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【書籍化】辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
新婚編

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第四十九話 糸口

 その日、領主館の中をノーラと共に散歩していたサリーシャは、物陰をごそごそと動く人影を見つけて足を止めた。小柄な男性が軍の施設の中を、窓から覗こうとしている。


「なにをしているの?」


 声を掛けられた男はびくりと肩をゆらし、おそるおそるといった様子で振り返る。サリーシャはその顔をみて目をぱちくりとさせた。先日から領主館で働き始めたロランだったのだ。


「ロラン? こんなところでなにをしているの?」


 ロランは声を掛けてきたのがサリーシャだと気付くと、ばつが悪そうな表情をしてストンと台から降りる。ガシガシと頭を掻き、足下の踏み台にしていたブリキのバケツを持ち上げた。


「ロラン!」


 遠くからロランを呼ぶ声が聞こえた。ロランはあからさまにまずいと言いたげな顔をして、すぐに慌てた様子で近くの井戸で水を汲む。そして、よろよろと走り始めた。ロランが走った後に、ポタポタと垂れた水の跡ができる。

 ロランが向かった先に立つ、先日も会った馬丁もサリーシャに気付いたようで、帽子を取ると軽く頭を下げる。サリーシャもペコリと頭を下げた。


「お前、水汲みにどんだけかかってんだ」

「バケツが重くて……」

「もっと鍛えろ」


 バケツを持ったロランはその男性と共に厩舎の方へ消えていく。サリーシャはその後ろ姿を見送りながら、目をぱちくりとさせた。


「いったいなにをしていたのかしら?」

「さあ? なんでございましょう?」


 ノーラも首を(かし)げる。サリーシャは目の前の建物を見上げた。


 ──ここは、なんの建物かしら?


 煉瓦作りの建物は、全体的に窓が少なく不思議な構造をしている。そして、わずかにある窓も、とても小さくて付いている位置がとても高いのだ。サリーシャの身長では、中を覗くことは到底できそうにない。ロランもバケツを踏み台にしていたが、背が低いこともあり、全く中を覗けてはいなかった。


 入り口側に回ってみると、門が閉ざされた前で、二人の衛兵が警備に当たっているのが見えた。その門は黒い金属製で、随分と強固に見える。

 護衛の二人はサリーシャに気付くと軽く会釈をした。


 ──セシリオ様に後で聞いてみよう。


 サリーシャはそう考え、その場を後にした。



 ***



 セシリオは色々と頭を悩ませていた。ここ最近、窃盗団の検挙がうまくいっていない。なぜか治安維持隊の警戒していない場所ばかりに現れるのだ。デニーリの警ら隊は遭遇することもあるようだが、いづれも捕獲に失敗している。


 それに、先日デニーリ地区から移送してきた窃盗団の一味についても思い通りにことが進まない。彼らの痩せ細っていた体は随分と健康的になってきたが、未だに口を割ろうとはしない。

 自分が話すことにより、その後に起こることを恐れているような態度……。彼らがなにを恐れているのかがわからないのだ。


「くそっ!」


 報告書を投げ捨てて、思わず悪態をついた。思ったような成果が出ず、苛立ちを抑えきれない。額に手をついて天を仰ぐと、深く嘆息した。



 夕食後に私室に戻ってからも悩んでいたセシリオは、ドアをノックする音がして顔を上げた。返事をする前にドアが開き、ひょっこりとサリーシャが顔を出す。その手にはティーカップが乗ったトレーを持っていた。


「セシリオ様、いま少しよろしいですか?」

「もちろん。ちょうど休憩したかった」


 セシリオが表情を和らげて執務用の椅子から立ち上がると、サリーシャは嬉しそうに微笑んで部屋に入ってきた。トレーに乗せたティーカップと焼き菓子をテーブルに並べ、ソファーに座り直したセシリオの隣に腰を下ろした。

 セシリオはテーブルに視線を移した。皿に乗ったパイの切り口からは黒く丸い粒が艶々と光っているのが見え、甘ーい香りが部屋中に広がっている。


「これは、チェリーパイ?」

「はい。先月デニーリで買ってきた瓶詰めを使って、今日の昼間に厨房の皆様と作りました。お口に合うといいのですが」


 サリーシャはお皿に乗せられたチェリーパイをフォークで小さく切ると、こぼさないように片手を添えて、それをセシリオの口元に運んだ。セシリオは差し出されたそれをパクリと一口で食べる。


「美味しいですか?」

「ん、美味しい」

「よかった」


 サリーシャはチェリーパイを頬張るセシリオを見つめ、嬉しそうにはにかむ。

 シロップ漬けにしたチェリーを使っているため、噛むと染み込んだシロップが染み出してきて、口いっぱいに甘さが広がった。さほど甘いものが好きなわけでもないのだが、サリーシャが持ってくると毎度毎度、絶品に感じる。


「今日、バーバラ様から手紙の返事がきましたの。やっぱり支援金は決められた額を支払っているようですわ。寄付金もそれなりには集まっているみたいで、警ら隊が纏めて届けているから間違いないと」


 形のよい眉を寄せたサリーシャはそう言いながら二口目のチェリーパイをフォークでカットすると、再びセシリオの口元に運んでくる。


「不思議だわ」

「不思議だな」


 何に使ったのかの明細がない以上、それ以外に言いようがない。セシリオの顔を見つめていたサリーシャは、なにかを思い出したように目をぱちくりとさせた。


「不思議と言えば、あの厩舎の奥にある建物はなんですか? 井戸の近くの、窓が小さくて高いところにある……」

「厩舎の奥? なぜだ?」

「今日、おかしな光景を見ましたの。お昼過ぎに散歩していたら──」


 サリーシャにその出来事の話しを聞き、セシリオは眉を潜めた。

 サリーシャの言っている建物は、犯罪者を一時的に勾留するための場所だ。逃走できないように窓は高く、サイズも小さい。今、ちょうどデニーリ地区から移送した連中がいるのもその建物だった。


「ロランったら本当になにをしていたのかしら?」


 頬に手を当ててぼやくサリーシャの横で、セシリオは目まぐるしく頭を回転させていた。


 義賊を気取った窃盗団の暗躍。

 デニーリ地区でサリーシャが見たという物乞いの孤児。

 最初は首謀者を崇拝するような態度を見せ、のちに怯えた様子になった犯人らの態度。

 パトリックが取り逃したという疲弊した馬車。

 十分な支援があるはずなのに資金繰りが苦しい孤児院。

 デニーリから遠く離れた地でセシリオの馬車の前に飛び出してきたロラン。

 治安維持隊を避けるように現れる窃盗団。


 全ての事柄がパズルのピースのように組み合わさってゆき、見えなかった黒幕が徐々に形を顕にする。


 ──まさか……。


 考えたくはないが、それが一番しっくりと来る。


 サリーシャが最後の一口のチェリーパイを刺そうとしていたので、セシリオはひょいとそれを取り上げてフォークで刺すと、サリーシャの可愛い口に入れてやった。思わぬ不意打ちにサリーシャの顔が真っ赤になる。


「ありがとう。サリーシャのお陰で解決の糸口が掴めたかもしれない」

「え?」


 セシリオはきょとんとするサリーシャをぎゅっと抱きしめて額にキスを贈ると、すぐに立ち上がる。なすべき作業に取りかかろうと、執務棟へと足を急がせた。



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