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第四十一話 聴取

 ときは少し前に戻る。

 バーバラにデニーリ地区を案内されるサリーシャの馬車を見送ったあと、セシリオは早速アルカン長官と仕事の話を始めた。


「昨年はバクガの大量発生で小麦が大打撃を受けたが、今年はどうだ?」

「幸いなことに今年は大丈夫そうです。昨年は税収も減って申し訳なかったです」

「天災だから仕方があるまい。予防策がわかっていれば、対策のしようもあるのだが。領民は不作に困っていなかったか?」

「平年より収入が減っているので、多少の苦労はあったかと。ただ、閣下からの通達に則り、被害が大きかった農家には税の軽減など救援策を講じております。生活が脅かされるような深刻な生活被害はないかと」


 アルカン長官の返事に、セシリオは満足げに頷いた。

 昨年は害虫のバクガがデニーリ地区で猛威を奮い、小麦に深刻な被害を出した。また小麦の収穫の季節がそろそろやってくる。今年はいまのところ影響が出ていないようで一安心だ。


「以前、俺の結婚式のときに話してくれた窃盗団はどうだ? 治安維持隊を派遣して、何人かは捕らえることに成功したようだが……」

「はい。その件については本当に感謝しております。カリーリ隊長率いる警ら隊が力を尽くしてくれていたのですが、なかなか捕らえることができずに苦労していました。ようやく、少しずつですが捕らえることに成功してホッとしています」


 アルカン長官は両手をテーブルにつくとペコリとセシリオに頭を下げる。


「なかなか黒幕についての自白をしないらしいな?」

「はい。こちらもカリーリ隊長ら警ら隊が取り調べを行っていますが、一切口を割らないそうです」

「そうか……」


 アルカン長官が語ることは、アハマスを去る前日にモーリスから伝えられたことと一致する。セシリオは腕を組んで思案した。窃盗団の一部を捕らえたとしても、黒幕を捕らえない限りはまた新たな入団者が出でいたちごっこが続く可能性がある。やはり、根本的な解決は黒幕を捕らえることだ。


「そいつらは、今どこに?」

「警ら隊の敷地内にある収容施設です」と、アルカン長官は説明する。


 警ら隊の施設は今朝セシリオが早朝訓練に混ぜてもらったところだ。ここと隣接して建っている。つまり、問題の窃盗団の団員の一部がここから遠くない場所に収容されているということだ。


「では、俺も直接会って話をしてみたい。カリーリ隊長にも確認したいことがあるしな」

「わかりました。ご案内します」


 アルカン長官は小さく頷くと、すぐに立ち上がる。セシリオはアルカン長官の後を追い、警ら隊施設へとむかった。


 アルカン長官とセシリオが警ら隊施設に到着すると、そこでは普段は現れない来客に少し緊張が走ったようなピリッとした空気が流れた。


「ようこそいらっしゃいました、閣下」


 カリーリ隊長は穏やかな微笑みを浮かべ、慇懃(いんぎん)な態度で礼をした。


「少し話を聞きたい。いいか?」

「もちろんです」

「例の窃盗団の件なのだが、まだ口を割らないのか?」

「割りません。強情なことです」


 カリーリ隊長は困り果てたような態度で肩を竦めると、首を左右に振って見せる。


「聴取は誰がしている?」

「わたしが直接、もしくは信頼の置ける部下に任せております」

「そうか……」


 カリーリ隊長自らが聴取しても口を割らないとなると、本当に口を割らないのだろう。しばらく思案するように顎に手を当てていたセシリオは、ふとパトリックから聞いた話を思い出した。


「そういえば、三ヶ月近く前のことなのだが、窃盗団がプランシェに逃げ込んで逃した後、プランシェでもあちらの警らに追われてこちらに戻ってきたことはなかったか? だいぶ馬が疲弊していたらしいのだが……」

「三ヶ月前?」


 カリーリ隊長は記憶を辿るように宙に視線を浮かせたが、やはり先ほどのように首を左右に振った。


「記憶にありません」

「そうか……」


 パトリックはかなり馬が疲弊しているように見えたと悔しがっていた。ならば、そんなには遠くには行けないはずだ。プランシェに逃げられたのであれば領地境辺りに警ら隊を張り付けておきそうなものだが、盗んだ荷馬車はいったいどこにいってしまったのだろうか。


「俺が直接尋問したい。彼らのところへ案内してくれ」

「閣下が直接?」

「ああ」

「このようなことは、閣下のお手を煩わせるほどのことでもありません」


 カリーリ隊長は困惑したような顔をして、眉をひそめた。しかし、セシリオは片手を上げてその発言の先を遮った。


「窃盗団の黒幕が捕まらなければいつまでも街道の治安がよくならない。王都とアハマスの街道はアハマスの民の生活に欠かせない道だ」

「しかし……」

「案内しろ。これは命令だ」


 なおも反対するカリーリ隊長に、セシリオは低い声で命じた。カリーリ隊長はうぐっと黙り混むと、なにかを言いたげに唇を震わせた。

 カリーリ隊長からすれば窃盗団から証言をとれずにアハマス領主であるセシリオ自らの手を煩わせるなど、任務に失敗したと言われたようで面白くないと感じるのも仕方はない。しかし、セシリオにとってはカリーリ隊長の矜持(きょうじ)を保つよりも、アハマスの平穏を守ることの方が何倍も重要なのだ。


「──承知しました。こちらへどうぞ」


 しばらく黙り混んだカリーリ隊長はやはり納得いかないようだったが、セシリオに歯向かえるわけもなくしぶしぶと歩きだす。セシリオはその後ろに続いた。

 デニーリ地区の犯罪者の収容施設は警ら隊の敷地内にあり、件の窃盗団の一味とされるもの達は更にその建物の地下に収容されていた。もともとは戦争でとらえた敵を収容しておくための施設だった場所だ。

 案内された階段を降りると、独特のじめじめとした湿気とカビの嫌なにおいが鼻についた。両脇に鉄格子が嵌められた牢屋が続く仄暗(ほのぐら)い通路には所々に明かりのランタンがぶら下がり、炎が揺らめいている。セシリオ達一行の足音が狭い廊下にコツコツと反響して響き渡った。


「おいっ! 取り調べだ。起きろ」


 カリーリ隊長の前を案内する門番が一つの牢の前でそう呼びかける。中にいたボロを纏った者達がその声に反応するようにゆるゆると顔を上げた。

 セシリオはその姿を見て、少なからず驚いた。中には四人の若い男がいたのだが、皆が皆、とても痩せている。それに、食べ物の腐ったような臭いと何日も風呂に入っていないような嫌な臭いが幾重にも混じり合って鼻につき、思わず口元を押さえるほどだった。


「鍵を開けろ」


 短く命じると門番が鍵を開けたので、セシリオはその中に入った。

 やはり、酷く不衛生な状況だ。近くで見ると、ランタンの薄暗い明かりの下でも薄汚れているとわかる衣類から覗く手足は、棒切れのように細い。こけた顔の中で目だけが異様に大きくぎょろりとして見えた。セシリオはせり上がる胃のムカつきをぐっと抑え、努めて穏やかに語りかけた。 


「俺はアハマス辺境伯だ。今日はお前たちに聞きたいことがあってここに来た。お前たちは窃盗団を組み、王都とアハマスの街道で暗躍していたと聞いている。いったい黒幕は誰だ?」


 一番近くにいた男がピクリと肩を揺らし、セシリオを見つめる。そして、周囲を見渡すようにぐるりと首を回し、ふるふると首を振った。


「知らない」

「知らない?」

「俺はなにも知らない……。本当だ……」


 男はなにかを恐れるように周囲に視線を走らせ、怯えたように瞳を揺らした。

 なにを聞いても、お願いだからなにも聞かないでくれと懇願するような目で同じ答えを繰り返す。

 周囲の者も口を閉ざしたまま牢の壁際に座り込み、焦点の定まらないような目で宙を見つめている。

 セシリオは目の前の者達の異常さに得体の知れないものを感じとった。


 ──なんだ、これは? 首謀者を崇拝している? むしろ、これではまるで……。


 彼らの異様な様子に、背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。



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