エピローグ
エピローグ
エーデルワイス団の起源は戦前戦中のナチス・ドイツにあった。
それまであった多種多様な青少年組織を強制的に一元化したのがヒトラーユーゲントで、その厳しい統制生活に対抗した若者の集団が自然発生的な運動として、ドイツ西部で一九三〇年代末に彼らは現れた。
彼らは主に一四歳から一八歳の若者で構成され、当時のドイツでは少年たちは一四歳で学校を卒業するとヒトラーユーゲントに入隊、一七歳でドイツ国家労働奉仕団に入り、兵役に就くことになっていたが、このグループの若者たちはこれを避けようとしていた。
類似したグループとして「モイテン」や「スウィング・ボーイ」が存在したという。
彼らはエーデルワイス海賊団と名乗っていた。
エーデルワイス団専用のSNS――バッカニア――海賊を意味する言葉はここから来てるのだろう。
更にエーデルワイスの花言葉は「勇気・忍耐・大切な思い出」だ。
これを初めて知った時、美咲は思わず笑みを浮かべた。
なるほど、今しかない今を精一杯過ごすエーデルワイス団にはピッタリな言葉だ。
勇気を持って行動を起こし、時には様々な苦痛や冷たい視線、心無い言葉に耐え凌ぎながら大切な思い出を作っていく。
最初のエーデルワイス団が現れたのは二〇〇〇年代前半で当時から見ても、時代錯誤なほど歪で厳しい校則の細高で、彼らは大人や先生たちを出し抜き、外に居場所を見出したという。
帰ってきた美咲が優乃と再会してやることは沢山あった。
まず細高に復学して二学期から三年生をやり直し、パイロットを目指して大学に行くための勉強をすることだ。
残念ながらクラスメイトの中にはあの夏に命を落とした者もいた。特にエーデルワイス団を目の敵にして火の国まつりの日、美咲と優乃がデートしてる所を見つけて先生に言うと言ってた守屋恵美は記憶を失くした日に、命を落とした。
守屋さんは人一倍真面目で成績優秀な生徒会長で、どこかの有名大学に進学するつもりだったという。皮肉な話だ、未来を目指していた守屋さんは命を落とし、未来を断ち切った僕たちが生き残った。
次に文芸部のメンバーの消息を探した、幸い真壁君と富田さんは無事でそれぞれ進級していた。
そして倉岡君は卒業して地元の企業に就職、本永さんも地元の大学に通っていた。
優乃と再会して三日後。
美咲は一敏と一緒に美由と優乃がルームシェアしてるマンションに来ると、しばらく直美や陽奈子と共に居候することになった唯が、リビングに入るなり話しを持ち掛けてきた。
「ねぇねぇ二人とも、あたしたちさぁ……帰りの航空券取れたんだけど、帰る日が八月三一日の夕方なの」
「一か月以上も先か……家に連絡しておかないとな」
一敏は溜息吐いてると直美は諦めてる様子だ。
「そうそう、今年の夏は海水浴もお預けよ」
「でも、楽しいことはこれからきっと見つかるよ」
陽奈子はこれからの楽しい日々にワクワクしてる様子だ。
「それで、みんなはこれからどうするんだ?」
美咲は優乃が淹れた紅茶を飲みながら訊くと、代わりに美由が答える。
「やり直すんだって、陽奈ちゃんから聞いたんだけど、エーデルワイス団を始めたのは夏休みの終わり二週間を切った頃だったから……この夏をやり直そうって」
「いいと思うわ、まだ活動してるエーデルワイス団……沢山あるわ」
優乃はみんなに紅茶を配りながら肯くと、美咲は去年のことを思い出す。本当は僕も参加したいが受験勉強がある、さすがに抜けた方がいいと思いながら紅茶のカップを持つ。
「そうか、みんな頑張れよ……去年はいろいろあってバラバラになったからな」
「何自分だけ関係ないと思ってるのよ美咲、あんたもいていいのよ」
直美は呆れた口調で肩を落とす。
「気持ちはありがたいが、僕は受験生だ……もう去年とは状況が違う」
美咲は首を横に振りながら言うと、優乃は微笑みながら甘い声で囁く。
「いいじゃない、学業に支障が出ない程度に抑えればいいわ。それに、みんなで美咲君の受験勉強を応援するのも活動の一環に入れようと思ってるの」
「あらあら熱いね、今年の夏も暑くなりそうね!」
大人しそうな見た目から美由は想像もつかないようなノリで冷やかすと、優乃は赤くなりながら困ったような笑みになる。
「もう美由ちゃんたら……」
「ねぇねぇ優乃ちゃん、もしかして美咲君ともうエッチした?」
陽奈子はニヤニヤしながら裏返った声で言うと、美咲は思わず優乃と一緒に顔を真っ赤にする。まだしてないが、未遂なら心当たりがある。
直美は苦笑して一敏は呆れるが、だがそれ以上に唯は真っ赤になった顔を両手に当てていた。
「やだぁもう……二人とも」
「唯……あんた結構股が緩そうなのにウブなんだね」
「うっさいわね直美!」
唯は顔を真っ赤にしながら裏返った声で、直美に突っかかると美由は更に追い討ちをかける。
「あっ、去年あたしのエーデルワイス団のメンバーで付き合い始めた二人……毎晩寝静まった隙にしてたそうよ、そりゃもう激しい喘ぎ声が響くくらいね」
唯はハムスターのようにフリーズして全身を赤熱させ、頭から大噴火寸前の火山のように水蒸気が立ちこめる。
「冗談よ冗談」
美由はどこか寂しげに微笑むと、陽奈子は訊いた。
「その二人、今どうしてるの?」
「就職も進学もせず、四日前に羽田経由で旅に出たわ……飛行機を降りるのはドイツのフランクフルトって行ってたから今頃ヨーロッパのどこかにいるわ」
美由は思い出すように言う。四日前、丁度美咲たちも飛行機に乗った日だ。
もしかすると帰る時にすれ違ったアイゼンフォーゲル航空の747に彼らが乗っていたような気がした。美咲は彼らの旅が無事に終わることを祈りながら、新たな物語を始めようと紅茶を飲んで、ホッと一息吐く。
「そうか、優乃……もう一度始めようか、エーデルワイス団の物語を」
「うん、去年できなかったこと、沢山やろう!」
優乃はあの時と変わらない、これから楽しいことが待ってるという期待に満ちた笑顔で肯いた。
散った花が二度と戻らないように、一度過ぎ去った日々はもう戻ってこない。しかし、エーデルワイスの種は蒔かれ、新たな花を咲かせる。
それはこの時しか咲かない思い出という名の花を咲かせるため、美咲たちの新たなエーデルワイス団の物語がこれから始まるのだ。




