第五十三話 不穏
セシリオ達が件の孤児院に到着すると、施設長は驚きながらも一行を招き入れた。部屋の中は薄暗く、最低限のランタンしかつけられていない。セシリオはその施設内を素早く見渡した。台所の天井からは紐で括られた玉ねぎと干したとうもろこしがぶら下がっている。
「夜分申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」
施設長の女性はそう言うと、小さく首を振った。そして、セシリオとアルカン長官を見つめて深々と頭を下げる。
「布団の件では、ご恩情に感謝いたします。子供達もぐっすり眠れております」
「その件なのだが、少し詳しく聞かせて欲しい」
セシリオは懐から、先ほどアルカン長官から預かった紙を取り出した。
「これがここの支出の明細だ。そして、こちらが支援金と寄付金の合計額だ。見てわかるとおり、だいぶ隔たりがある。いったいなんのために貯めこんでいる?」
セシリオは差し出した紙の表の一番下に記載された数字を指さす。施設長の女性は怪訝な表情でセシリオを見返した。
「? 支給された額は全て大切に使わせていただいております。それでも足りない分は畑で野菜を作ったりして補ったり──」
そこで施設長の女性は声を震わせ口を噤む。セシリオは女性の顔を無言で見下ろし、小さく息を吐いた。
「子供達が物乞いをしたり、義賊を気取った窃盗団の寄付でなんとかしのいでいた?」
薄暗い中でもわかるほど、施設長の女性の顔がサッと強張る。その表情を見れば、言われずとも悟ることができる。
「申し訳ございません……」
「いや、話してくれて助かった。今日より後、今までのような辛い思いはさせないと約束する。ありがとう」
セシリオは礼を言うと、用は済んだと孤児院を後にした。
帰りの馬車の中で、セシリオは沸々と湧き上がる怒りを必死に抑えていた。領民のために支給したはずの支援金がその手元に渡らず、彼らを守るべき人間に搾取されるなど言語道断だ。
「カリーリ隊長を呼べ。今すぐだ」
領事館に戻ったセシリオはその足で警ら隊の施設へと赴き、入り口近くにいた隊員に低い声でそう命じた。セシリオのただならぬ様子に圧倒された隊員は、慌てた様子で奥へと向かう。そして、青い顔をして戻ってきた。
「不在です」
「もう帰宅したのか?」
「急用が出来たから数日休むと、本日から休暇を頂いております」
「では、いますぐ自宅へ使いを出して、ただちにここへ来るように伝えろ」
命じられた隊員は大慌てで「畏まりました」と言って馬を繋いでいる厩舎へと向かう。数十分後、今度こそ連れてくると思ったら、またもや空振りだった。
「自宅にはおりませんでした」
「では、自宅前で誰か夜勤の者に待たせろ。真夜中でも帰ってきたら俺のところに来るように伝えろ」
「はい」
隊員は青ざめたまま、再び厩舎へと消えて行った。
セシリオはその後ろ姿を見送り、大きなため息をついた。支援金を搾取していたのは一部の警ら隊でほぼ間違いないだろう。遠方とはいえ、自らの領地でこのようなことが起きて怒りが収まらない。
アルカン長官に用意された部屋に入ると、夜食にとカットフルーツと干しブドウが置かれていた。その干しブドウを一つ摘まみ上げ、セシリオはじっと眺める。
以前、サリーシャはセシリオの眉間に皺が寄っていると言って干しブドウを食べさせて笑わせようとした。もしここにサリーシャがいたら、またセシリオが怖い顔をしていると思って一生懸命これを食べさせようとするだろう。
──サリーシャは、もう寝たかな。
壁の機械式時計を確認すると、時刻は既に深夜となっており、日付が変わりそうだ。セシリオがいなかったから寂しかったと口を尖らせる様子が目に浮かび、自然と表情が綻ぶ。
それと同時に、あることが気になった。
サリーシャは大丈夫だろうかと。
ロランは恐らく、窃盗団の一味だ。アハマスの領主館に移送された仲間を助けようとしていたのだろう。指示したのは警ら隊の誰かしらである可能性が高い。なぜなら、あの日の夕方にセシリオ達一行があの街道を通りかかることを知っていたのは、ごく限られた人間しか居ないからだ。監視役の部下によると、ロランは馬に乗り慣れていないという。ということは、馬車で先回りしてセシリオ達が通るであろう道にロランを置いてきたということだ。
──監視も付けているし、大きな動きはできないだろう。
ロランの監視役には、非常に優秀な兵士を充てた。馬丁のふりをして日々ロランを監視している。ロランがサリーシャを害することはできないはずだ。
先ほど、警ら隊の隊員には遅くなってもいいからカリーリ隊長が戻ってきたらセシリオのもとに来るようにと伝えた。夜中に来ることも考えて、セシリオは軍服のままソファーに横になり、仮眠をとった。
***
セシリオはすっきりとしない気分のまま、朝を迎えた。
何時になってもよいと言っていたにも拘わらず、カリーリ隊長が現れなかったのだ。カーテンを開けると空が白み始め、はるか向こうの稜線をくっきりと浮き上がらせてている。
「カリーリ隊長はどうした?」
アルカン長官を連れて警ら隊の施設に行ったセシリオは、近くにいる隊員に尋ねた。隊員はセシリオの不機嫌さを敏感に察知したようで、恐縮した様子で肩を竦め落ち着きなく視線をさ迷わせた。
「それが、行先がわかりません。夜もやっている飲み屋などは一通り確認したのですが不在でして、旅行にでも行かれたのかもしれません」
「親しくしている側近に聞けばわかるだろう?」
「隊長に親しい者も、皆お休みをいただいております」
「親しい者も皆休暇? 全員が?」
「はい」
セシリオはその瞬間、強い違和感を覚えた。側近が一人くらい同じ時期に休暇をとるならまだしも、全員が同じ時期に休むなど異様だ。
「カリーリ隊長が休暇をとると言い出したのは一昨日だったか?」
「一昨日の夕方です」
セシリオがアルカン隊長にしたためた書簡を部下に持たせたのが二日前の早朝のこと。到着したのは一昨日の夕方のはずだ。
「アルカン長官。俺からの書簡のことを、カリーリ隊長に話したか?」
「書簡のことは話していませんが。各施設に支援金を持って行っていたのはカリーリ隊長の部下達なので、呼び出して状況を確認しました」
アルカン長官が顔を青くしながら答える。
「くそっ!」
セシリオは思わず壁をガシンと殴った。カリーリ隊長は恐らくもう戻ってこない。自分に疑いがかかっていると察して、仲間と共に姿を眩ませたのだ。
「一昨日の夕方、警らに当たっていた連中を集めろ!」
セシリオはすぐにそう指示して彼らの行き先に心当たりがある者がいないかを確認していく。そのとき、一人の隊員がおずおずと前に出た。
「隊長は見かけませんでしたが、一緒に休暇を願い出ている隊員らしき者達が街道をダカール国方向に移動するのは見かけました」
「ダカール国方向へ?」
ダカール国方向とは、すなわちアハマスの中心地の方向だ。すぐに昨日すれ違った馬車と騎士団の集団が思い付いた。
──どうりで腕が立ちそうな連中ばかりだったわけだ。
セシリオは舌打ちした。昨日違和感を覚えた時点で、彼らを止めて聴取するべきだった。アハマス辺境伯からの依頼となれば、タイタリア国内の貴族達は領地に現れた彼らを捉えて引き渡そうとする。セシリオに恩を売れるからだ。きっと、それを避けるために彼らはダカール国へと国外逃亡を図るつもりなのだ。
彼らは元々アハマス軍の軍人で、アハマスの一地区の警ら隊長まで務めている。ダカール国に行けば、隣国の軍事情勢を知る貴重な情報源として重用されるだろう。
「屋敷に戻るぞ。万が一カリーリ隊長らが戻ってきたら、即刻拘束しろ」
タイタリア王国からダカール国に出国するにはアハマス領主館で発行した許可証が必要だ。つまり、彼らは必ず領主館に現れるか、国境を強硬突破しようと画策する。
セシリオは立ち上がると、慌ただしくデニーリの領事館を後にした。




