サリーシャの好きなもの①
初秋は実りの季節だ。
多くの作物が収穫できたことへの感謝の気持ちを込めて、農民達は五穀豊穣の祭りを行う。辺境の地であるアハマスも、その例外ではなく、領民たちはみな気持ちが浮き立っていた。
その日、孤児院への慰問のために馬車に乗っていたサリーシャは、車窓から街並みを眺めていてふと疑問を覚えた。視線の先に移る家々の軒先に、飾り付けがされているのだ。細く切った布を何枚も重ねた美しい装飾が、至る所にぶら下がっている。
「ねえ、クラーラ。今日、町に行ったら通り沿いの家や店舗が綺麗に飾り付けられているのが見えたのだけど、あれはなにかしら?」
屋敷に戻ったサリーシャは、古くからアハマスの屋敷に勤めるクラーラに今日見たことを話した。ドレスの整理をしていたクラーラは、サリーシャの話を聞いてすぐにピンと来たようだ。
「あら、それは収穫祭の飾りですわ」
「収穫祭? 収穫祭であんな風に飾り付けをするの? 去年はあったかしら?」
サリーシャは首を傾げる。サリーシャはマオーニ伯爵家に引き取られるまでは、領地の片田舎にある農家の娘として育った。そこでは、そんな飾り付けをする風習はなかった。それに、去年は見た記憶がないのだ。
「去年は旦那様と一緒に王都に行かれていましたわ。ほら、褒章を賜りに」
「ああ。ちょうど時期が重なっていたのね」
サリーシャは納得したように頷く。去年の秋、セシリオとサリーシャはブラウナー侯爵拘束の褒章を賜りに、王都を訪れていた。アハマスと王都は遠く離れているので、行って戻って来るだけで一カ月近くかかるのだ。そのため、あの飾り付けを見逃していたのだろう。
「綺麗ね。わたくしの田舎ではあんな風に飾り付けはしなかったと思うわ。王都でも見たことがないわ」
「アハマスはダカール国との国境に接しているので、そちらの文化の影響もあるのだと思います。当日は出店なども出るから、旦那様に連れて行ってもらったらいかがです?」
「へえ」
サリーシャは初めて聞く話に目を輝かせる。
忙しいセシリオに時間を取らせるのは申し訳ないようにも思うけれど、もしも一緒にアハマスの町を見てまわれたら、どんなに素敵だろう。異国の文化が混じった収穫祭とは一体どんなお祭りなのだろうと、サリーシャは楽しい想像を膨らませた。
***
この日、セシリオは久しぶりに町の巡視をしていた。
普段は街の警備をするアハマス軍から、異常が見られたときのみ報告を受けるだけだが、できることなら自分の目でも確かめておきたいと常々から思っている。今日は一時間ほど時間が空いたので、こうしてデオに乗ってふらりと町を訪れたのだ。
「調子はどうだ?」
たまたま目についた大きな商店で店主に声を掛けると、野菜を並べていた店主は顔を上げる。そして、そこにいるのがセシリオだと気付くと笑顔を見せて深々と一礼した。
「領主様! お陰様でつつがなく過ごせています。今年は豊作ですよ」
「それはよかった」
歯を見せて朗らかに笑う店主につられるように、セシリオも笑みをこぼす。そして、ふと店の軒先にぶら下がった野菜と色とりどりの細い布の装飾に視線を移した。
「もうすぐ収穫祭か」
「今週末ですよ。領主様も是非奥様とご一緒にお越しください」
「ああ、そうするよ」
「奥様には何か贈られるのですか?」
「……そのつもりだ」
笑顔の店主にそう聞かれ、セシリオは肩を竦めた。
「どうするかな……」
馬に揺られながら、セシリオは独りごちる。色々と考えるが、これだという名案は浮かばない。セシリオをこうも悩ませている原因。それは、先ほど商店の店主に言われた収穫祭にほかならない。
アハマスでは、収穫祭のときに男性が意中の女性を豊穣の女神に見立てて作物を贈り、感謝の気持ちや想いを告げる。元々はダカール国の風習だったものを、旅の商人がアハマスでもしはじめたのが起源だとか言われているが、真相はわからない。
とにかく、男性が女性に作物の贈り物をして想いを告げるのだ。由来などどうでもよくて、セシリオにとって重要なのはこの一点のみである。
「何を贈ればいいんだ……」
一緒に食事をするときのサリーシャの様子を思い浮かべる。サリーシャは好き嫌いがないので、どんな料理が出されてもにこにこしながら美味しそうに食べる。好物が何かと聞かれたら、正直分からない。
「直接聞いてみるか」
実はこの後、孤児院を訪れることになっている。普段の慰問はサリーシャに任せているので、セシリオが訪れるのは半年ぶりくらいだろうか。セシリオは胸元からサリーシャとお揃いの懐中時計を取り出して時刻を確認した。
今日はサリーシャも孤児院に行くと言っていたので、今から行けばちょうど会えるはずだ。そのときに聞いてみよう。そう決めると、セシリオは馬を走らせた。




