第十一話 朝食の席で②
椅子に座ると、サリーシャは改めてテーブルの上を見渡した。見た瞬間にものすごいご馳走の数々だとは思ったが、本当に沢山だ。例えば卵料理一つとっても、ゆで玉子、オムレツ、スクランブルエッグ、目玉焼きと揃っているし、ハムも五種類もあった。パンに至っては、沢山ありすぎて数え切れない。
「閣下はいつもこんなに沢山のご馳走を?」
呆気にとられてテーブルを見渡すサリーシャに対し、セシリオは小さく首を振った。
「いや。いつもはパンとおかずが盛られた一皿とスープだけだ。きみの好みが分からなかったので、料理人が沢山用意した」
サリーシャは驚いた。この沢山のご馳走の数々は、サリーシャの好みが分からないという理由だけで用意された? では、昨日の夜もきっと凄いご馳走だったに違いない。サリーシャはサーッと青ざめた。セシリオはその様子を見てサリーシャが考えていることを察したようだ。
「昨日の晩餐は、夜間勤務の衛兵達に振る舞ったから大丈夫だ。みな、普段口にすることのないご馳走に大喜びしていた。──あれは本当に凄かったな。たぶん、五分くらいでなくなった。いや、三分かもしれん」
セシリオはその光景を思い出したのか、遠い目をした。
辺境の地であるアハマスを守る衛兵は、皆、屈強な男達だ。当然、食べる量もとても多い。きちんと夜食として賄い飯も用意しているのだが、それでも屋敷の料理人が用意したご馳走は別腹だったようだ。まさに飢えたハイエナのごとく、一瞬で皿から何もなくなった。
「これも、残ったら彼らが処理するから大丈夫だ。しかし、せっかく作ったものをきみが食べてくれないと料理人ががっかりしてしまう。頂こう」
「はい。頂きます」
サリーシャは小さく食前の挨拶をすると、近くにいた給仕人に言って皿に料理を盛り付けてもらった。どれも美味しそうなので沢山盛りすぎたかもしれないと思いふとテーブルの向こうを見ると、セシリオの皿にもこれでもかと言うくらい盛られている。それこそ、山盛りだ。最後にのせたハムは半分皿からはみ出ている。
「まあ! 閣下は沢山お召し上がりになるのですね」
驚くサリーシャに対し、セシリオは自分の皿とサリーシャの顔を見比べて、キョトンとした顔をした。
「この皿、小さいだろ?」
サリーシャは自分の前に置かれたお皿を見た。ごく普通の、一般的なサイズの取り皿に見える。
サリーシャはそれを見て確信した。セシリオは『いつもは一皿だけ』と言っていたが、その一皿はとてつもなく大きな一皿に違いない。けれど、本人はその事に気付いていないのだ。
「ええ。確かに閣下には小さいように見えます」
「そうなんだ。なぜ今朝に限って、こんなに小さいのだろう?」
セシリオはどうにも解せないといった様子で、眉根を寄せて皿を見つめた。サリーシャは吹き出しそうになるのを必死にこらえながら、なんとか真面目な顔で答えた。
「それはきっと、わたくしに合わせて下さったからですわ。お気遣いありがとうございます」
それを聞いたセシリオはサリーシャの方を見てから、手元の皿に視線を落とした。そして、チラリと給仕人の方を伺い見て、給仕人が小さく頷くのを確認してから口元を綻ばせた。
「いや、これくらいはお安いごようだ」
一部始終をサリーシャが見ていたことには全く気付いていないようで、心なしか得意気だ。その様子を見て、サリーシャはやっぱりセシリオのことをかわいらしい人だと思った。見た目は厳つい大男。歳も十歳も上なのに、なぜだろう。
食事中もチラチラとこちらを見ては考えるように動きを止め、再び食事を口に運び始める。きっと、話しかける機会をうかがっているのだろう。
「閣下。今日は一日お仕事ですか?」
「……あ、ああ。そうだ」
「あの、今日の晩餐は閣下をお待ちしていても?」
サリーシャが少し首をかしげて問いかけると。セシリオは少し目をみはり、口元に手を当てる。そして、嬉しそうにはにかんだ。
「もちろん。遅くならないようにここに戻る。いや、仕事が遅くなったとしても、夕食の時間は抜けてくる」
「まあ! お仕事優先で構いませんわ」
サリーシャはくすくすと笑った。
やっぱり、この人はとてもかわいらしい人だ。
この人となら、幸せになれるかもしれない。
そんなことを考えて、サリーシャは慌てて頭を振る。
サリーシャは目の前のこの人に、重大な秘密を隠している。幸せな未来など、あるわけがないのだ。
「サ……。サ……シャ? サリーシャ?」
名前を呼ばれていることに気付き、サリーシャはハッとして顔を上げた。気付けは、セシリオが訝しげにこちらを見つめている。
「急に顔色が悪くなったようだが、大丈夫か?」
「大丈夫です。申し訳ありません」
「そう? まだ疲れが残っているのかもしれない。屋敷内は好きに出歩いて構わないが、疲れをためないように今日もゆっくり休むといい」
「……ありがとうございます」
心配そうに顔を覗き込むセシリオの顔を直視することができず、サリーシャは顔を俯かせた。きっと本当にサリーシャのことを心配しているのだろう。
──わたくしはなんと、酷い人間なのだろう。
サリーシャは己の醜悪さを垣間見た気がして、そっと二の腕に自らの手を回すと、小さく身震いをした。




