第六章その3
その日の夕方、美咲は一敏と藤沢駅にあるマクミランバーガーに行き、直美、陽奈子、唯と合流すると陽奈子は衝撃的なことを口にした。
「みんな聞いて、エーデルワイス団は組織としては解散したけど……バッカニアには残党がまだ沢山いるわ」
「それ本当なの陽奈子?」
直美はまるで期待してるかのような口調だった、陽奈子は自信満々で肯く。
「うん、夏休みにやり残したことがあったり、行方不明のメンバーの帰りを待ってる人たちが沢山いるの」
「それじゃあ、水前寺君のことを探してるエーデルワイス団が今も活動している可能性もあるってわけね!」
唯がそう言うと陽奈子は微笑んで肯く、美咲はすぐに情報を話す。
「僕の学校は細川学院高校だ、熊本の……市内にある私立高校だ」
「細川学院高校ね……これでかなり絞り込めるわ」
陽奈子はどうやら探してくれるつもりらしい、一敏は代わりにお礼を言う。
「悪いな紺野、手間をかけてしまって」
「ううん、こうしてる間にも……彼女さんはきっと水前寺君のことを健気に待ってると思うから」
陽奈子の微笑みは微かに陰りがあったが、美咲はそれ以上に感謝の念を抱く。
「すまないみんな、僕のために」
「いいのよ、あんたには……悪いことしちゃったから、あの時は本当にごめんね」
直美は沈んだ表情で言う、確かに去年の夏に直美があんなことをしなければ思い出して熊本に帰り、優乃と一緒に高校を卒業することができたかもしれない。
「もういいんだ、僕は記憶を取り戻したんだ」
「そうよ、直美……みんなで熊本に行こう、そして美咲の止まった時間が動き出す瞬間をみんなで立ち会おう」
唯は励まして言うが、ここから羽田まで行くのは容易ではない。
東京都内の鉄道網の復旧が未だ終わっておらず、東海道線も藤沢~横浜間もズタズタに寸断されて羽田空港に駅がある京急や東京モノレールも未だに復旧していない。
残された手段はバスしかない。
空の便もそうだ、羽田空港も被害を受けてターミナルや滑走路の一部がまだ使えない、あるいは制限されてるという状態だ。
「そうだな、みんな……すまない、もう少しの間……遅咲きのエーデルワイス団でいてくれ」
一敏はみんなを見渡しながら言った。
早速五人分の航空券を取ろうとスマホで検索するが、往復分は取れず辛うじて片道分は取れた。奇しくも美咲が来る時に乗ったFEAで、しかも機種はボーイング787だった。
二日後、美咲は藤沢駅までおじさん夫婦に車で送ってもらい、そこからは空港行きのバスに乗る。駅に到着すると、車を降りてトランクから荷物を取り出して美咲は今までのお礼を言う。
「それじゃあおじさん、おばさん……今までお世話になりました」
「ああ、気をつけてな……一敏、お前もな」
おじさんは肯いて一敏にも言うと「勿論だ」と彼は肯く。
「また湘南に遊びにおいでね」
おばさんも名残惜しそうな眼差しで言った。
別れの挨拶を済ませ、美咲と一敏はすぐに女子メンバー三人と合流して羽田空港行きのリムジンバスに乗る。
羽田空港まで本来は一時間ちょっとだが、厄災の影響で道路が寸断されて迂回するルートを走ってるので二時間以上はかかる。飛行機の搭乗時刻までは十分間に合うように朝早く出て、離陸はお昼前だ。
前の席で陽奈子と唯は楽しそうに近況を話してる。
「それで音大の友達、話を聞いてみたらその人もエーデルワイス団だったんだって」
「いいなぁ陽奈子は音大に行けて、あたしもこの夏勉強して女子大とかに行こうかな?」
「大変なこともあるけど、楽しいよ」
大学か、もし記憶を取り戻していたら僕もきっと大学に進学して、今頃はパイロットになるための勉強してるのかもしれない。だけど、これから止まっていた時間を動かすことができる。
優乃、すぐに帰るからね。
だが同時に美咲は不安だった。記憶を取り戻してすぐ、熊本の被害状況を調べてみると他の県と同様深刻で、美咲の通う細川学院高校も欠片が落ちて何人かの生徒と、エーデルワイス団の黒幕となった卒業生の女性が亡くなったという。
犠牲者のリストは公開されてなかったが、この中に優乃や文芸部の仲間がいたとしたら?
厳つい男子部員の同級生でお節介焼きの倉岡栄治。
一年生の男子部員で童顔の真壁昌義。
すらりとして背の高い女子部員で真面目な同級生の本永圭子。
二年生で小柄で子どもっぽい性格の富田命子。
それぞれの顔を思い浮かべながらもしかすると、もうこの世にはいないんじゃないかと不安のあまり、心臓が鷲掴みにされて全身が震えそうだった。
表情に出てしまったのか、通路を挟んで隣の席に座ってる一敏が声をかける。
「美咲、大丈夫か? やっぱり不安か?」
「ああ……優乃だけじゃなく、文芸部のみんなも……」
「大丈夫だ。仲間なら信じてやれ……それにお前は一人じゃない。俺たちがいる」
「すまない……いや、ありがとう」
一敏の言葉で美咲は少しだけ不安が和らいだ。大丈夫、優乃やみんなはきっと生きてる、絶対に会ってまた恋をするんだ。
リムジンバスは予想通り二時間以上かけて厄災の傷跡が生々しい羽田空港第二ターミナルに到着した。第二ターミナルでは未だに復旧工事が続いてる区画があり、搭乗手続きと手荷物を預けるとすぐに保安検査場を通る。
五五番搭乗口はDの保安検査場から一番遠い所で、本来一番近いAの検査場は復旧工事中だった。
直美は苦笑しながら歩く。
「やっぱ遠いわね、搭乗口まで」
「江ノ島に比べたらどうってことないわよ、平坦だし……横浜駅に比べたら迷わないし」
唯は直美と並んで言うと、直美も遠い目で飛行機に視線をシフトする。
「そういえばここに来る時、京急からJRに乗り換える時みんなで仲良く迷子になってたよね……あの頃が懐かしいわ……一年も経ってないのに」
そうだ。僕の記憶を探すためにみんなで羽田空港に遊びに来た。去年の出来事なのにあまりにも遠く、懐かしく感じた。
すると陽奈子は歩きながら鞄からスマホを取り出すと、一敏は注意する。
「紺野、歩きスマホはやめておけ」
「ああ、ごめんなさい……バッカニアの友達とやり取りしてたの」
陽奈子は謝りながらスマホを鞄に仕舞う、そういえば陽奈子はバスの中でもスマホを頻繁にいじっていた。ゲームしてる様子はなく、唯との会話の合間に覗いて誰かとLINEかバッカニアで連絡してるような感じだった。
五五番搭乗口まで歩く間にも、復旧工事中の搭乗口や以前来た時に比べて離着陸してくる飛行機の数も減っていた。
五五番搭乗口にはボーイング787が駐機されていて、予定より二〇分程遅れて搭乗開始した。五人分の座席は取れたが、予約した時は満席寸前で座る場所はバラバラで美咲は窓側の席に座り、真ん中に陽奈子、通路側に唯が座る。
787がプッシュバックを開始し、陽奈子は旅行気分で会うのを楽しみにしてるのか、ワクワクしてる様子だ。
「いよいよ熊本に帰れるね、水前寺君の彼女さん……どんな人かな?」
「案外素朴な人かもよ」
唯はそう言うが確かに素朴だけど、とても可愛い女の子だと美咲は微笑みなが窓の外を見ると、記憶を探しに行く時に見た離陸態勢に入ったアイゼンフォーゲル航空の747‐8とすれ違う。
あんなデカイ図体でよく無事だったな、と苦笑する。
747が離陸滑走を開始する瞬間、同じように窓の外を覗いてる同い年の男の子と目が合ったような気がした。
よい旅を、僕はこれから帰る旅に出るんだ。
ポーンポーンとベルト着用サインが点滅して落ち着いた客室乗務員の声が機内に響く。
『皆様離陸いたします、シートベルトをもう一度お確かめ下さい』
美咲たちエーデルワイス団一行を乗せた787は羽田を離陸し、上空に上がると落ちた彗星の欠片によるクレーターがいくつも見えた。水平飛行に入ると、あの日と変わらない空の色だけど、衛星軌道上には彗星の欠片が漂っていて時々落ちてくるという。
その殆どは大気の摩擦熱で燃え尽きるが、時々地上に被害を及ぼしてるという。
上空を飛んでる間、二~三回くらい流星が見えたような気がした。
瀬戸内海、四国上空辺りで高度を下げ始めて阿蘇上空にさしかかると、山岳地帯の気流で機体が揺れる。
「ねぇ陽奈子、結構揺れてるけど大丈夫なの?」
「大丈夫、日本の操縦士さんは優秀だから」
陽奈子の言う通り、飛行機が揺れるのはいつものことだ。
そういえば修学旅行の行き帰りの飛行機の中、周りのみんなが揺れるたびに大袈裟な反応をしていたのに美咲は平然としていた。
高度を下げながら787は旋回、熊本市内の所々にクレーターや瓦礫になって撤去されたのか、不自然に更地になった所も見える。優乃と一緒に野球の応援に行った藤崎台球場や熊本城は大丈夫かな?
787は更に高度を下げる、恐らくもう降着装置を降ろしてるのかもしれない。主翼のフラップが動き、徐々に地上が近くなっていき美咲はもう滑走路はすぐそこだなと確信する。
唐突に滑走路が現れて地上に降りる瞬間、衝撃で機体が揺さぶられると主翼のスポイラーが展開、エンジンの逆噴射装置が作動して甲高く、ご機嫌に吠えている。
まるで「無事に着いた」と787が喜んでるようにも感じた。
『皆様、ただいま阿蘇くまもと空港に着陸致しました。ベルト着用サインが消えるまでお座りのまま、お待ちください。物入れを開けた時に、手荷物が滑り出る恐れがありますのでお気をつけ下さい――』
滑走路に降りて減速してる間にも、美咲は窓の外から目を離さなかった。
熊本空港ターミナルの一部も復旧工事中でどうやらここも被害を受けたらしい、駐機してるのはSALの737や、格安航空会社であるスターライトジャパンのA320という小型旅客機の二機だった。
787を降り、手荷物受け取り場で預けた荷物を受け取る。
残念ながら展望デッキにあるレストランは閉まっていて、昼食は仮店舗の売店でおにぎりやサンドイッチを買う。
ターミナルを出ると、懐かしさを感じるほどのムシムシした暑く湿った空気で、直美は表情を崩す。
「うわぁ、暑いわね熊本って」
「ああ、夏は暑くて冬は寒いぞ……阿蘇の方はもう少し涼しいが冬は雪が積もる程寒い」
美咲は厄災の後の冬、熊本の阿蘇地方で観測史上最大の大雪に見舞われたというニュースを思い出しながら歩く。
交通センター行きのバスに乗ると、到着するまでの間に所々にクレーターや復旧工事中の区間があり、バスは迂回して終点の交通センターに到着したのは午後三時くらいだった。
「熊本に来るの何年ぶりだ? 中学以来だっけ?」
一敏はキョロキョロ見回しながら言う、美咲はようやく生まれ育った地に帰ってきたという不思議な安心感を感じ、ここから市電に乗ってJR熊本駅近くのタワーマンションにみんなを連れて帰る。
自宅があるタワーマンションに到着すると唯は羨ましげに見上げる。
「水前寺君って結構いい所に住んでたんだね」
「僕は奥平さんの住む江ノ島もいい所だと思うよ」
美咲は苦笑しながらみんなを招き入れ、エレベーターに乗って地上三四階に上がって凡そ一年ぶりに部屋に入ると中は綺麗に掃除されてるが、時間は出発した日のまま止まっていた。
リビングに入ると陽奈子は興味津々の眼差しで見回す。
「うわぁ……広い、こういう所で暮らしたいな」
「そうね、でも一人で暮らすには広過ぎるわ」
唯の言う通り、一人で暮らすには広過ぎる。
おじさんによれば近くに住む親戚の人が定期的に訪れ、いつでも帰ってきてもいいように掃除等をしてくれたらしい、今度お礼を言いに行かないと。美咲は自分の部屋に入ると出発した日と変わってなかった。
それからは荷物を置いてみんなで下通繁華街で今夜の夕食の買い出しに行き、それからマンションに帰るとみんなで夕食を作り、焼き肉を食べる。
直美は炊いた白米を口に入れ、飲み込んで聞いた。
「それで明日からどうするの?」
「決まってる、美咲の彼女を探しに行こう……それから今後のことを考えるのも遅くない」
一敏は野菜を次々と鉄板に乗せながら言う、陽奈子は食事中にも関わらずスマホを弄っていた。
「そうね、帰りの飛行機……便数減らされてるからその分一ヶ月先まで満席よ」
「陽奈子、食事の時くらいスマホから離れたら?」
「ああ……うん、近くにバッカニアの友達が住んでるの、呉服町って所に」
陽奈子は唯に言われて少し戸惑いながら言う、呉服町はすぐそこだ。
もしかしたら会う約束をしてるのかもしれない、美咲はそう思いながら鉄板にカルビ肉を次々と置いて焼いた。
夕食を食べ終えると、交代でお風呂に入って(唯は陽奈子と一緒に入って鼻血を流した)その後は女子三人はリビングでパジャマ姿でガールズトークをしてる。
一敏は美咲と部屋で過ごし、持ってきたタブレットでネットのニュースを見ていて、美咲は久しぶりに起動した自分のパソコンのアップデートをしていた。
「なぁ美咲、明日お前の彼女を探すついでに紺野がSNSの友達に会うって約束をしたんだ……一人じゃ不安だから一緒に来て欲しいって」
「いいよ。せっかく熊本に来たんだから」
「すまねぇな、明日見つかるといいな」
一敏の言う通り、少し不安だけど明日に備えて今日はもう眠ることにしよう。
その夜、美咲は夢を見る。もう永遠に戻ってこない、あの日のことを。




