サリーシャが好きなもの③
「もう一つ貰えたのだが、よかったのか?」
「はい。だってあの店主さん、困り顔でしたもの」
「一本で止めておくべきだったかな?」
セシリオは楽しげに笑う。サリーシャはそんなセシリオを見上げて目を細めた。
「わたくしは、セシリオ様に三回やって頂けて嬉しかったですわ」
「嬉しかった?」
「だって、さっきのセシリオ様はとても素敵でしたもの。いつも素敵ですけれど、あのように真剣に何かを見つめる表情はあまり見ませんから、とても新鮮でした」
「目つきが悪いから怖いと言われる」
「あら。精悍と言うのですわ」
サリーシャはにこにこしながらそう答える。
セシリオは少し困り顔で頬を掻いた。セシリオが射撃などで的に向かって構えるときの表情は、軍の部下からも怖がられるくらい目つきが鋭いらしい。モーリスには『眼光だけで人が射殺せそうだ』と、しばしばからかわれたりする。
けれど、サリーシャには全くそうは見えないらしい。にこにこした嬉しそうな笑顔から判断するに、本当に『精悍で素敵である』と感じているようだ。
そのときだ。セシリオは果物を売る屋台を見つけて足を留めた。
「籠と言えば、ちょうどよかった」
「ちょうどよかった?」
小首を傾げるサリーシャの横で、セシリオは屋台の店主に言ってりんごを五つ購入した。それを、サリーシャの持っていた籠のバッグに入れる。
「収穫祭では意中の女性に作物を贈るんだ」
「そうなのですか? ちっとも知りませんでした。だから、さっきからお野菜を持った女性が多いのですね。……りんご、美味しそうですわね。いい匂い」
サリーシャは籠に入れられたりんごに顔を寄せる。独特の甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐった。
「孤児院の子供に教えてもらった。サリーシャは『り』が付くものが好きだと。りんごだろ?」
驚いたサリーシャは顔を上げる。セシリオはヘーゼル色の瞳で優しくこちらを見つめていた。
「いつもありがとう。おかげでとても助かっている」
そして、セシリオはすこし屈むとサリーシャの耳元に口を寄せた。
「愛しているよ、サリーシャ」
吐息が耳に掛かり、鼓膜を優しく揺らす。
サリーシャは急激な気恥ずかしさを感じてセシリオを見上げた。
けれど、一つ解せないことがある。孤児院の子供にりんごが好きなどと話しただろうか?
「えっと……、孤児院の子からわたくしがりんごが好きだと教えてもらった?」
「ああ。茶色い髪の小さな女の子だ。サリーシャが大好きなものは『り』がつくと」
サリーシャは暫し考える。そして、ひとつのことに思い当たり、バラ色に頬を染めた。
以前、王子様とお姫様の本を読んであげたときに、話の流れでサリーシャにとっての王子様は領主様であり、領主様が大好きだと言った。『り』は領主様の頭文字だ。
「あの……セシリオ様。わたくし、確かにりんごは大好きなんですけれど……」
サリーシャに袖を引かれ、セシリオは再び身を屈ませる。小さな声で告白すると、予想外の言葉にセシリオは瞠目した。短い髪から見える耳が、ほんのりと赤くなる。
「そうか……。もしかして、りんごじゃない方がよかった?」
「いいえ。りんごでよかったです。大好きですもの。帰ったら切って一緒にいただきましょう。ひとつは厨房の方に教えて頂いてアップルパイにしようかしら」
「ああ、それはいいな」
「出来上がったらセシリオ様に最初に持っていきますから、食べて下さいね」
「もちろんだ。──サリーシャ、重いだろう? 持ってやる」
セシリオがサリーシャから籠を受け取り、片手に持つ。二人はどちらともなく指を絡め、歩き出した。
「他にはどこが見たい?」
「さっき見かけた屋台のとうもろこしが食べたいです」
「では、そこに行こう」
ヘーゼル色の瞳がまた優しく細まる。サリーシャは胸がキュンとするのを感じ、握った手に力を込めた。
「どうした?」
「どうもしません」
「そう?」
セシリオは少し小首を傾げたが、すぐににこりと微笑んだ。そして、前を向いて歩き出す。
サリーシャはチラリとセシリオを見上げた。きりりとした目元、高い鼻梁、薄い唇……そして、誰よりも勇猛果敢で度量の深い性格。その全てが素敵に思えて、サリーシャはほんのりと頬を染める。
──あなたの事が、どうしようもなく好きなのです。
そんな台詞は、言いたくてもなかなか口には出せない。
けれど時折、無性に言葉で伝えたくなる。
だって、サリーシャが大好きなのは、いつだってセシリオなのだから。がっちりと心を捕らえて、これからも一生離さないでいてくれると確信できる。
「後でお伝えすることがありますわ」
「なんだろう?」
「後のお楽しみです」
アップルパイと共にこの想いを伝えたら、愛しい人はどんな反応を示すだろう。
その姿を想像し、サリーシャは表情を綻ばせるとセシリオの腕に寄り添う。
幸せな二人を包むように、辺りには収穫祭を楽しむ人々の明るい笑い声が溢れていた。
〈SS サリーシャが好きなもの〉




