第二十八話 挑発②
本日二話目です。読む順序にご注意下さい。
改めてマリアンネと向き合って彼女を近くで見たサリーシャは、マリアンネのことを妖艶な美女という言葉がぴったりの人だと思った。
緩くカールした栗色の髪は艶やかで、今日も昨日と同じくオフショルダーの大きく空いたドレスを着ている。真っ白な胸元からは豊かな谷間が覗いており、水色のドレスにより、余計に肌の白さが引き立っていた。大きなこげ茶色の瞳は自信に満ちており、紅がひかれた真っ赤な唇はぷるんとして魅惑的だ。
「それで、話とは?」
「お久しぶりね、サリーシャ様。ここでお会いする以前にお見かけしたのは王都でのフィリップ殿下の婚約披露のとき以来かしら?」
「そうですわね」
サリーシャは小さく頷いた。
マリアンネは視線を移動させてサリーシャの膝に置かれた本を見つめると、「それ、懐かしいわ」と呟いた。サリーシャもつられて今さっき見つけてきた、ひざの上の本に視線を落とした。
「この本をお読みになったことが?」
「ええ。だって、その本、わたくしのためにセシリオ様が買って下さったのだもの」
「マリアンネ様のために?」
マリアンネのためにセシリオが買ったという意味がよく分からず、サリーシャは眉をひそめた。マリアンネはゆったりとした動作で窓の外の雨が降る様を眺めると、ほうっと小さく息を吐く。窓の外ではしとしとと小雨が降り続いていた。
「──ねえ、婚約披露があった日、ならず者が事件を起こしたでしょう?」
「はい……」
「あれね、ダカール国が怪しいんですって。お父様が言ってたわ。陰で糸を引いてる可能性が高いの」
マリアンネは何ともないことのように、恐らくは国家機密にすら当たるであろう秘密事項を言い放つ。
サリーシャは、突然マリアンネが話し始めた話題に面食らった。図書室でわざわざ呼び止めてきたと思えば、この人は一体何の話を始めるのか。マリアンネはそんなサリーシャの様子に構うことなく、話を続けた。
「ダカール国と戦争になれば、間違いなく前線はここ、アハマスになる。セシリオ様は軍を率いる将軍の役目を負うわ。ところで、わたくしの実家のブラウナー侯爵家は、タイタリア王国一の武器・防具を扱う商社を擁しておりますの。つまり、国防軍を担うアハマス辺境伯家と兵器を扱うブラウナー侯爵家は切っても切れない関係なのよ」
サリーシャは、無言のままマリアンネを見つめた。やはり目の前の人が何を言いたいのか、さっぱりと分からなかった。マリアンネは喋りながら持っていた扇を弄んでいたが、ふぅっと息を吐くとサリーシャを見つめてニコリと笑った。
「わたくし、昔、セシリオ様と婚約してましたのよ。多分、セシリオ様は言わないでしょうから、サリーシャ様は知らなかったかもしれませんけど」
「え?」
サリーシャは、元々大きな目を、さらに大きく見開いた。
目の前のこの女性が言ったことが、よく理解できなかった。マリアンネは笑顔のまま、持っていた扇をパシンと開くとゆっくりとそれを口元に近づけた。
「でも、色々あって解消しましたので今は違います。そして、サリーシャ様はついこの間までフィリップ殿下の有力な婚約者候補、その後はスカチーニ伯爵との婚約が内定したと社交界で話題でしたのに、いつの間にかセシリオ様の婚約者になっていらっしゃる」
「……なにを仰りたいのですか?」
「あら、嫌だ。そんな怖いお顔しないで下さいませ」
表情を強張らせたサリーシャを見て、マリアンネはふふっと笑った。
「つまり、アハマス辺境伯家にとって、ブラウナー侯爵家ほど理想的な婚姻の相手はいませんの。サリーシャ様はセシリオ様と結婚して、何かセシリオ様にメリットはありますか?」
「──メリット?」
「婚約など、何度だって覆るのです。より、条件のいい方にね。サリーシャ様はそのことを、よくご存じでしょう?」
雨は先ほどより勢いを増し、音をたてて窓を叩いている。その後も何か言っていたマリアンネの言葉が、サリーシャにはほとんど何も聞こえなかった。




