第一話 遠い日の出来事
新連載です。
恋愛色を前面に押し出すお話って難しいですね。
不安いっぱいでのスタートですが、どうぞよろしくお願いします!
サリーシャは美しく剪定された植木の陰で、こっそりと隠れて花冠を編んでいた。周りから死角になるこの場所は、サリーシャと大切な友人の秘密の待ち合わせの場所だ。シロツメクサの混じる芝生の上に座っていると植木の隙間から心地よい風が頬を撫でた。
サリーシャは集めたシロツメクサを並べると、一番長く太い茎の一本を芯にして、丁寧にまわりに別の花を巻き付け始めた。最初はただのバラバラの切り花だったそれは、徐々に形を露わにしてゆく。
「上手に出来たわ」
サリーシャはそれを見て満足げに微笑む。
シロツメクサで作る花冠作りは、小さな時に本当のお母様に教えてもらった。畑の傍らに咲いた花を集めては花冠を作り、近所の子供達とお姫様ごっこをして遊んだものだ。
「フィル、遅いなあ……」
サリーシャは少しだけ背伸びして、高い植木の上から辺りを見回そうとした。しかし、植木の背はサリーシャよりも高く、見渡すことは叶わなかった。と、その時、後ろからカサリと音がして、サリーシャはパッと振り返った。
「フィル?」
しかし、そこに居たのはフィルとは似ても似つかない、大人の男の人だった。
「あ、すまん。邪魔したな。ここはいつも誰もいないから、昼寝でもしようと思ったんだが……」
男の人はサリーシャが居たことが予想外だったようで、目を丸くした。そして、慌てたように引き返そうとした。
「ねえ、お兄さん!」
サリーシャは咄嗟に声を掛けた。ここに先にいたのは確かにサリーシャだが、ここはサリーシャの専用の場所ではない。
「お昼寝していてもいいよ。わたし、お友達を待っているのだけど、今日は遅いから、来ないかもしれないの」
「お友達?」
「うん。フィルって言うの」
サリーシャがそう教えると、男の人は「あぁ」と納得したように呟いた。
「フィルは、今日は来ないよ。大きな式典がある」
「式典? お父様が出席しているのと同じ式典かしら?」
「お父様?」
「うん。マオーニ伯爵」
「ああ、それなら一緒だろうな」
男の人はぶっきらぼうにそう言うと、サリーシャの横の芝生の上にゴロンと横になった。
また、先ほどのような静寂があたりを包み込む。聞こえてくるのは鳥の歌声と、時々それに混じって遠くで歓談している大人の声。
サリーシャはこの突然の来客をまじまじと見つめた。貴族のようなよい格好をしているが、こげ茶色の髪は貴族らしからぬ短髪だ。高い鼻梁と薄い唇、しっかりと上がった眉。年の頃は二十歳過ぎくらいだろうか。目を瞑っているのをいいことにジロジロと見つめていると、突然男の人がパチリと目を開けた。
「なんだ? ジロジロ見てきて」
「あ、ごめんなさい。──お兄さんは、その式典に出ないの?」
「出るさ。だが、まだ行きたくない」
「なぜ?」
首を傾げるサリーシャを一瞥すると、男の人は自嘲気味にフッと鼻を鳴らした。
「つまらないいざこざの、勝利記念式典だ。なぜ俺がここに呼ばれたかわかるかい? 小さなレディ。『沢山やっつけたから、よくやりました』だとさ」
サリーシャには男の人が言っていることがよくわからなかった。けれど、この男の人がいざこざの相手を沢山やっつけて、そのいざこざを終わらせたことは理解した。そして、本当は、そんなことをしたくはなかったことも感じ取った。
サリーシャは少しだけ考えて、手に持っていた花冠を見つめた。
「では、そこで今いざこざがなくて人々が平穏に過ごせているのはあなたのおかげね。それって、とても凄いことだと思うわ」
「なに?」
「わたし達に平穏を与えてくれたことに感謝します。あなたに敬意を表して、これを」
そう言って、サリーシャは寝そべる男の人の胸に花冠を乗せた。昔やったお姫様ごっこのように、ツンと澄まして。
男の人は胸の上に置かれたその花冠を持ち上げると、豆鉄砲をくらった鳩のように目をパチクリとさせ、しばらくの間、それを眺めていた。そして、堪えきれない様子でくくっと笑いだし、最後にサリーシャを見つめて小さく呟いた。
「ありがとな。小さなレディ」
その日行われていた式典が隣国との国境線付近で勃発した大きな戦いの祝勝記念式典だったことをサリーシャが知ったのは、随分と後になってからだった。
本日もう一話投稿します。