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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
番外編2

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サリーシャが好きなもの③

「もう一つ貰えたのだが、よかったのか?」

「はい。だってあの店主さん、困り顔でしたもの」

「一本で止めておくべきだったかな?」


 セシリオは楽しげに笑う。サリーシャはそんなセシリオを見上げて目を細めた。


「わたくしは、セシリオ様に三回やって頂けて嬉しかったですわ」

「嬉しかった?」

「だって、さっきのセシリオ様はとても素敵でしたもの。いつも素敵ですけれど、あのように真剣に何かを見つめる表情はあまり見ませんから、とても新鮮でした」

「目つきが悪いから怖いと言われる」

「あら。精悍と言うのですわ」


 サリーシャはにこにこしながらそう答える。

 セシリオは少し困り顔で頬を掻いた。セシリオが射撃などで的に向かって構えるときの表情は、軍の部下からも怖がられるくらい目つきが鋭いらしい。モーリスには『眼光だけで人が射殺せそうだ』と、しばしばからかわれたりする。

 けれど、サリーシャには全くそうは見えないらしい。にこにこした嬉しそうな笑顔から判断するに、本当に『精悍で素敵である』と感じているようだ。


 そのときだ。セシリオは果物を売る屋台を見つけて足を留めた。


「籠と言えば、ちょうどよかった」

「ちょうどよかった?」

 

 小首を傾げるサリーシャの横で、セシリオは屋台の店主に言ってりんごを五つ購入した。それを、サリーシャの持っていた籠のバッグに入れる。


「収穫祭では意中の女性に作物を贈るんだ」

「そうなのですか? ちっとも知りませんでした。だから、さっきからお野菜を持った女性が多いのですね。……りんご、美味しそうですわね。いい匂い」


 サリーシャは籠に入れられたりんごに顔を寄せる。独特の甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐった。


「孤児院の子供に教えてもらった。サリーシャは『り』が付くものが好きだと。りんごだろ?」


 驚いたサリーシャは顔を上げる。セシリオはヘーゼル色の瞳で優しくこちらを見つめていた。


「いつもありがとう。おかげでとても助かっている」


 そして、セシリオはすこし屈むとサリーシャの耳元に口を寄せた。


「愛しているよ、サリーシャ」


 吐息が耳に掛かり、鼓膜を優しく揺らす。

 サリーシャは急激な気恥ずかしさを感じてセシリオを見上げた。

 けれど、一つ解せないことがある。孤児院の子供にりんごが好きなどと話しただろうか?


「えっと……、孤児院の子からわたくしがりんごが好きだと教えてもらった?」

「ああ。茶色い髪の小さな女の子だ。サリーシャが大好きなものは『り』がつくと」


 サリーシャは暫し考える。そして、ひとつのことに思い当たり、バラ色に頬を染めた。

 以前、王子様とお姫様の本を読んであげたときに、話の流れでサリーシャにとっての王子様は領主様(セシリオ)であり、領主様(セシリオ)が大好きだと言った。『り』は領主様の頭文字だ。


「あの……セシリオ様。わたくし、確かにりんごは大好きなんですけれど……」


 サリーシャに袖を引かれ、セシリオは再び身を屈ませる。小さな声で告白すると、予想外の言葉にセシリオは瞠目どうもくした。短い髪から見える耳が、ほんのりと赤くなる。

 

「そうか……。もしかして、りんごじゃない方がよかった?」

「いいえ。りんごでよかったです。大好きですもの。帰ったら切って一緒にいただきましょう。ひとつは厨房の方に教えて頂いてアップルパイにしようかしら」

「ああ、それはいいな」

「出来上がったらセシリオ様に最初に持っていきますから、食べて下さいね」

「もちろんだ。──サリーシャ、重いだろう? 持ってやる」


 セシリオがサリーシャから籠を受け取り、片手に持つ。二人はどちらともなく指を絡め、歩き出した。


「他にはどこが見たい?」

「さっき見かけた屋台のとうもろこしが食べたいです」

「では、そこに行こう」


 ヘーゼル色の瞳がまた優しく細まる。サリーシャは胸がキュンとするのを感じ、握った手に力を込めた。 


「どうした?」

「どうもしません」

「そう?」


 セシリオは少し小首を傾げたが、すぐににこりと微笑んだ。そして、前を向いて歩き出す。

 サリーシャはチラリとセシリオを見上げた。きりりとした目元、高い鼻梁、薄い唇……そして、誰よりも勇猛果敢で度量の深い性格。その全てが素敵に思えて、サリーシャはほんのりと頬を染める。


 ──あなたの事が、どうしようもなく好きなのです。


 そんな台詞は、言いたくてもなかなか口には出せない。

 けれど時折、無性に言葉で伝えたくなる。


 だって、サリーシャが大好きなのは、いつだってセシリオなのだから。がっちりと心を捕らえて、これからも一生離さないでいてくれると確信できる。


「後でお伝えすることがありますわ」

「なんだろう?」

「後のお楽しみです」


 アップルパイと共にこの想いを伝えたら、愛しい人はどんな反応を示すだろう。

 その姿を想像し、サリーシャは表情を綻ばせるとセシリオの腕に寄り添う。


 幸せな二人を包むように、辺りには収穫祭を楽しむ人々の明るい笑い声が溢れていた。


〈SS サリーシャが好きなもの〉

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