第五十話 調査
執務棟へと戻ったセシリオはそのままの足でモーリスの元に向かった。仕事を終えたモーリスはちょうど帰宅しようと自らの執務室に鍵を掛けようとしているところだった。
「モーリス、急ぎの案件だ」
「なにかあったのか?」
セシリオの言葉を聞いた瞬間、穏やかだったモーリスの表情が即座に険しいものへと変わる。
「デニーリ地区の福祉関係の資金の流れと実際に使われた額を調査するようにアルカン長官に指示する。モーリスは、カリーリ隊長の経歴について調べてくれないか? ここで働いていたらしいから、記録は残っているはずだ」
「デニーリ地区の資金の流れとカリーリ隊長の経歴? なぜだ? まるで話が見えない」
モーリスは訝しげに眉を寄せてセシリオを見返した。
セシリオが視線を憚るように周囲を見渡したのを見て、モーリスは鍵を掛けようとしていた自らの執務室を開ける。セシリオもモーリスに続き、部屋に入って後ろ手にドアを閉めた。
「気になることがあるんだ。今日、サリーシャから話を聞いて──」
セシリオから一通りの話を聞いたモーリスはうーんと唸った。
窃盗団の暗躍にデニーリ地区の警ら隊が関与しているなど、突拍子もない話だ。彼等は治安を守るためにいるのであって、取り締まる側だからだ。
しかし、そう考えれば色々と合点がゆくのは確かだった。
窃盗団が捕まらないのは、最初から捕まえる気がないからだ。そして、最近は治安維持隊に彼らが捕まらないように、情報を漏らしている。
孤児院の孤児が困窮していたのは、本来支給されるべき額の金が届いていないから。横領しているのは警ら隊だろう。
そして、捕まった連中がなにも話そうとしない理由も簡単だ。
聴取する側が黒幕なのだから、話すわけがない。おそらく孤児院への支給金の横領など露にも知らない彼らは、あのような窃盗団を設立して孤児院へ一部を回し、さらに自分達を見逃してくれる警ら隊に当初はさぞかし感謝していたことだろう。崇拝するような態度を見せたというのも頷ける。
しかし、いつまで経っても助けてもらえることもなく、さすがにおかしいと感じているはずだ。自分達が喋ってしまい孤児院の仲間達に被害が及ぶことや、自分達が折檻されることを恐れているに違いない。
信じられないと言った様子で眉を寄せるモーリスのことを、セシリオは真剣な眼差しで見つめた。
「あくまでも憶測でしかないが、調べたい。明日、こちらに移送した連中の聴取をもう一度俺がやる」
「わかった。しかし、信じられんな……」
尚も信じられない様子で低く呻きながらも、モーリスはしっかりと頷いた。
モーリスはセシリオの右腕であり、非常に仕事のできる男だ。
依頼を受けた翌日の夕方にはカリーリ隊長について一通りの記録を洗ってきた。
「十六歳でアハマス軍に入団して、以来二十年以上に亘って軍にいた。三年前に引退してデニーリ地区に流れたようだ。ダカール国との戦争が勃発した際には自ら進んで前線に志願し、自らの率いる小部隊の部下達と共に成果をあげている。第一部隊でその業績を讃えて表彰もされているな」
「なるほど。その戦績と表彰歴を携えて行けば、デニーリ地区の隊長の座も容易かっただろうな」
「ああ。ただ、性格は無慈悲なところがあるとの情報もある。ああいった状況下では仕方がないのかもしれないが、必要のない者まで手に掛けたと一部から批判が出ていた。俺が見たわけではないから、事実はわからんがな」
「無慈悲か……」
戦争下では気の迷いが自らの命を落とすことに繋がりかねないのである程度無慈悲になるのはしかたがないことだ。セシリオは複雑な心境ながら、静かに耳を傾けた。
「戦後に治安維持の任務にあたっている期間中も、容疑者の扱い方で何回かトラブルをおこしている」
モーリスは説明しながら、手元の資料をパラリと捲った。
「気になることがあって更に調べた。第一部隊でカリーリの率いた小部隊の隊員は全員同時期に退官している。行き先はデニーリだ」
「なに? つまり、当時の部下は今も一緒にいるということだな?」
「その通り。どうも匂うだろう? ──ところで、捕まった連中はなにか話したか? 今日、聴取に行ったんだろう?」
「いや、話さない。ただ、デニーリ地区の福祉予算は警ら隊が横領しているかもしれないと匂わせたら、かなり動揺していたのは確かだな」
セシリオはそこで言葉を切ると、思案するように腕を組み、おもむろに顔を上げた。
「明日、早朝にデニーリに行く。デオに乗って飛ばせば、日のあるうちには向こうに着く。アルカン長官に頼んでいたものを見せてもらい、ことの次第ではカリーリ隊長をその場で拘束してくる」
「わかった。同行する騎士をすぐに選任する」
「頼んだ」
セシリオの真っ直ぐな眼差しを受けて、モーリスはしっかりと頷いた。




