第四十二話 干しブドウ
セシリオは強い違和感を覚えた。
事前の報告では、捕らえた一味は首謀者を崇拝しており口を割らないとされていた。しかし、今目の前にいる男達はしきりに視線をさ迷わせ、落ち着きのない様子だ。セシリオには、彼らがまるでなにかに怯えているように見えた。
「カリーリ隊長。彼らの部屋を地上階の牢に変えて風呂に入れさせろ。それに、食事を増やすんだ。あれでは口を割る前に気が狂ってしまう」
「最初は一般牢だったのですが、強情なのであのような部屋になりました。食事は出していたものを──」
「わかっている。だが、俺は各地区の警らに犯罪者の取り締まりの権限は与えているが、それ以上のことを許した覚えはない。あれでは、まるで虐待だ。今後、あのようなことはするな」
言い訳するように喋り始めたカリーリ隊長に、セシリオは有無を言わせずに命じた。険しい表情で牢屋から戻ってきたセシリオの見て、アルカン長官はおどおどとした様子でセシリオと警ら隊の面々を見比べる。
セシリオが手短に目にした事実だけを告げると、顔を青ざめさせてしきりに謝罪を始めた。きっと、あれは警ら隊が独断でやっていたのだろう。
屋敷の客室に戻ったセシリオは深いため息をついた。結局、窃盗団の一味から黒幕を聞き出すことは出来なかった上に、ひどい後味の悪さだ。
──いったい、なにに怯えているんだ?
セシリオは先ほど見た男達を思い返す。しきりに視線だけを落ち着かない様子で左右に動かしていた。あれが意味するのはなんなのか。
そのまましばらくソファーにもたれかかって考えごとに耽っていると、カチャカチャとドアノブを回す音がして、ドアが開いた。
「セシリオ様! ただいま戻りました」
部屋に入るや否やそう言って満面に笑みを浮かべたサリーシャは、手に大きな袋を抱えていた。
「セシリオ様?」
黙り込むセシリオを見て怪訝な顔をしたサリーシャに、セシリオは慌てて表情を取り繕って見せた。
「おかえり。その様子では、楽しめたみたいだな?」
「はい。凄く楽しかったです。チェリーの果樹園に行きましたの。生のチェリーをお土産に戴いたので、夕食後に食べましょう。セシリオ様はチェリーはお好きですか?」
サリーシャはそう言いながら、手に持っていた袋を部屋のサイドボードの上に置いた。すぐに中をごそごそと漁り始める。
「ああ、好きだ」
「干しブドウは? たくさん買ってきたのです」
「干しブドウも好きだな」
サリーシャはそれを聞くと、袋を漁っていた手を止めて「よかったわ」と微笑む。その笑顔を見ると、暗澹としていた気分がふっと軽くなるのを感じた。
「サリーシャ、おいで」
ソファーに座ったまま両手を広げる。手になにかを持ったサリーシャはキョトンとした表情を見せてセシリオを見返してから、嬉しそうに笑う。そして、セシリオに近付くとぎゅっと抱き付くようにその逞しい首に両腕を回し、顔を埋めた。
「今日は、なにをして過ごした?」
「チェリーの果樹園に行きましたわ」
「ああ。ほかには?」
「川沿いの花を見ました。あ、でも、明日セシリオ様と一緒に見に行く約束をしているから、車窓から見ただけですわ。花摘みの楽しみは明日に取っておこうと思って」
サリーシャはセシリオの首元に埋めていた顔を上げると、嬉しそうにはにかむ。そして、セシリオの頭の後ろでがさごそとなにかを指に摘まむと、それをセシリオの口にそっと入れた。口の中に甘酸っぱさと、ふんわりとフルーティな香りがした。
「これは……干しブドウかな?」
「そうです。途中でバーバラ様にお店に連れて行っていただきました。美味しいですか?」
「ああ、美味しい。甘いな」
そう言うと、サリーシャは嬉しそうにはにかんで手に持っていた袋からまた一粒干しブドウを取り出すと、セシリオの口に入れた。そして、反応を見るようにセシリオの顔をじっと見つめてくる。
サリーシャのその姿がなんだかとても可愛らしく、セシリオは咀嚼しながら相好を崩した。セシリオの顔を見つめるサリーシャもふわりと微笑む。
「よかったわ」
「なにが?」
「セシリオ様が笑ったから。さっきまで、ここに皺が寄っておりました」
サリーシャは人差し指を伸ばすと、セシリオの眉間をぐりぐりと押す。そして、セシリオの顔を見つめるとまたふふっと微笑んだ。
「あとは、孤児院に慰問に行きました。皆、畑でお野菜を作っているんですって。デニーリ地区は農業地帯なだけあって、孤児院でも畑を耕すんですね」
「へえ、そうなのか?」
セシリオは初めて聞く話に、片眉を上げる。
「はい。そら豆やブロッコリーを見せてくれましたわ。──ただ、気になったのは、入居している子供が毛布が十分に用意されていなくて夜が寒いって言ってたんです。バーバラ様に確認しても支援金は同額を支給しているようですから、何か別のことに使ってしまったのかしら? とにかく、夜が寒いと風邪をひいてしまうから、今年の福祉予算の一部を融通してなんとか現物支給などができないかとアルカン長官に相談してみようかと思います」
「毛布が? それは確かによくないな。夕食のときにでもアルカン長官に訊いてみようか」
「はい。夕食のときの生のチェリーも楽しみにしていて下さいね」
「ああ、楽しみにしておく」
セシリオは嬉しそうに笑うサリーシャを抱き寄せて背中をポンポンと軽く叩く。
ぎゅっと抱き付いてくるサリーシャがぴったりと寄り添って顔を首元に埋めてくるものだから、さらさらした髪が顔に当たってくすぐったい。
たった少し触れ合っただけなのに、さっきまであんなに重苦しかった気分はいつの間にかずいぶんと軽くなっていた。




