第一章その4
ここはどこだ? 僕はどうしてここにいるんだ? 周囲を見回すと体育館裏の空き地に立っていた。一分~数分前後おきに数人の生徒がやってきて徐々に集まり、どんどん増えていく。
最終的に一〇〇人近く集まって学年問わず、それぞれのグループで、あるいはグループ同士で、あるいはクラスメイトや部活で同じ者同士がここで会ってお互い驚きながらも、近況を話し合ったりしていた。
下級生の部員が静かに驚いた表情で見回す。
「凄いですね、水前寺先輩……×コウだけでもこんなにエーデルワイス団がいたなんて」
「ああ、×コウの生徒数は確か三六〇人……これだけ集まれば三クラスか四クラス――一学年分の人数になる」
更に増えていくエーデルワイス団に、僕の心の奥底から何か熱いものが込み上げてきた。きっとみんなが自分達は孤独ではないと、実感してるに違いない。
集まってくると文芸部部長の彼女は安堵とプレッシャーを同時に感じてるような眼差しで、広場に放置されていた台に上がる。すると賑やかだった広場は静まり返った、まるでどこかの国の女性国家元首のように演説を始める。
皆さん、今日はエーデルワイス団のために集まって下さって、ありがとうございます。知っての通り、私の友達が属するエーデルワイス団の活動が表に出てしまい、危機に直面しています。
皆さんもご存知の通り、エーデルワイス団に対する風当たりは強く、先生や大人たちも快く思ってる人は殆どいません。しかし、だからと言って屈していい訳がありません!
何故なら残された時間は少なく、今日という日は二度と戻ってきません! 二度と戻ってこない、そして私たちが滅亡までに残された時間を、後悔のないよう今しかない今のために精一杯過ごす。
それが悪いことなのでしょうか? 滅亡を信じるのは人それぞれです。滅亡しなかったらまたどうするか考え、容易ではありませんが、遅れを取り戻していけばいいだけです。
一人ではなく、エーデルワイス団の仲間とともに!
現状ではエーデルワイス団に味方してくれる人は決して多くないでしょう。
この集会を開いたのは、私たちがお互いに孤立無援ではないことを、皆さんに知って欲しかったのです。エーデルワイス団のルールにも書いてあった通り、お互いに意志を尊重し合い、信頼し合い、尊敬し合い、必要あれば助け合いましょう。
それが、エーデルワイス団です!
彼女が演説を終えると、間を置かずに意見を募った。
「それでは早速、もうすぐ始まる人類最後の夏休みをどう過ごすか……自由に意見を言ってください、私たちのエーデルワイス団も夏休みに湘南旅行に行きます」
彼女が見回すと、一人の男子生徒が勢いよく「はい!」と手を上げた。
「三年二組の××××です。野球部やってるクラスメイトが地方大会の応援に来て欲しいそうです!」
長身で坊主頭が伸びたような髪の男子生徒――顔はぼやけて名前も思い出せないが彼は確か元テニス部で、一年生ながらインターハイで優勝したが、度重なる怪我で挫折したと聞いている。
元テニス部員の男子生徒は付け加える。
「あの、そいつから頼まれたんですけど……出来る限り応援に来てくれる人を集めて欲しいそうです!」
「わかりました、賛成の方は挙手をお願いします」
文芸部部長は肯いて挙手を促すとほとんどの人が手を上げてくれた。
「ありがとうございます、他に意見や提案のある方はいませんか?」
文芸部部長が見渡しながら訊くと、他にもいろんな意見が出てきた。その中でも際立っていたのが、いくつかのエーデルワイス団が結託して八月三一日の夜に解散前夜際という名の文化祭みたいなことをやろうという。
最初は緊張した空気だったが、やがて打ち解けて和気藹々としたムードで集会を進めていた時だった。
「何をしてるんだお前たち! これはなんの集まりだ!!」
いくつかの意見が纏まった時、野太い声が広場に響き渡った。
「やべっ……××だ」
テニス部顧問で体育担当の先生が現れ。後ろには女の先生が二人、一人は若い先生でもうひとりは年配の先生だ。先生たちも名前も思い出せないし、顔もぼやけて見えなかった。
突然現れた三人の先生に、文芸部部長は立ち往生してどうすればいいか戸惑っている時だった。
「やばっ! みんな逃げるわよ!! 解散!!」
女子生徒の誰かが、咄嗟の判断で叫んだ。凍り付いたエーデルワイス団の生徒たちは蜘蛛の子を散らすかの如く、それぞれバラバラの方向に逃げると僕も迷わず文芸部部長の所に走り、叫ぶ。
「××さん、逃げるよ! 早く!」
「あっ、うん!」
すぐに彼女は持ち直して一緒に走って逃げる。逃げる場所は決まっていた、文芸部の部室である資料室だった。僕も彼女も体力はある方じゃないから、息を切らして汗だくになり、入るなりエアコンが効いてひんやりして涼しかった。
「はぁ……はぁ……ここまで来れれば大丈夫よね?」
「ああ、でも××さんが言ってた友達のエーデルワイス団……大丈夫かな?」
「効果はあったわ、少なくとも……元気付けることはできたと思う」
彼女は自信に満ちた微笑みで肯く。次の瞬間には彼女のスマートフォンが震えて取り出して見ると、自信に満ちた微笑みが安堵の笑みに変わった。
「よかった……××さんたちのエーデルワイス団、改めて活動を開始するって……拠点も教室から××さんのマンションにするらしいわ」
「よかった、立ち直ってくれて」
僕も思わず安堵して不思議な子だと思う。
クラスでは目立たない大人しい性格でどちらかと言えば地味、だけど本当は知性的で優しく責任感が強い。誰も気付かない場所で精一杯咲かせる花のように、僕はまるでその花を見つけたような気がした。
「××さん、僕たちも拠点を変えよう……ここじゃいつバレてもおかしくない」
「そうね、あっ! ××さんからよ。居場所は……学校にではなく、外に見出だせ?」
更に送られてきたメッセージを彼女は読み上げ、僕はそれでなるほどと感心する。
「そうか、学校の外なら……先生や大人たちの目や手の届かない場所に行ける」
「みんなにも伝えておかなきゃ!」
文芸部部長はすぐにスマートフォンを操作する。他の部員たちはそのまま解散して家に逃げ帰ったそうだ、部長によればこの学校を卒業した先輩たちもよく外に拠点を作っていたという。
「今日はもう帰ろうか……」
文芸部部長は一仕事を終えたような表情で言うと、僕は肯く。そういえば僕の家はどこなんだろう? 覚えてないはずなのに、まるで体が覚えてるかのように自然と鞄を取る。
「うん、××さん、一緒に……帰ろうか」
しばらくすると文芸部員たちは無事に逃げたと報告のメッセージが入り、下校しながら電脳空間で今後の活動拠点を決める会議を始めた。学校を出ると覚えてるはずなのに知らない町の風景が広がり、ぼやけた標識に、幹線道路には路面電車が走っていた。
「水前寺君……これからが楽しみだね」
「ああ……受験生なのにこんなことができるなんて」
そして僕は覚えてないはずなのに、それこそ僕自信がレコーダーになったかのように思い出話しを始めた。
「高校受験の頃かな? 中三の夏休みの時、親に塾や夏期講習に行くことを強制されたんだ。そのくせ火の国まつりや江津湖花火大会に行くのを禁止してさ……まぁ、僕が勉強得意じゃないのもあったけど、一日一二時間勉強した末に公立には落ちてここに来たんだ」
「私もそうよ、うちの学校滑り止めで受ける人多いから」
「とりあえず成績だけ維持してあとは好きにやろうと思って、××さんと文芸部に入って一緒に小説を書いてた。結果的に……よかったと思う」
僕が一瞬の躊躇いを振り払って言うと、急速に心臓の鼓動が速くなる。
「そうね、こうして水前寺君やみんなとエーデルワイス団を作って色んな所に行ったんだから」
彼女の何の濁りもない清らかな笑みは学校のエーデルワイス団代表ではなく、普通の読書と創作が好きな女の子の笑顔だった。
「ゴールデンウィークや週末を利用していろんな所行ったよな、旅行部に改名した方がいいかも……これから富士山の登山や沖縄、小笠原諸島や湘南にも行くんだから」
僕たちはこの夏休み、顧問の先生にも秘密でいろんな旅行を企画していた。富士山や沖縄に、小笠原諸島に行って、そして湘南にも行く。文芸部部長は苦笑しながら懸念事項を口にする。
「さすがに××先生にバレたりしないかな?」
「大丈夫だ、怪しまれないために登校日や部活の日の合間に行くんだ。日焼けしてもプールで気分転換してたって言えばいい……それに受験にはいい思い出がない」
「みんなそうよ、私だって受験勉強はもう懲り懲りよ」
「うん、だからちょっと変な話しだが……いつか受験というものに仕返しがしたいと思ってたんだ。この滅亡は復讐するには絶好の機会なのかもしれない」
あまりにも滑稽な話しだが、それでも彼女は上品に笑ってくれた。
そこで美咲は目を覚ました。スマホの時計を見ると夜中の三時で、夢に出てきた名前も知らない女の子――いや正確には忘れてしまった女の子のことが頭から離れない。
「君は……誰なんだ?」
それを呟いた瞬間、大粒の涙が溢れ出した。あれ? どうして僕はまた泣いてるんだ?
なんでこんなに胸が張り裂けそうなほど痛いんだ? 美咲は訳もなく、ただその女の子に会いたいという気持ちが溢れ、静かに泣いた。