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第二章その1

 

 第二章、最後の時を精一杯過ごそう。


 滅亡まで残り一二日を切った。

 美咲はあの後眠れず寝不足気味で、朝のニュースを見るとそれまで抑えられていた理性が失われ、一気にタガが外れたかのように世界各地でパニックや暴動が起きたとニュースは報じた。

 一緒に朝食を食べていた一敏は怪訝そうな目で美咲を見る。

「美咲、大丈夫か? 夕べ眠れたか?」

「夜中の三時に起きてそれから眠れなかった」

 美咲は頭がボーッとしていて、夕べ見た夢の内容は忘れたがあの女の子だけはハッキリと覚えていた。朝食を食べ終えると美咲は一敏と藤沢市にある家を出て、JR藤沢駅で直美と合流する。

「おはよう二人とも、どうしたの美咲? 寝不足?」

 青いGジャンに白のブラウス、水色のフレアパンツの直美は渋谷や原宿にいそうな風貌で化粧もしていて、もう美咲のことを名前で呼んでいるのが気になるのか、一敏は微かに眉を顰める、美咲はストレッチしながら肯く。

「あ、ああ……ちょっと……変な夢を見てな」

「なにかあったの? 話してごらんよ」

 直美は美咲に好意を寄せるような目で見つめながら歩み寄る。美咲はどうすればいいか困惑して、助けを求めるような眼差しで一敏を見つめると、軽い溜め息を吐いて間に入る。

「待てよ直美、美咲が困ってるだろ」

「いいじゃない、もうすぐ……もうすぐ何もかも終わるから、悩みなんか綺麗さっぱりなくなった方がいいじゃない」

「そうだけど……直美……記憶無くしてるし俺が言うのもなんだが、こいつ結構繊細なんだぞ」

 一敏は面倒臭そうに頭を掻きながら言うと、美咲は気を遣って微笑みながら言う。

「僕のことは気にしなくていいよ」

 三人は江ノ電藤沢駅へと歩く、江ノ電に乗ってくる陽奈子や唯と合流するためだ。直美が真ん中になって左右に一敏、美咲が歩くと直美は遠くを見るような目になる。

「なんかさぁエーデルワイス団、もっと早く入るなり作るなりすればよかった……早い人たちはゴールデンウィークの頃に結成したんだって」

「ふっ……つまり俺たちは遅咲きのエーデルワイス団か」

 一敏は鼻を鳴らして自嘲気味に微笑む、美咲は肯定も否定もするつもりはなかった。

「例えそうであっても、最後の時を精一杯過ごそう。そういう気持ちがあればいいと思う……僕にはそんな気がする」

「そうね、なんかこの夏……受験生だから当然だけど、受験合宿やら夏期講習やらで勉強ばかりでうんざりしてた。まあ、啓太がいなくなってこの夏――この先の人生捨てたのも同然と思ってたけど……これから取り戻していこうと思う!」

 直美は胸を張って言う、その横顔は遠い宇宙の彼方にある青白い恒星のように輝いていて、一敏も微笑んで肯く。

「お前の言う通りだ。もう受験勉強も就職活動もくそ食らえさ」

「そうそう! あたしも今朝、親に言ってやったわ! どうせどの道世界は終わるんだから、もう受験勉強なんか一切やめてエーデルワイス団を始めるって! そしたら親は顔を真っ青にしたわ! もうスマホに撮って見せたいくらいよ!」

「そりゃ見たかったな、ざまぁみろだ!」

 一敏はノリノリで同調する、傍から見ると付き合ってるようにも見える。

 すると直美は美咲に訊いた。

「美咲ってLINEやってる?」

「いや、それどころかスマホも持ってない」

 美咲は首を振って言う、自分でもどうして持ってないんだ? と思うと、一敏が理由を明かしてくれた。

「こいつのスマホなら、この前の隕石で文鎮に変わっちまったよ」

「うわぁそりゃ最悪、スマホがないと落ち着かないし不便じゃない?」

 直美はまるでスマホがない生活なんてあり得ないと言わんばかりに首を横に振る。美咲は記憶を無くしてるとはいえ、あまり不便だとは思わなかった。

「大丈夫だ、スマホがなくても人は生きて行ける」

「美咲、こいつ人は人でも現代人だからな」

 一敏は茶化して言うと、直美もニヤけて軽く小突く。

「そういうあんたもそうでしょ?」

「まっ、どの道彗星の欠片が落ちてきた後は既存インフラが破壊がされてネットもできなくなる可能性もあるからな」

 確かに一敏の言う通りだ、ジェネシス彗星は粉々になったが細かい破片が地球全域に降り注ぐ。

 人類の滅亡は免れても、世界各地で一〇年前の東日本大震災を遥かに上回る膨大な被災者や難民が溢れ、それに伴う治安悪化や地域紛争、最悪の場合世界秩序の崩壊による第三次世界大戦の可能性もある。

「まぁそん時はそん時でどうにかなるでしょ」

 直美は呑気なことを言うが一理ある、そう思ってしまう自分も同じだと苦笑する。

「ああっ美咲、今あたしのこと笑ったでしょ?」

「いや、自分に笑ったんだ」

「ホントに?」

 直美はニヤけながらジーっと見つめる、美咲は直美の眼差しから好意を感じた瞬間、美咲の意識に凄まじい電流のようなものが走る、急速に心拍数が上がり、次の瞬間には急に意識が遠くなった。


 次の瞬間には冷房の効いた駅構内ではなく、真夏の炎天下の青空にその象徴とも言える入道雲、沢山の蝉の鳴き声、ここはどこだ? 僕は走っていたのか心臓が激しく脈を打ち、肺が悲鳴を上げて酸素を求めている。

 全身からは汗が噴き出し、両足は筋肉を酷使したのか疲れきってるようだ。

「水前寺君、着いたわ! ×××球場よ!」

「ああ、××さん状況はどうなってる?」

 僕は彼女に訊くと、スマホに片耳イヤホンに手を当てながら言う。

「今四回の裏、八代第一商業の攻撃が始まるわ!」

「間に合ったな、みんな急ごう!」

 後続のみんなは? と振り向くと城が見える! それは日本三大名城の一つで五年前の地震で被害を受け、今も復旧工事が続いてる熊本城だ!

 それで僕は思い出した、そうか僕は今、熊本にいるんだ!

 視界にぼやけていたものが一部、ハッキリと見えるようになった。

「急ごうみんな!」

 文芸部部長に促されて藤崎台県営野球球場――通称:藤崎台球場に入る、そういえばどうして僕たちは途中から応援に来たんだろう? その疑問はすぐに明らかになった。一塁側スタンドから入ると溢れんばかりの人で埋め尽くされていた。

 文芸部の男子生徒が球場を見回して歓声を揚げる。

「やっぱすげぇ、テレビで見るのとでは訳が違うぜ!」

「ああ、こんなに人を集めた地方大会なんて前代未聞だ」

 僕は肯いて見回す。

 まるでここが甲子園球場かと思うくらいで、吹奏楽部やチアリーディング部、太鼓部、それに即席の応援団も来ていて、この中にどれくらいのエーデルワイス団がいるんだろう?

 心を躍らせながら空いてる席を探して座る。二人分しか空いてなかったので、必然的になのか文芸部部長と一緒になった。

「やっぱり凄いね、視聴覚室で見るのとは大違い」

「ああ、特進コースの連中には悪いがな」

 僕は行く途中で買ったのだろう、スポーツドリンクを渡しながら言った。

 試合は文字通りの激戦だった。お互い守備を度外視してるかのように点を奪い合い、一〇対九で僕たちの学校がリードしたかと思えば対戦相手である八代第一商業高校が一〇対一一で巻き返す、そんな試合だ。


『勝て勝て×コウ!! 勝て勝て×コウ!! かっ飛ばせー!!』


 まだ学校のことは思い出せないが、今は重要ではない。

 吹奏楽部の金管楽器や木管楽器、パーカッションが開放的な藤崎台球場でタガが外れたかのように大音量で鳴らし、太鼓部も負けじと言わんばかりに太鼓をブッ叩き、大気を熱く、激しく揺さぶる。

 チアリーディング部や応援団も容赦ない陽射しと蝉の鳴き声を振り払うかのように、全身から噴き出す汗を光らせながら声援を送る。


『フレー!! フレー!! ×コウ!! フレ、フレ、×コウ!! フレ、フレ、×コウ!!』


 僕も文芸部部長と喉がはち切れんばかりに声援を送り、体感温度だけなら四〇度を超えてるんじゃないかと思うくらいだった。

 試合は逆転に次ぐ逆転で球場は熱狂の渦に飲み込まれた、応援に熱狂するあまりあちこちで熱中症に倒れる生徒が出るほどだった。

「××さん、大丈夫? 気分が悪くなったりしてない?」

「大丈夫よ、水前寺君も気を付けてね……向こうにも、エーデルワイス団の人たちがいるらしいよ」

 文芸部部長は気丈な笑みで眼差しを反対側の観客席に向け。第一商にもエーデルワイス団がいるのか、だとしたら向こうもきっと同じ気持ちだろう。


 試合は一四対一三で九回裏ツーアウトであと一人、僕たちも含めきっと誰もが祈るような気持ちだったに違いない。

「投げるぞ!」

 ピッチャーが覚悟を決めたのか大きく振りかぶった瞬間、僕は叫ぶ! 投げた! 速くて正確だ! だがバッターは正確な投球を予測していた、幸いジャストミートには至らなかったが、白球はファーストとセカンドの間を突き抜けて転がった。

「ヤバい! 急げ!」

 僕は叫ぶ。ショートの選手がボールを拾ってすぐに投げる、速い投球だが第一商のランナーも速かった。まるで全速力で走るネズミのように一塁を走り抜け、二塁で止まると同時にボールが着弾してセーフ!

 ランナーが二塁、まだ大丈夫だ。

 あと一人かランナーをアウトにすれば勝てる。

 僕はそう楽観していた次の瞬間、ピッチャーが投げた。

 行け! 僕は心で叫んだ。

 白球は空高く打ち上げられ、それを目で追う。スタンドの観客の殆どが立ち上がり、必死の声援をあるがままに叫ぶ。

「行け!! そいつを取るんだ!!」

 僕も思わず我を忘れ、叫ぶ。入るか入らないかのギリギリの打球だ、ショートの選手がセンターとレフトを追い抜いて全速力で走りながら取ろうと、瞬時に壁をよじ登ってジャンプ! 白球が消えてショートの選手はうつ伏せで地面に叩きつけられた!

 僕には見えてしまった、白球は手を逃れてギリギリで入ってしまったのを。

 向かいのスタンドから歓声が上がり、僕たちのいるスタンドは何とも言えない空気が流れていた、僕は思わず文芸部部長を見るとそれどころではなくなった。

「××さん! 大丈夫!?」

「うん……負けちゃったわね、逆転サヨナラツーランホームラン……一四対一五で向こうが……勝っちゃった」

 文芸部部長が顔色を悪くしながら、淡々と喋る。まさか熱中症!? 僕は鞄からヒエロン冷却材を取り出してそれを叩き、それを首の頸動脈部分に当てる。

「××さん、熱中症かもしれない。どこか涼しい所で休もう」

「うん……ごめんね水前寺君、」

 部長は弱々しい笑みで言う、辛うじて歩けるようだ。

 軽度で済んでよかったと思いながら観客席の裏側、比較的涼しい木陰に彼女を休ませる。みんなには僕の方からLINEで伝えておいた。

 彼女を木陰のベンチで休ませ、近くの自動販売機からスポーツドリンクを買ってそれを渡す。

「ありがとう水前寺君、だいぶ楽になったわ」

「よかった……××さん暑いのが苦手?」

「そうね……だけど……」

 汗ばんだ彼女の髪が湿った夏の風になびく、さっきまで熱狂の渦の中にいたのが嘘だと感じるくらい穏やかで、蝉の鳴き声が心地良く響く。

 文芸部部長はどこまでも青く、白い入道雲が聳え立つ夏の空を見上げる。

「私ね……一番好きな季節は……夏なの、夏ってさぁ……儚い季節だと思わない? 七年間土の中で暮らして地上で一ヶ月も生きられない蝉、夜空に一瞬しか咲かない打ち上げ花火……そして多くの命が消える日々が終わったあの八月一五日……夏の終わりを迎えるならこの時を輝かせたい、それが例え……儚い光でも」

 彼女は僕に儚げな笑みを見せる、それは夏の太陽の輝きではなく、ひっそりと光を灯す蛍のような微笑みだった。僕はもう心に決めていた、この子と最後の時を過ごしたいと願いながら言葉にした。

「僕も同じだ、僕は……君と一緒にこの時を輝かせたい」

「水前寺君?」

 彼女は弱々しく首を動かして見つめる、それだけで胸の鼓動が速まって身体中の血液が熱くなって沸騰するような気がした。


「僕は……君のことが好きだ、君と一緒に最後の夏を過ごしたい」


 僕は精一杯の言葉を伝えた。彼女は目を丸くして口をほんの少し開けるが、次の瞬間には白磁のように白い両手を口に当てて大粒の涙を流しながら答えた。


「うん、私も……水前寺君のことが、好き」


 両想いだったんだ、微笑んで僕は恋愛小説のヒロインのように嬉し泣きする彼女に、ズボンのポケットからハンカチを取り出して、優しく拭う。

「ありがとう水前寺君、やっぱり君は……優しいね」

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