるべきだった」


 シュンとしたサリーシャを元気付けるようにセシリオはサリーシャのお腹に回した手でぽんぽんと叩く。そして、サリーシャの首元に顔を(うず)めるように寄せた。耳元で囁かれた低い声が優しく鼓膜を揺らす。


「見て、サリーシャ。星が出てきた」


 サリーシャは咄嗟に顔を上げた。見上げた空には、半分ほど欠けた白い月が浮かんでいるのが見える。そして、そこから少し横に目を向けると、薄暗くなり始めた空にちらほらとまたたく星が見え始めていた。


「まあ、綺麗だわ」

「そうだな。きみと見れてよかった」


 サリーシャの首元から顔を上げたセシリオも星を見上げる。その美しさに目を細めると、前に座るサリーシャを抱き寄せる腕に力を込めた。




 その日の夜、自室に戻ったサリーシャは、テーブルの上に刺繍をしたハンカチが置きっぱなしになっていることに気が付いた。せっかく今夜は二人で食事が出来たのに、またもや渡しそびれてしまったのだ。


 サリーシャはそのハンカチをテーブルに置くと、サイドボードの方向に歩み寄り、そこに置かれた刺繍道具ともう一枚ハンカチを見つめた。ハンカチはセシリオとお出かけした際に買った二枚のうちの一枚で、ふちにアハマスの軍服のような深緑色のラインが入っている。既に『S』の刺繍は施したのだが、未だにモチーフが決まらずにいた。


「うーん、どうしようかしら。やっぱり剣と盾のセットかしら?」


 屈強な軍人のイメージが強いセシリオにはやはり剣と盾が似合うような気がした。マオーニ伯爵から促されたとは言え、なぜ初めて会った日にシルクハットの刺繍を施したハンカチなどをセシリオに渡してしまったのか。セシリオという人を知れば知るほど、イメージとはかけ離れている。


「二枚揃ってだと、まだ何日かかかるわね……」


 サリーシャはまだ『S』しか刺繍されていないハンカチを手に、頬に手をあてて独りごちた。サリーシャの刺繍のスピードは普通だとは思うけれど、剣と盾を仕上げるにはあと二、三日はかかる。

 サリーシャは振り返って壁の機械式時計を見た。時刻は九時過ぎを指している。遅いと言えば遅いが、夜会や舞踏会であればまだ会場で盛り上がっている時刻、それほど問題は無いように感じた。


 しばらく逡巡(しゅんじゅん)した後、サリーシャはハンカチを持ってそっと部屋を抜け出した。


 先ほど夕食をしたプライベート用ダイニングルームも既に片付けが終了したようで、階段を登った先にある三階はひっそりと静まり返っていた。サリーシャは誰もいない長い廊下を出来るだけ足音を立てないようにそっと、けれど早足で進む。初めて立つ一番奥の大きな両開きの扉の前で、緊張の面持ちでノックした。


「誰だ?」


 閉じられたままの扉の向こうから聞こえてくる声は、サリーシャが聞いたことがないような固くて酷く冷たいものだった。


「あの……、サリーシャです……」


 答えながら、早くも後悔の念が湧いてきた。こんな冷たい口調のセシリオは初めてだ。やはり、ここへは来るべきではなかった。ハンカチを渡すのはまた今度にしよう。そう思って踵を返そうとしたとき、扉がカチャリと開いた。


「サリーシャ!?」


 慌てた様子で扉を開けたセシリオは明らかに驚いた顔をしていた。


「申し訳ありません。こんな夜更けに非常識でした」


 サリーシャは慌ててぺこりと頭を下げてそこから辞そうとしたが、それは叶わなかった。セシリオに腕を取られたのだ。


「待て。きみなら、大歓迎だ」

「わたくしなら?」


 腕を取られて振り返ったサリーシャは、訝し気にセシリオを見上げた。セシリオは少しバツが悪そうな顔をしてサリーシャを見返した。


「悪い、マリアンネかと思ったんだ」

「マリアンネ様?」


 その様子から、サリーシャはマリアンネが少なくとも一回は夜にセシリオの部屋を訪ねてきたのだと悟り、胸にもやもやしたものが広がるのを感じた。この様子だと恐らくセシリオは部屋には入れていないと思うが、不愉快であることに変わりはない。


「入ってくれ」


 セシリオはサリーシャの背に手を添えてると、自室へと促した。



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